黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り 作:雅媛
「入部試験の内容は単純。スズカ母さんに2000mで勝てばいい」
「いやそれ無理でしょ。サイレンススズカと言ったら2000mドリームトロフィーのレコード保持者じゃん」
ジャスタウェイがぼやく。
スズカの得意距離で勝てというのはなかなか荷が重い。まあ、もちろん全盛期だったら、という条件が付くが。
「もうスズカ母さんはかなり年だし「ブエナ?」最近トレーニングサボってるし「ブエナ?」少し豊満になったほうがいいのかしらとか言って食べ過ぎてるから「ブエナぁ」そんなに怖くないよ。というか全盛期のサイレンススズカには私でも勝てないと思うし」
「なるほど」
ゴールドシップは思いついたことがあり、こっそりスズカの後ろに回り込んだ。
「おね、ゴールドシップさん! いきなりお腹揉まないで!?」
「見事なスぺッ腹」
「ウソデショ」
スズカは落ち込んだ。
ゴールドシップは考える。
今回の目標はブエナビスタ先輩だ。
これに勝って、スピカのリーダー、はまあいいが、とにかく勝つことが目的だった。
ブエナビスタ先輩の実力は、レースを観戦しているのである程度把握している。
ティアラ三冠は逃したが、年末の有馬記念ではドリジャのアネキと競い合って2着に入っている。
つまり、レベルで言うと今の全盛期のドリジャアネキと同等であり、化け物級に強いということである。
まだ成長途中のゴールドシップではなかなか歯が立たない相手だ。
だが、ブエナビスタ先輩は最近までドバイシーマクラシックに参加していた、海外帰り直後である。
疲れも抜けていないだろうし、そのあたりが隙になるとゴールドシップは睨んだ。
ゲートに4人で入る。トレセン学園トレーニングコース、2000mだ。
相変わらずゲートは狭苦しくてゴールドシップはイライラするが、必死に気持ちを抑えようとしていた。
ゲートが開くと一斉に皆飛び出す。
スズカのスタートは洗練され切っており、真っ先にハナを取る。
年を取り、身体能力が衰えてもこういう技術の部分はなかなか衰えないようだ。
惚れ惚れするぐらいきれいなスタートだ。
ジャスタウェイがそれに続く。悪くないスタートだ。
ゴールドシップはいつものように出遅れてスタートした。
そしてブエナビスタは、それ以上に出遅れていた。
「ブエナ先輩スタート下手すぎだろ!? スぺもスズカもスタート上手いほうだろ!?」
「うるさい! お前だってスタート下手すぎだろ!」
そんな罵り合いがスタート直後に始まっていた。
「ふむ……」
ジャスタウェイはサイレンススズカの後ろにぴったり付けていた。
マークして、楽をしようという魂胆だが、それが難しい。
絶対の逃亡者サイレンススズカといえば、すさまじいペースで逃げて、直線で伸びて、そのまま押し切るただの化け物みたいなウマ娘の印象だ。
だが、こうやって走ってみると、ただただ速いだけではない、駆け引きを強要してくる巧みなウマ娘だった。
後ろにつけばペースを落としたり、さりげなく左右に振ったりしてジャスタウェイにスリップストリームの恩恵を与えようとしない。
ただ、年があるのだろう。そこまで速くないので、抜いてしまおうかとしたが、それはこちらの動きを予期しているのではないかと思うぐらい完璧にブロックしてくる。
後ろを見ていないのにどうやってこっちの動きを把握しているのか、不思議になるレベルだ。
高レベルな駆け引きにジャスタウェイが苦戦しながら1000mを過ぎたころ。
ドンッ、と後ろから音がした。
ゴールドシップがスパートを始めたのだ。
「うおおおおおお!!」
ゴールドシップの優れたところは何かと言われれば、このロングスパートだ。
実際ゴールドシップの最高速度は遅いとは言わないが一流ぐらいのレベルだ。
GⅠにおいてはこれくらいの速度を出せるウマ娘は多くいる。
だが、ゴールドシップはその最高速度の持続距離が半端なく長いのだ。
約1000m。これがゴールドシップのスパート距離だった。
向こう正面から最後尾にいるウマ娘がペースを上げれば、しかもそのペースがスパート速度ならば、周りも否応なくそのペースに巻き込まれる。ハイペースに巻き込まれればラストスパートのスタミナが尽き、控えれば先にスパートしたゴールドシップには勝てない。
そんなスパートであった。
ブエナビスタは、ゴールドシップのスパートと同時に速度は上げたが、すぐに置いていかれる。このタイミングでスパートするつもりはないようだった。
それに合わせてジャスタウェイはペースを上げるが、スズカはずるずると失速していく。もうスタミナが尽きたらしい。年を考えていなかったのだろうか。大丈夫か、ジャスタウェイは少し心配になる走りだった。
そのまま直線に入り、ゴールドシップはジャスタウェイに並ぶが、ゴールドシップのスパートはそこまでだった。
最初にふざけ過ぎだったし、そのあともブエナビスタと競いすぎたせいでスタミナが切れている。
一方直線に入ってスパートをかけたブエナビスタは、トレセン学園のトレーニングコースの短い直線では十分伸びきれずに、ゴールドシップをかわすだけで精いっぱいだった。
結局ジャスタウェイが一番最初にゴールに飛び込むのであった。