黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り 作:雅媛
東京レース場にファンファーレが響き渡る。
レースのスタートが徐々に近づいていく。
一人ずつ、ゲートに入りスタートの準備をしていく。
ゲートを嫌がるウマ娘も現状いないようだ。
全員がゲートに入り、一瞬の静寂が流れる。
そして、レースがスタートした。
ハナを切ったのはマルゼンスキーとサイレンススズカの二人であった。
競いながら、圧倒的な速さで逃げ出す二人。
スズカは逃げしかできないだけだが、本来マルゼンスキーは逃げ以外にもできるウマ娘だ。
現役時代は速すぎて逃げになっていたが、戦法や駆け引きが苦手なわけではない。
だが今回はスズカに積極的に競って、ペースを上げていく。
単純な勝負ではシンボリルドルフに勝てないということをマルゼンスキーは嫌というほど理解している。
だから波乱を起こすべく、超ハイペースを目指し全力で競いながら逃げていた。
その一方でエアグルーヴやフジキセキ、そしてエルコンドルパサーは先行策を取り、前目をキープしている。
波乱になろうとなるまいと、先行策は王道であり、実力の出しやすい戦法である。
誰もがシンボリルドルフを見ている。
彼女に勝つためにそれぞれが考えている。
この三人は、自分の実力を最大限発揮することで勝利を目指していた。
そして後方集団。
シンボリルドルフは後ろ目につけており、その外側にトウカイテイオーがぴったりとマークをしていた。
逃げに近い先行策から、追い込みに近い差しまで、シンボリルドルフも多彩な戦法を取ることができる。だが、一番得意なのは後方気味につけて差すという戦法である。
展開に左右されがたく、切れ味のある末脚を一番活かせるこの位置が、シンボリルドルフにとってのベストポジションであった。
しかし、今回はテイオーがぴったりマークについている。
シンボリルドルフの対マーク技術が劣るわけではない。
むしろ皇帝にとってマークされるというのは日常茶飯事だ。だからこそ、マークされた時の対応もかなり極まっているはずなのだが、どうしてもテイオーをいなすことができなかった。
テイオーにとって、シンボリルドルフのマークがうまくいっているのはいわば当然だった。
シンボリルドルフの全レースを穴が開くほど見ているのだ。
レース時の癖から何から、全部わかっていた。それだけ皇帝はテイオーにとってのヒーローだったのだ。
どれがフェイントでどれが振り払うためのアクションか。テイオーにはすべてわかっていた。
だからこそずっとマークが可能であった。
テイオーが一瞬だけ皇帝を見る。
皇帝もまた、一瞬だけテイオーを見ていて、目が合った。
これからが本番だった。
「マルゼン先輩の脚が軋んでる。多分レース生命全部かけて逃げてる」
囁くようなテイオーの声。
レース中のそれぞれの足音と風の音で消えそうな音は、しかしすぐ隣を走るルドルフの耳に刺さった。
よく耳を凝らせば、確かに何か音が聞こえる。
マルゼンスキーだけではない、フジキセキだって似たような状況だ。
二人とも脚が強い方ではない。常に爆弾を抱えて走っている。
今回も全力で走っており、だからこそいつレース生命が終わってしまうかわからない走り方だった。
そして二人の意識が、常に自分に向いているのに、皇帝は気づいた。気づいてしまった。
「エアグルーヴ先輩も、必死に走ってる。絶対負けたくないと思いながら走ってる」
またテイオーの囁きが皇帝の耳に入る。
エアグルーヴ。
生徒会の戦友にして常に自分に挑み続けてくれた彼女の背中が目に入った。
その息遣いは既に荒れている。スタミナが厳しいのだろうが、それでもあきらめない気迫を、皇帝はその背中に感じた。
「ヒシアマ先輩は後ろから機会をうかがっている」
テイオーの囁きは続く。
確かにヒシアマゾンのすさまじい気迫は背中に感じる。
常にタイマンと叫ぶ彼女だが、その最後に自分がいるのを皇帝は知っていた。
彼女の意識も常に自分に向いているのに気づいた。
既に皇帝の集中力は外に向いてしまっていた。
通常ならばそれ自体が悪いことばかりではない。
しかし、テイオーは絶対の弱点を自身の経験からよく知っていた。
ただただ、自分の内面に埋没していくあれは、つまり、逆に外へ意識を向けることになれば意味が無くなるのだ。
そして、まったく外に意識を向けずに走ることなどできない。
他のウマ娘を躱さなければ1位でゴールできないのだ。
つまり、付け入る隙はあり、テイオーはそこをついたのだった。