黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り   作:雅媛

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第七章 南海に舞う桜吹雪
悲劇を乗り越えた月曜日


「……」

 

スズカの事故後、スピカ内の雰囲気はお通夜の様なものであった。

幸い、スズカの命は助かった。

しかし、脚の怪我は深刻で、復帰は難しいかもしれないと、医者はかなり婉曲な表現で告げた。

前々日の精密検査でも一切何も異常がなかったスズカの脚だが、その左の足首は砕けていた。

 

「スピードに体が耐え切れなかったかねぇ……」

 

Bプランがどうだのぶつぶついうタキオンもまた、かなり憔悴していた。

 

スぺの負傷も軽くはなかった。

スピードを殺すために芝に右手の指を突き立てたせいで、右手はボロボロ。

体中に打撲傷もできていた。

スぺが芝に指を突き立てた、5本の跡が東京競馬場に残っていた。

彼女の献身的な行動が無ければスズカの命も危うかっただろうことが想像できる跡だった。

 

スピカの主力の一斉負傷である。

だが、マックイーンはそれでもよかったと思っていた。

スズカの事故はその時見ていた状況からしても、今思い返しても命にかかわるものだった。

走れない可能性があるとはいえ、命が助かったのだからその点は安堵してよいと思った。

スぺの怪我もかなり重いとはいえ、今後走ることや生活に恒久的に支障が出るようなものではない。

スズカを助けるための代償としては重いが、ひとまず最悪は避けたのだから喜んでいいようにすら思っていた。

 

 

 

こういう時に沈んだ雰囲気をぶち壊すのがゴールドシップである。

トレーナーは軽そうに見えて基本責任感が強い。こういう時にふざけられる人間ではない。

タキオンも似たようなところがある。今頃診察に見落としがなかったか、そして今後の治療について血眼になっているだろう。

スカーレットとウオッカもこういう時にあまり役に立たない。良くも悪くも素直な二人は、空気感に完全に飲まれているだろう。

だからこそ、マックイーンはゴールドシップに期待したのだが……

 

「ゴールドシップ……」

 

そのゴールドシップが部屋のベッドの中に閉じこもってしまっていた。

 

 

 

ゴールドシップは後悔に苛まれていた。

油断していた。自分をそう分析していた。

スズカが怪我するなんて十分わかっていたはずだ。

だが、ゴールドシップは油断した。

スぺとスズカが仲良くしており、精神的にも非常に安定してたのに胡坐をかいた。

タキオン博士やメジロ家の主治医に精密検査をしてもらい、何も問題がないといわれて問題ないと考えてしまった。

 

おばあ様を助けた彼女はどれだけの覚悟と苦労があったのだろうか。

自分には覚悟も何も足りていないとゴールドシップは感じていた。

 

結局スズカを助けたのはスぺの献身であった。

一瞬の迷いもせずにスズカへと駆け寄り覆いかぶさり庇った彼女。

観戦時隣にいた自分は茫然と見ているだけしかできなかった。

結果スぺは重傷を負った。来週の菊花賞も、月末のジャパンカップも参加すら難しいだろう。

予想できていた自分がまず一番に飛び込むべきだったのにそれができなかった。

救急車を呼んだり裏方の作業もできなかった。

ただただ、呆然と立ち尽くすことしかできなかったのだ。

 

なんという無様さだろう。

おばあさまが未来に帰れと言ったのはこういうところを見抜いていたのだろうか。

やはり自分には荷が重かったのだ。

本当に未来に戻ろうか、そんな考えまで浮かぶ。

おそらく諦めれば、三女神様たちが元の場所へ戻してくれるだろう。

そんな直感にすら従いたくなるほど、ゴールドシップの心は折れていた。

 

事故の日、病院でスズカの命が助かったと聞いてから、ゴールドシップは布団に籠城していた。

マックイーンが何かを言っていたが聞きたくなかった。

彼女に罵倒されたら、もう生きていく気力すらなくなる気がした。

 

 

 

マックイーンも最初はゴールドシップを見守っていた。

案外繊細なところもあるものだ。一晩寝れば元気になるだろうと思っていたのだが、一向に出てこない。

時々もぞもぞ動いているから生きてはいるのだろうが、布団の塊と化したままずっと変わらなかった。

 

