黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り 作:雅媛
ホームストレッチで大歓声を浴びながら、逃げる三人はさらに速度を上げた。
ここまでくると逃げる三人は意地の勝負になってくる。
駆け引きも何もない、後続全て含めた潰しあいになるハイペースである。
1000mのタイムは57秒台という信じられない速度で通過していく。
この時期の中山レース場の芝は非常に重くスピードが出にくい。さらにホームストレッチには有名な中山の坂がある。
にもかかわらずこの速さである。
第一コーナーに入る頃にはすでに実力に劣るウマ娘から少しずつ脱落していく狂乱のペースであった。
先行集団は少しばらけ始めた。
このペースに完全についていくか、それとも少し様子を見てスピードを落とすか、の差である。
ダイワスカーレットはこのペースについていくことを選んだ。
彼女の売りは体格に似あったパワーと、負けず嫌いな精神力だ。ここで様子を見るなんて大人しい選択を取るようなウマ娘ではなかった。
一方トウカイテイオーは少しだけペースを落とした。
明らかに速すぎる。全体のペースに巻き込まれて自分のペースを乱されるのをテイオーは嫌った。
後についていくイクノディクタスは二人のペースを見て自分もペースを下げた。
必然的に先行集団は縦に並んで走るようになっていく。
後方集団では早くも何人か遅れ始めていた。
ウマ娘にとって、1秒の差は約6バ身、12mぐらいといわれている。
1000mをたとえば60秒で走れば、その時点で18バ身、36mは差がついてしまう。
ちなみに有馬記念では最初の1000mを先頭が62,3秒ぐらいで走るレースもままあるぐらいスピードが出ないレースである。
それでも62秒で走れば30バ身、60mもの差がついてしまう。さすがにこうなったらいくら脚を溜めても追いつけるものではない。
最低限差せるだけの距離を保たなければならないが、それができなかったウマ娘は脱落していくしかなかった。
タキオンは戸惑っていた。
予想以上に脚が重いが、それはまだ想定の範囲内だ。
一緒についてきているネイチャのマークが厳しい。
自分に余分にスタミナを使わせ、それでいながらちゃっかりスタミナ消費を抑えるようないやらしいやり方だ。体力を吸い取られているのではないかと錯覚をしてしまう。
加えてこのハイペースだと、体力が持たないような、そんな気がしていた。
一方のウオッカは隙を狙っていた。
彼女はライバルのスカーレットを基軸に見ていた。
先に大逃げする3人がいるとしても、スカーレットの位置でも通常なら十分大逃げと評価される位置だ。
そしてウオッカのいる後方集団だって、通常は先行策といわれるようなそんな速度で走っている。差すんじゃなくて、先行から抜け出す、そんなイメージで走るべきだと意識を切り替えていた。
先行策からの抜けだしは、普段はやらないが、スピカでは得意なメンツは多い。彼女たちから見て、時には練習に付き合って、やり方はわかっている。
ちょうどいいところでウオッカは抜け出すべくタイミングをうかがっていた。
第二コーナーを曲がって残り1000mのハロン棒を越えても、前3人のペースはあまり落ちていなかった。
しかし息も入れずに逃げ続けたせいで、三人とも体力がつきつつあった。
明らかに速度が落ちながら、第三コーナーを曲がり始める。
しかし一方で、後のウマ娘達もコーナーで一息を入れるべく速度を少し落としていた。
直線に入り、まず先頭から脱落したのはツインターボだった。
彼女の距離適性から言っても、2500mは長すぎた。すぐにずるずると後退していく。
同時にダイタクヘリオスもまた、ずるずると後退していく。彼女もどちらかといえばマイラーであり、距離適性から言っても走れる距離ではなかった。
一人、パーマーだけがスタミナと執念に任せて先頭を走り続けていた。
そこを一気に差したのが紅の女王、ダイワスカーレットだ。
大逃げに近いペースで脚はほとんど残っていなかったスカーレットだが、しかし前を行くパーマーをぎりぎり差せる程度の余力は持っていた。
そのまま差してゴールを目指すスカーレット。鬼の形相に普段の余裕は一切ない。
このまま最後まで気合と根性で粘ろうとしながら坂に差し掛かったスカーレットを、しかしトウカイテイオーがさらに外側からするっと差した。
坂のところで減速した一瞬を突いた抜け出しだった。
そのまま快調に坂を上っていくテイオー。もちろん余裕なんて一切残っていない。
しかし体力を振り絞りながら坂を上っていく。
後方集団がすさまじい勢いで追い上げをしてくる。
特に最内を駆けあがってくるウオッカの勢いは尋常ではない。垂れてきたターボとヘリオスをかわし、どうにか追いすがろうとするパーマーをかわす。
最後の方までついてきていたタキオンは、すでにスタミナが切れて沈んでしまっており、それをマークしていたネイチャはあわててスパートをかけ全力で追いかけ始めるが、タイミングを逸している感じであった。
テイオーは負けたくなかった。
いつも負けたくないとは思っていたが、今の気持ちはもっと重いものに思えた。
これが終わればテイオーはドリームトロフィーリーグに移籍予定だ。もしかしたらドリームトロフィーリーグでまた競うこともあるかもしれない。しかしその可能性もそう高いわけではない。
最後の勝負。だからこそ全力を尽くし、負けたくなかった。
後悔をしたくなかった。
ゴールした瞬間に一片の余力も残したくなかった。
全力で走り続けるテイオー。
追い抜いたパーマーやスカーレットの圧をまだ感じる。
後ろからさらにすさまじい勢いで追いかけてくる圧も感じる。
それらから逃げきるように最後の力を振り絞った。
全身全霊尽くし、ゴールに飛び込むトウカイテイオー。
最初にゴール板を過ぎると、テイオーはそのまま地面に倒れ込むのであった。