黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り 作:雅媛
外から見れば皇帝は何も変わらず淡々と走っているように見える。
しかしテイオーは手ごたえを感じていた。
さっきから、皇帝の走るペースが単調になっている。
マークを外そうとする意志が感じられない。
それだけ内心は動揺しているのだろうことはテイオーに容易に想定出来た。
1000mのタイムは57秒台というすさまじいハイペースでレースは進んでいく。
超一流ばかり集まるウィンタードリームトロフィーレースとはいえ明らかに速すぎる。
脱落するまではいかないが、向こう正面に入った段階で皆息が上がり始めていた。
高レベルな戦いに歓声はさらに大きくなる。
向こう正面を走っている間でもそれが聞こえてくるぐらいの大歓声である。
10万を超える人たちの熱い歓声。
テイオーを応援する声も当然聞こえてくる。
他のウマ娘を応援する声も聞こえてくる。
しかし、それでも、一番大きいのは。
「かいちょーを応援する声が一番大きい」
ぼそっとつぶやいたテイオーの声はまた、皇帝の耳に突き刺さった。
別に皇帝の息が上がっているわけでもない。
ペースが崩れているわけでもない。
それでもテイオーには皇帝の絶対がはがれてきているのを感じていた。
皇帝のレースペースは差しをするのに最適なもので、マークしてついていくだけでテイオーもスタミナを温存できている。
後は、最後の直線の勝負である。
第四コーナーに入り、もう一度テイオーは皇帝を見た。
皇帝もまた、テイオーを見ていた。
視線が交わる。
二人の間に一瞬の静寂が流れる。
皇帝が息を呑んだ瞬間、テイオーはスパートをかけ始めた。
内ラチ際を全力で走り始める。
当然先行するウマ娘達のバ群が前にあり、すぐに詰まってしまうように見えた。
しかし……
ぬるり、とテイオーはそのバ群をすり抜けた。
ウオッカがダービーで見せたバ群すり抜けに近い方法である。
だが、ウオッカが絶妙な空間認識能力を活かしてギリギリを抜けたのとはちょっと異なる。
テイオーはその柔軟性と小柄さ、あと軽快なステップを活かして、一人分もない間を上手くすり抜けたのだ。
蛸か蛞蝓がぬるっと狭い所をすり抜けるような、そんなすり抜け方である。
後ろから見ていた皇帝はもちろん、抜けられた方も驚きである。
そして速度を落とすどころかさらに加速しつつ、スパートをかけるテイオー。
皇帝はここで出遅れているのに気づいた。
慌てて皇帝も大外に回りながらスパートをかけ始めた。
最後の直線に入れば、みんなスタミナが切れかけていた。
あれだけのハイペースになれば体力なんてまず使い切る。
スズカがずるずると後退していく中、マルゼンスキーは意地で前に残り続けている。
先輩として、ルドルフに背中をみせたかった。
隣に並びたかった。
そんな意地がこもった走りである。
しかし、いくら頑張っても、脚の強さだけはどうにもならなかった。
痛いを通り越してすでに感覚がなくなりつつある脚では、それ以上の速度を維持できない。
そして粘るマルゼンスキーの内側から、テイオーが軽やかに抜けてくるのであった。
全てを置き去りにしたテイオーのラストスパートについてこれるウマ娘は誰もいなかった。
皇帝すら、すでにスタミナ切れを起こしてついてこられていない。
既に皇帝はテイオーに、周りに心を取られていた。
スピードも、パワーも、スタミナも、もしかしたらすべて皇帝はテイオーに勝っていたかもしれない。
しかし、ゴールを見つめ、1着を取るのに全力を尽くすテイオーに、レースに集中できていない皇帝が勝てるわけもなかった。
追いすがる皇帝を突き放し、テイオーは見事一着でゴール板を通過した。
帝王は、皇帝を超えたのだった。