黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り 作:雅媛
「ジャスタウェイは、どうして優等生でいようと思うの?」
「ジャスちゃんはまじめじゃないですよ、スイーピー先輩」
二人でとことこランニングをしていると、スイープトウショウがそんな話をし始めた。
「真面目じゃない。一人だけ冷静でいようとしてる。それで内心を明かさないようにしてる」
「なんでそんなこと聞くんですか?」
ジャスタウェイは純粋に不思議に思った。
今日のミモザの先輩なら、カレンチャンのような世話焼きっぽいウマ娘なら気になるところかもしれない。
だが、ジャスタウェイが見ている限りスイープトウショウは女王様気質だ。
周りが自分に合わせると思っているタイプで、ジャスタウェイのようなうまく身替りできるタイプのほうが相性がいいだろう。
にもかかわらず、わざわざ被っているネコを引っぺがそうとするのはいったいなぜだろうか。
「昔の我慢してた私みたいだから」
「スイーピー先輩、昔はまじめだったんですか?」
信じられない、みたいなちょっとオーバーリアクションで反応するジャスタウェイだが、スイープトウショウは気にした様子はなかった。
「ならどうして優等生辞めて、パパに噛みつくようになったんです? 嫌いになったんですか?」
「幸せになるため、ね」
「幸せ、ですか」
ジャスタウェイには、いまいちわからなかった。
「パパ、トレーナーじゃない」
「そうですね」
「トレーナーって周りにかわいくて若いウマ娘侍らせてるじゃない」
「その表現はどうかと思いますけど……」
一部恋愛関係になるトレーナーとウマ娘はいるとはいえ、全体から見たら少数派だ。
「ママは、パパの最初の教え子なんだって。それでそのまま結婚して私が生まれたってわけ」
「ふむふむ」
「でもパパはトレーナーだから、若いウマ娘に囲まれてるわけ」
「言い方ぁ……」
あのトレーナーが他のウマ娘を邪な気持ちで見ているとはとても思わない。どう考えても子煩悩だし……
「パパが何を考えているかなんて、ママだってわかってる。でもね。やっぱり気持ちって正直で、外から見えてるものにすっごく影響されるんだよ」
「ふむ」
分からなくもない。若いウマ娘学生に囲まれる夫。自分も元々同じ立場にいたのを考えると、浮気の一つや二つ、想像してしまうだろう。それは信じているとかそういう話ではないのだ。
「だから私はパパにかみつく。私が見てるから大丈夫ってママに安心させるために。そういう自分になりたいから、私は今の私になった」
「でも、ジャスちゃんは今の自分を気に入ってますしー」
要領のいい自分というのもジャスタウェイにとっては別に嘘ではないのだ。
自分のある部分を強調しているだけに過ぎない。
それで悪いとも思ってないし、悩んでもいない。
スイーピー先輩の言うことは、当たってるような外れているような、そんな話だった。
「むぅ、説明が難しいなぁ」
「何がそんなに気になっているんです?」
スイーピー先輩は気性難でツンデレだが、悪いウマ娘だとは思わない。
ひねくれ度合いで言えばジャスタウェイの方がよほどひねくれていると思う。
スイーピー先輩に見えている何かがあるのだろう。それが正しいのか間違っているのかはわからないが、ジャスタウェイには見えてないものであり、それゆえに興味があった。
「優しくてちょっとひねくれた後輩が、大事なものを失う運命だよ」
「先輩は、なんでそんな未来がわかっちゃうんですか?」
スイーピー先輩はジャスタウェイの心配をしているようだ。
どうせ自分とスイーピー先輩の仲なんて、そんな深いものではないし、おそらく今後も深まらないだろうから、特に気にしなければいいのに。
ミモザのトレーナーと今回参加している4人はあまり相性がよさそうにない。
スイーピー先輩もそれはわかっているだろうし、ジャスタウェイもわかっている。この後、二度と会いませんでしたなんてなっても不思議ではない。
それでも彼女は目の前の後輩が心配なようだ。
とはいえ、大事なものを失うって何だろう。
運命って何だろう。彼女の目に写るのは何なのだろうか。
恐怖はない。ただ、興味があった。
「私は魔法使いだからね」
「大学部になって魔法少女ごっこは痛いですよ、先輩」
「ごっこじゃないし! 本物なんだから!!」
スイーピー先輩の勝負服が魔女風で、今も魔女帽をかぶっているのは知っている。
魔法少女にあこがれていそうな雰囲気だ。
だが、それが許されるのは小学生までだろう。ゴルシちゃんあたりがやったら可愛いと思うが、さすがにいくつも年上で、大人に片足突っ込んでいる彼女がそれをするのは、外見が似合っていても痛ましいという感想しか浮かばなかった。
「信じてないでしょ」
「信じられます?」
「じゃあ魔法を見せてあげるんだから」
「正直魔法は結構興味あります」
彼女が言う魔法とは何だろうか。
手品もどきかもしれない。
もしかしたら、本当に神秘の力かもしれない。
ジャスタウェイはそっけない態度に反して内心は興味津々だった。
好奇心はウマ娘を殺す。
そんなことわざは忘れていた。
「仕方ないわね……」
スイーピー先輩とジャスタウェイは立ち止った。
スイーピー先輩が服の中から取り出したのは単なる木の棒であった。杖みたいなものだろうか。
その木の棒をジャスタウェイに向ける。
『これから行うは幸せの魔法。運命を見せ幸せを呼ぶ魔法』
「ちょっと雰囲気出ますね。場所は河原ですが」
『これから行うは不幸の魔法。運命を見せ不幸を除く魔法』
「どきどき」
『幸せに導け運命の輪よ。最悪を見せよ運命の理よ』
そうして木の棒がジャスタウェイの額に触れると、ジャスタウェイの意識は暗転した。
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あのとき
彼女が消えたとき
私はそれを見ていた
手を伸ばした
叫んだ
止めようとした
だが彼女は一切振り返ることなく
消えていった
二度とここには還ってこない
それを理解して
私は……
―
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―――
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「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、うっ……」
「ちょ、ちょっと大丈夫」
「うげえええええ」
「全然大丈夫じゃなかった!?」
ジャスタウェイは蹲り、胃の中身をぶちまけた。
スイーピー先輩が慌てて背中をさする。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ごめん、そんなやばいもの見えちゃった?」
「……」
ジャスタウェイは何も答えられなかった。
見てはいけない運命だった。
しかし見ないといけない運命だった。
死ぬよりつらい気持ちって、あんなものなんだなと冷静なところが分析していた。
「スイーピー先輩、ひどいですよ。ウマ娘ちゃん虐待ですよ……」
「でも、私が心配していた理由、わかってくれた?」
「ええ、とても」
ジャスタウェイはこの一瞬で色々認識を改めた。
悩んでなさそうな人でもいろいろ悩んでることもある。
上手く生きるというのは必ずしも上手く生きられているわけではない。
そして、
魔法使いというのは恐ろしいものだ。
ただの魔法少女にあこがれるイタイ先輩の方がよほどよかったな。
そんな失礼なことをジャスタウェイはぼんやりと考えていた。