黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り 作:雅媛
サイレンススズカはチームリギルと契約解除になった。
そして東条トレーナーから紹介されたチームはスピカというところである。
スズカの知らないチームだ。
紹介されたからには、加入はできるだろうが、自分が行っていいのだろうか。
そもそも指示された内容を満足に実行できない自分に意味はあるのだろうか。
スズカは落ち込んだ。
一人きりになれる誰も知らない場所で、いろいろ考えたかった。
スズカは学園裏の森へと消えていった。
「スズカ、リギル解約後にそっちに紹介したんだから、ちゃんと面倒見なさいよ」
「え?」
「え?」
夕方、東条トレーナーが沖野トレーナーにスズカのことを連絡に行って初めて、お互いの間のディスコミュニケーションが発覚した。
東条トレーナーはてっきりスピカとスズカの間の移籍の下交渉は済んでいて、すでに移籍を誘っているものとばかり思っていた。
なんせ目の前の男はウマ娘を狂愛している。見込んだウマ娘に付きまとい過ぎて警察沙汰になりかけたことも何度もある。
そんな彼がサイレンススズカを見込んだのはすでに半年近く前だ。
その間、彼がスズカに何を吹き込もうが一切妨害しないで置いたのだ。
それなりに話はできているだろうと勝手に思っていた。
沖野トレーナーはてっきり今年いっぱいはスズカはリギルにいるとばかり思っていた。
スズカは晩成傾向が強い。秋に本格化する可能性を考えると、秋一杯は試行錯誤すると思い込んでいた。
そもそも目の前の彼女は冷徹を装っているがかなり情に深い。手放す決意はなかなかできないと思っていたのだ。
最近はゴールドシップとアグネスタキオンの対応でいっぱいいっぱいだったのもある。
そろそろ落ち着いてきたからアクションを起こそうと思っていたところだった。
付き合いは長い二人は、だからこそお互いがどう動きそうか予想し、それに基づいて動いてしまった。
そして今のやり取りだけで、失敗を悟った。
「スズカ、うちには来てないぞ?」
「契約解除は今朝だから、もう来ててもいいはずなのに」
「スズカの仲の良いメンバーは?」
「エアグルーヴは合宿の下見に行ってるから明後日まで帰ってこないわ」
「同室は…… あいつ一人部屋だよな……」
「ひとまずめぼしい所に行ってみるわ」
「俺もまわってみる」
二人は手分けしてスズカを探し始めた。
スペシャルウィークは森に迷い込んでいた。
トレセン学園への編入のため故郷から飛行機で東京まで来て、そこから電車に乗って学園の近くまで来たのまでは良かった。
しかしそこからが迷子の始まりだった。
間違って少し遠い府中駅で降りてしまい、駅員さんに教えてもらったように道をまっすぐ進んでいた。
しかし、故郷では分かれ道がない道しか基本見たことが無かった彼女には府中の入り組んだ道は全く意味が分からなかった。
神社に迷い込み、さらに直進して森に出て、森の中を現在進んでいた。
何か違うような気がするとは思っていたが、愚直にまっすぐ進み続けるスペシャルウィーク。
最悪根性でどうにかなるし、森の中なら食べ物にも困らない、という謎の決意を胸に進んでいた。
草木をかき分け、道無きに道を踏破し、そうして進んだ先、やっとひらけたところに出たスペシャルウィークは、一人泣いている少女を見つけた。
「あ、あの! どうしましたか!?」
ぽてぽてと駆け寄るスペシャルウィーク。
そのまま少女の目の前にしゃがみ込む。
赤みの強い栗毛のウマ娘だ。その泣く姿は非常に美しく、芸術の様で、スペシャルウィークは息を呑んだ。
「ううう……」
「大丈夫ですか!? お腹空いたんですか!? 良かったらおにぎり食べますか!?」
うずくまって泣いている少女に対して、スペシャルウィークはお母ちゃん特製、おにぎりをリュックサックから取り出し前にだす。
少女は一目おにぎりを見て、ぽかん、とスペシャルウィークを見返した。お腹が空いているわけではなさそうだ。
「も、もしかして食べ過ぎてお腹が痛いとか? お薬もありますよ!」
カバンから胃腸薬を取り出す。お母ちゃんが用意してくれた市販薬だ。
今まで風邪を引いたこともおなかを壊したこともない優良児のスペシャルウィークだが、お母ちゃんが心配して入れてくれたのだ。なお、先の話になるがこの薬が使われることはなかった。
今まで泣いていた少女は困惑した様にスペシャルウィークを見る。
泣いてた姿も絵画の様だったが、こうやって見返されるとかわいらしさの方が先に来る気がする。
ウマ娘も、同年代の子も見たことが無かったスペシャルウィークは、同年代らしいウマ娘を見てテンションが上がり切っている。
同時に泣いている目の前の子をどうにかしてあげたいと、少ない経験をもとに頭をフル回転させていた。
そうして出した結論は……
「これ、どうぞ! 空港で買ったんですよ!」
カバンからニンジンのはちみつ漬けを取り出し、ふたを開けて少女へと差し出した。
少女は困惑した。
「あの、これ……」
「苦しいときも、悲しい時も、つらい時もありますが、甘いものを食べれば少しだけ前に気持ちが向けられると思うんです!」
「……」
「あの……?」
「ふふ、心配してくれてありがとう。一つだけ頂くわ。えっと……」
「スペシャルウィークです!」
「サイレンススズカよ」
スズカは差し出されたカップから、一本だけニンジンを取り出し口に運んだ。
暴虐的なぐらいな甘さが口いっぱいに広がる。
甘い。すごく甘い。
気持ちはまだ晴れない。泣きたい気持ちはまだ残ってる。
でも、立ち上がって学園に戻るぐらいの元気は、顔を前に向けられるぐらいの元気は出た気がした。
一本、ニンジンを食べ切ると、おもむろにスペシャルウィークは口を開いた。
「すいません、スズカさんはウマ娘さんで、トレセン学園の生徒さんですよね?」
「そうだけど?」
「一つお願いがありまして!」
「お願い?」
「トレセン学園の場所、どこでしょう…… 道をまっすぐ進んだら、って言われてきたんですが、神社に入って、森に入ってここにきてしまったんです……」
どこをどう進んだら駅からここにたどり着くのだろうか。
非常に不思議である。
ただ、髪の毛に葉っぱや枝がついているし、森の中を進んできたというのは間違いないだろう。
スズカは立ち上がると、スペシャルウィークの髪についた葉っぱや枝を丁寧に取った。
「案内するわ。私も学園に戻るところだったから」
「ありがとうございます!」
今の時期にトレセン学園のことをあまり知らずに来たスペシャルウィークはおそらく転入生だろう。
情けない姿しか見せてない自覚はあるが、先輩として、学園に連れて行ってあげるぐらいはできる。
スズカはスペシャルウィークの手を取る。
ぎゅっと握り返された手はひどく温かく、迷子の様な自分に少しだけ心強さを与えてくれた。
アニメ版をみていると、スペシャルウィークが編入時、サイレンススズカの圧勝を見ているので、編入で学園に来たのはどんなに早く見てもバレンタインステークス(2月14日)と思われます。
しかし一方でスペシャルウィークの弥生賞は史実だと3月8日で、弥生賞前にスぺは2勝しているので、仮に編入から一週間でデビューしたとしてもかなり強行スケジュールになります。
原作スぺは弥生賞の前はきさらぎ賞(2月8日)ですし、新馬戦(メイクデビュー)は前年11月ですし、もうちょっと前、夏休み前に学園に来てもらうことにしました。
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