黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り   作:雅媛

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サイレンススズカの毎日王冠

毎日王冠

 

秋の初めに東京競バ場で行われる1800mの重賞戦であり、主に距離の近い天皇賞秋やマイルチャンピオンシップへのステップレースとして利用されるレースである。

毎回実力のあるウマ娘が出走し、また、クラシックのウマ娘とシニアのウマ娘が初めてぶつかるレースの一つでもあった。

 

そして今回のレースは宝塚記念勝者のサイレンススズカとジュニア王者だったグラスワンダー、そしてNHKマイル王者エルコンドルパサーの対決となった。

クラシックの雄たちとシニアの雄がぶつかるこのレースには多くのファンが集まり、入場者は10万人を超えた。

 

 

 

「スズカさんお久しぶりです」

「グラスさん、お久しぶり。体調はどう?」

「今日は勝ちますよ」

「エルが勝ちまーす!!」

「エル!」

「……ふふふ」

「? どうしましたか?」

 

レース直前の地下道、リギル時代の後輩だったグラスワンダーとエルコンドルパサーに声を掛けられたスズカ。

その二人にまっすぐした目で勝ちます、と告げられるとおかしくなってしまった。

純粋な、それでいて確固たる意志を感じる言葉。

自分がエアグルーヴに天皇賞秋で似たようなことを言ったときもこんな感じだったのだろうか。

そう思うと嬉しいような、くすぐったいような、そんな気持ちになった。

 

だが、まだ負けるつもりは毛頭なかった。

だからこそ、返す言葉は一つだ。

 

「最速は、勝利はスピカと私のものです。叩き潰してあげる」

 

スズカは笑顔でそう答えたのだった。

 

 

 

レースが始まった。

いつものようにスズカは逃げる。その展開は一方的だった。

スズカの逃げは展開に左右されない。先頭で走る彼女こそがレースの展開を作るのだから。

感覚で逃げ続ける彼女だが、きれいな景色を追い求め続けるその感覚は幾多のレースで磨かれ続けた。その本能に従い、スズカは最速のラップをたたき続ける。

 

その速度、最初の3ハロンが34秒6である。

去年の天皇賞秋の時のエアグルーヴの上がり3ハロンが34秒7だったのだから、その速度が分かるだろう。スタートで最初の1ハロンが遅いことを考えれば、その速度は驚異的である。

一流バの末脚と同じ速度で逃げるスズカの影を誰も踏むことができなかった。

 

通常ならばこんなハイペースで逃げてしまえば最後は体力が切れてへばってしまう。

後ろから勝負するウマ娘はそれを狙って差せばいいのだ。

しかし、スズカはそんな常識にとらわれない。とらわれないからこそ異次元の逃亡者なのである。

それはエルもグラスもわかっていた。

 

普段後ろから展開して直線で差すレースをすることが多い二人は、かなり前目につけていた。

あの逃げを後ろから差すには直線までにかなり詰めておかないと届かないのはわかっている。

だからこそ、前へ、前へと進んでいた。

だが、第三コーナーに入ると、スズカはスピードを上げた。

 

スズカが得意なのは左回りである。

なので左回りの東京競馬場のコーナーは非常に得意だった。

距離も宝塚記念から比べれば400mも短い。

あの頃よりも夏合宿でさらにスタミナが強化されているのもある。

体力はまだ余っていた。

息を入れることなくそのままコーナーを曲がりながらスパートをかけたのだ。

予想以上の早いタイミングと速度の末脚に、一流と謳われた二人ですらついていけなかった。

無理にそれについていこうとしたグラスはそのまま沈み5着に。

エルはどうにか食い下がり続けたが、結局影も踏めずに2着に終わった。

 

 

 

「恐ろしいほどの速さでしたね……」

「次は負けません」

「私も負け続けるつもりはありません」

 

先輩の背を見て彼女たちは決意する。

それはスズカがたどってきた道でもあった。

だからこそスズカは先頭を走り続ける。

そう、走り続けるはずであった。




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