黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り 作:雅媛
テイオーは観客に手を振っていた。
絶対の皇帝を破った新しいヒーローの誕生に、観客席が沸き立っていた。
一方の皇帝は意気消沈していた。
負けて、どうしていいかわからなくなっていた。
あれだけ多くの相手を負かせて来たのに、いざ自分が負けるとどうしていいかわからなくなってしまった。
怒ればいいのか、泣けばいいのか、悔しがればいいのか、平然とすればいいのか。
頭がごちゃごちゃしてどうしようもならなくなっていた。
「ボクね、心配なんだ。会長が、ボクに負けて、泣いちゃわないか、ね♪」
テイオーがそういっていたのが頭によぎる。
ああ、本当に泣いてしまいそうだ。
テイオーの心配は当たっていた。
呆然とするシンボリルドルフに声をかけたのはエアグルーヴだった。
「ルドルフ」
「……なんだい、エアグルーヴ」
「お疲れさまでした。今日も皇帝は速かったです」
「テイオーに負けたがね」
「それでも、ルドルフは私の目標です」
「……」
ルドルフの目を見て、エアグルーヴは言い切った。
「そうよ。私もまだ、絶好調のルドルフちゃんに勝ててないんだから、意気消沈されちゃいやよ」
「マルゼンスキー」
「今度こそは勝ちマス」
「そうです、次こそは私が勝ちますよ」
「エル、フジキセキ……」
リギルの皆が集まり、ルドルフに声をかける。
皇帝は確かに負けた。
帝王は皇帝を超えた。
だが、ならばまた超え返せばいい。
皆の瞳がそう語っていた。
「そうだな。私も粉骨砕身、精進せねば」
ルドルフは上を向く。
その目からこぼれた涙は果たして悲しみか嬉しさか。
それは本人にもわからなかった。
夜の神社の森は、非常に静かで、何かしかし神聖な雰囲気がした。
「テイオーさん、おめでとうございます」
「ありがとうキタちゃん」
かつて二人でよくここで過ごした場所である。
今でもジメジメしていて、寒くて、しかし思い出深い場所だった。
テイオーがキタちゃんを抱き上げる。
とても温かくて、とても安らいだ。
「キタちゃんが居なかったら多分ここまでこれなかったよ、ありがとう」
「そんなことないですよ……」
テイオーの本心だった。
マックイーンに負けたとき、復活できたのはキタちゃんのおかげだった。
スピカ移籍後も、キタちゃんに無様なところは見せられないと思ったからこそ頑張れた。
結局キタちゃんは、テイオーにとって……
「キタちゃんはボクのとても大事な人。ボクの大好きな人だよ」
「恥ずかしいですよ……」
薄暗い神社の森の中でもわかるぐらいキタちゃんは真っ赤になった。
「かわいい」
「からかわないでください!!」
「からかってないよ」
「ううううう」
そうしてしばらく抱き合った二人は、昔を懐かしみ、そして今を喜ぶ。
そのままテイオーはキタちゃんをお姫様抱っこしながら家へと送っていく。
キタちゃんは真っ赤になっていた。
「これで終わりですのね」
「そうだな、マックイーン」
「私とゴールドシップがあった入学式の日。あの日がすべての始まりでしたのね」
「そうだな」
ゴールドシップとマックイーンは二人で学園に居た。
初めて会った日を思い出していた。
あの時、登校するマックイーンをいきなりさらったのがゴールドシップだ。
ゴールドシップもテンションが上がり過ぎていたし、マックイーンも入学という事で舞い上がっていた。
そんなことがあったのもかなり前である。すでに懐かしむだけの過去になっていた。
すでに二人とも、終わりが近いのは気づいている。
これが最後の会話になるだろうことも気づいていた。
「なあ、マックイーン」
「なんですの?」
「100年後ヒマ? 空いてたら宇宙行こーぜ」
「100年後? そんな先はわかりませんわ」
「そういうことだぜ。私もそんな先のことはわかんね」
苦笑するゴールドシップ。
笑うマックイーン。
そうだ、そんな先のことなんて誰もわからない。
ゴールドシップはマックイーンの孫だ。
しかしマックイーンにはまだ子供もいない。結婚もしていない。
どう短く見ても20年、30年先のことである。
そこでどうなっているかなんて誰もわからなかった。
「じゃあこれ、おまじないですわ」
「なんだよいきなり」
「必ず返してくださいませ。おばあ様からもらったリボンですから」
マックイーンが右耳につけているリボンを解き、ゴールドシップにつける。
ウマ娘にとって耳飾りとはとても愛着のあるものである。
それを他人に預けるのは、無事な帰還を願うおまじないでもあった。
「責任重大だな」
「そうですわよ」
「じゃあ代わりに、これをやるぜ」
そう言ってゴールドシップも右耳につけていたリボンを解き、マックイーンの右耳に結ぶ。
「私のばあちゃんの形見らしい。母ちゃんが残してくれてたんだって」
「そうですか。預かっておきますね」
あれ、よく考えたら自分の形見なのか、と謎なことを思ったりした。
運命の歯車は回る。
物語のフィナーレはすでに終わり、あとは幕が下りるだけである。
そんなわずかな時間。
二人は別れまでの時間を楽しんでいた。