黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り   作:雅媛

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学園模擬レース

一週間後、メジロのおばあさまにトレセン学園へと来てもらった。

名目は視察である。

さすがのメジロ家であり、その要望は簡単に通った。

 

「それで、調査はどうでしたか?」

「はい、これです」

 

トレーニング場の観客席でゴールドシップはおばあ様と面会した。

おばあ様の要望に従い、調査内容をまとめた書類を渡す。

目の前の老人の目的はこんな調査ではないだろうとは思う。

だが、約束は約束なので形式だけかもしれないが書類を渡した。

 

「彼女はハルウララ、といいます」

「ハル、ウララ……」

「なにか、思い出しましたか?」

「ハルウララ…… そう、ハルウララ…… ウララ…… お姉ちゃん……」

 

ぽっかり空いたパズルのピースが少しずつ色を取り戻しながら埋まっていっているようだ。

ぼんやりと空を眺める老人に対し、ゴールドシップは話を続ける。

 

「学力はまあ、中の下、といったところです。赤点をとったり追試になったりはしませんが、その程度のレベルです」

「……」

「走力はまあ、ひどいですね。トレセン学園入学の最低水準にも届いていません。最新のレースでは上がり3ハロン40秒を優に超えてますからね」

「……」

「今から模擬レースが始まります」

 

 

 

模擬レースといっても大したものではない。

トゥインクルレースなどの公式ではないレースは全部模擬レースという。

模擬レースで一番大きなものは全校選抜レースであり、本番さながらに行われる。

また、チームメンバー選抜のためのレースなど、大小さまざまな模擬レースが毎日行われている。

いま、ウララが参加しているのは有志達が行う個人的なレースである。

ウララは本当に遅いがウララが走りたがること、また慕われていることからみんなとよくレースをしていた。

今回は同室のキングヘイローとその取り巻きという名の友人、カワカミプリンセスやゲレイロ、メーデイアと走る様だ。

ゲートも使わない簡易なレースが今始まった。

 

ダート1000mという短い距離のレースである。

天気は良く良バ場。ダートの場合、良バ場の方が重バ場より走りにくい。

上手く走らないと砂が巻き上がるだけで推進力を得られないのである。

ゴールドシップは一歩に力を込めて進むストライド走法で走る関係上、少しでも地面の蹴り方を間違うと推進力が得られないためダートはあまり好きではなかった。

 

今日参加している5人は皆ダートに走り慣れていた。

ゲレイロ、メーデイアの二人が先行し、ウララはその二人に必死についていこうとする。

だが、根本的な走力に差がある。キングヘイローの周りの集団は一流のウマ娘ばかりだ。競うにはウララには荷が重かった。

ずるずると引き離されていき、道中で後方待機をしていたプリンセスとキングに追いつかれる。

そのまま直線に入れば、あとはいいところなしである。スパートを仕掛けた二人にも置いていかれて、前にいた二人に詰め寄ることもできず大差の5位で終わった。

 

「あの人は、とても速かったんですよ」

 

レースが終わった後、ぽつりぽつりと、老人が話し始める。

 

「まだ八大競走と呼ばれていた時代の春の天皇賞。桜舞う中、桜色の彼女はとても速かった」

「……」

「速すぎて、「後方待機策をとる!」って言っていたのに、ずっと先頭を走り続けて、そのままゴールしていました」

「……」

「いくつものレースで、彼女は絶対でした。競バに絶対はないなんて言う言葉をあざ笑うかのようでした」

「……」

「子供の頃、何度も一緒に走ってもらいました。いつも優しい彼女も走るとなると大人げなくて、練習でも彼女の影を踏めたことは一度もありませんでした」

「……いまの彼女を見て、どう思いました?」

「とてもきれいでした」

「そうですね」

「とても楽しそうでした」

「そうですね」

「でも、とても無様だと思ってしまいました」

「……」

 

その感想を、ゴールドシップも否定できなかった。

努力をしているのは感じる。だが、どう頑張っても前を走るほかの娘に追いつけないのもわかってしまう。

ずっとウマ娘達のレースを見ていた目の前の老人は、その気持ちはより強いだろう。

 

「あの人は、皆を、わたしを幸せにしてくれたんですよ」

「……」

「どうして……」

「……」

 

老人の目から、輝く何かが一粒だけこぼれた。

 

「ゴールドシップさん、これでもあなたは、使命を全うするというのですか」

「します」

「世界から、あなたの居場所がなくなってもですか?」

「関係ありません」

「今持っているすべてを失ってもですか?」

「それで皆が救われるなら」

「……」

 

老人は思う。このような結果になることを知っていたら、彼女は止めただろうか、と。

おそらく止めなかっただろう。

彼女はとても優しかった。不条理に憤り、悲劇に涙する、そんなウマ娘だった。

目の前の愛しい玄孫のように。

老人は初めて、三女神を恨めしく思った。

 

「ゴルシちゃん! こんにちは! みててくれた?」

「こんにちはウララ。みてたよ。いい走りだった」

「あれ? おばあちゃん、大丈夫? お腹痛いの?」

「ええ、大丈夫よ」

 

レースが終わったウララがこちらに駆けてくる。

ぱたぱたと走り、こちらに来るとすぐに隣にいる様子のおかしい老人を心配する優しい良い子だ。

 

「これあげる! 甘いもの食べると元気になるよ!」

 

そういって彼女が取り出したのは飴玉だった。

とてもうれしそうに尻尾を振りながら、彼女は老人に飴玉を渡した。

 

「ありがとう。ありがとう…… ウララさん」

「どういたしまして!」

 

老人のお礼に、ウララは何も知らない無邪気な笑顔で答えた。




彼女はとても幸せだ
他人がそれを無様という資格はないことは、老人にもわかっている。

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