黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り 作:雅媛
テイオーが次に向かったのはリギルだった。
一応の古巣であるが、テイオーは不義理をした記憶しかない。
それでもなりふりを構っている余裕がないのもあり、おハナさんに相談したところ勧められたので、テイオーはリギルのチームルームを訪れた。
ルドルフがいないのはわかっている。彼女はきっと、テイオーのかつての生息場所であるトレーニングルームにいるに決まっている。
そうして訪れたところにいたのは、マルゼンスキーとエアグルーヴだった。
テイオーはエアグルーヴが苦手だ。
なんせ何回塩を投げられたかわからない。
悪いのは自分だが、苦手意識は消えなかった。
「テイオーか。待っていたぞ」
「エアグルーヴちゃん、相変わらず口調が硬いわねぇ」
「いえ、大丈夫です。マルゼンスキー先輩、エアグルーヴ先輩。今日はお時間いただきありがとうございます」
挨拶をしたらマルゼンスキーは驚いて、エアグルーヴは心配そうにテイオーのおでこに手を当てた。
「熱はないな」
「えっ?」
「いや、心を入れ替えたとスズカやおハナさんからは聞いていたが、どうしても信じられなくてな」
「あはははは」
よくよく考えなくてもクソガキな態度を取っていたからエアグルーヴの反応はもっともだと思ったテイオーは、苦笑するしかできなかった。
ネイチャに持たされた菓子折りを渡して、さっそく二人からも話を聞き始めることにした。
「おハナさんから頼まれたが、話せることはそう多くはないな。レースに絶対はないが、皇帝には絶対がある。それだけの強さを持ったウマ娘がシンボリルドルフだ」
「つよいよねぇ」
「そうだ。私は母を継ぎ、皇帝を超えたかった。しかし、私には無理だった」
「……」
「私も、マルゼンスキー先輩も、皇帝を超えられなかった。私には才能が足りなかった。マルゼンスキー先輩には丈夫さが足りなかった。結局届かなかったのが私たちさ」
そんな弱音があの女帝から出るなんて、テイオーは驚いた。
自分に厳しく、他人に優しいエアグルーヴはその強さに多くの者が憧れている。
だからこそ皇帝に並ぶ女帝という二つ名を持っているのだ。
テイオーだって、皇帝に対して程ではないが、彼女にある種のあこがれを抱いていた。
こんな悲しい顔をする人だとは思わなかった。
「私はテイオーに嫉妬していた。皇帝に並ぶ素質を持ち、皇帝に並べる健康さを持った君に嫉妬していたんだ」
「……」
「すまなかった。私はひどいことをした」
「そんなことはないです」
エアグルーヴに対して苦手意識はあるが、嫌いなわけではない。
仕事の邪魔ばかりしていたし、あんな文字通りの塩対応をされてもしょうがないことばかりしていた。
嫉妬などではないようにも思ったがエアグルーヴ先輩としてはそれでは気が済まないのだろう。真面目なことである。
「先ずはそれを言いたかったんだ」
「エアグルーヴちゃんは真面目ねぇ…… で、テイオーちゃんはルドルフちゃんに勝ちたいのよね」
「はい、それにはどうすればいいか、いろいろ考えているところです」
「そうねぇ…… 単純に一つ言えるのは、一にも二にも、ルドルフちゃんは強いってことよ」
「強い……」
「そうよ。スピード、スタミナ、パワー、すべてがバランスよく高レベルなのがルドルフちゃんよ。単純に強いの。勝つにはルドルフちゃんを実力で上回らないといけない。とても大変よ」
シンボリルドルフのトゥインクル時代に戦った相手は弱い相手だけではない。
何よりあの三冠ウマ娘、ミスターシービーだって同時代で戦っているのだ。
同じ三冠ウマ娘すら勝ったルドルフが弱いはずがなかった。
ルドルフの単純な強さと、それを乗り越える必要があるとテイオーは気づく。その大変さを改めて自覚し、身を引き締めた。
「ボク、頑張るよ」
「テイオーなら皇帝を超えられるかもしれない。頑張れよ」
「うん、ありがとう」
覚悟を決めた表情で、テイオーは手を振りチームルームから去っていった。
「羨ましいな」
「そうね」
「私は彼女みたいになれなかった、皇帝には届かなかった」
「私も彼女みたいになれなかったわ」
「悔しいな」
「お姉さんの胸、貸そうか?」
「……」
皇帝を好いた二人。しかしその手が届かなかった二人。
その泣き声を聞いたのは、お互い二人以外にはいなかった。