そのうちマックイーンはイライラして来た。

全くゴールドシップらしくない。

いつもは要らないぐらい構ってきて、要らないぐらい騒いできたくせに。

自分だって心細いのに、構ってほしいのに、それなのにゴールドシップだけ引きこもるなんてずるいと思った。

だから容赦しないと決めた。

 

 

 

「ゴールドシップ!!!」

 

ゴールドシップのベッドをひっくり返して粉砕し、そして布団を破り捨てた。

ベッドも布団も無茶苦茶苦である。

マックイーンは物理的に引きこもり状態をぶち壊した。

ついでに部屋のドアも壊した。これで引きこもることは物理的に不可能になった。

 

「ま、まっくいーん?」

 

泣き続けたのだろうひどい顔をしているゴールドシップ。

いつもと違う弱気な表情に、マックイーンの加虐心がくすぐられる。

 

そのまま寝巻のゴールドシップに、いつもの帽子をかぶせてから引きずって食堂へと向かう。

 

「やだ、やめてよ!」

「やめてといってやめる奴はいませんわ!! あなたが今まで私を振り回してきた罰を受けてもらいます!!」

 

ゴールドシップが必死に抵抗しているが、二日も食事を抜いて引きこもっていたゴールドシップではウマの波動に目覚めたマックイーンには一切かなわなかった。

そのまま食堂で、限定のスぺ牧場特産ショートケーキを待機列を蹴散らして奪い取ったマックイーン。

ショートケーキをゴールドシップの口に詰め込み、さらに追加でLLサイズの薄目軟めはちみつを2本流し込んだ。

 

「ぐえ……」

「次は野外ライブ場に行きますわよ! 皆さんも一緒に来なさい!!」

 

大声でマックイーンがそういうと、栗東寮の食堂でくつろいでいた生徒たちが、勢いに負けてゴールドシップを引きずるマックイーンについていく。

謎の大移動が始まった。

 

 

 

野外ライブ場で即興オペラをしていたテイエムオペラオーを蹴散らし、占拠したマックイーンは、即興で野外ライブを始めた。

 

「スぺ先輩とスズカ先輩を励ますライブ映像を撮りますわよ!!」

 

と檄を飛ばすマックイーン

無意識で踊り続けるゴールドシップ。

ついてきたウマ娘達は、何が起きているかわからないが、逆らうとゴールドシップのようにされそうだと恐怖して従っていた。

 

「なんで私が……」

 

そうしてセンターをやらされているのは食堂に偶然いて、押しが弱いナイスネイチャだった。

譲り合い合戦の末、センターで踊らされていた。

 

「そこで勝利の女神のおまじないですわ!!!」

 

マックイーンが檄を飛ばし、皆が真っ赤になる。

勝利の女神のおまじない。それが何を指すかは皆知っていた。

なんせスペシャルウィークが今年のダービーでサイレンススズカにおねだりしたうえ、衆人環視の中でやらかしたものである。

ライブ中だから投げキッスでもしろという意味合いだろうとは察していたが、基本的に純情なウマ娘達はマックイーンの指示に固まってしまった。

 

「ふむ、こんな感じかな?」

 

なんとなく流れに身を任せ、参加していたイクノディクタスが投げキッスをした。

見ていたマックイーンの性癖に突き刺さり、マックイーンは真っ赤になった。

中性的な外見がツボだったらしい。

結局センターをやらされていたネイチャも投げキッスをさせられた。

 

 

 

「あとはお見舞いの品ですわ!!」

「も、むり……」

 

ベッドに引きこもっていた時とは別の理由で憔悴しきったゴールドシップを引きずりマックイーンはデパートを訪れる。

財力に任せていろいろなものを買いこむと、その品ごとゴールドシップを箱詰めにした。

スズカの分と、スぺの分。

二箱を担ぐと、そのまま猛ダッシュで二人が入院する病院へと走り始めた。

 

 

 

「ちーっす! メジロマックイーン急便ですわ!」

「マックイーンちゃん!?」

「マックイーンさん? お見舞いですか?」

 

いきなり病室に飛び込んできたマックイーンに、入院中の二人はかなり引いていた。

テンションがいつもと違い過ぎる。まるでゴールドシップのようである。

そんな引いている二人を無視して、マックイーンは箱を開けた。

 

「お見舞いの品を持ってきましたわ。スぺ先輩にはスイーツ詰め合わせ、スズカ先輩には風景のジグソーパズル、ゴルシちゃんを添えてですわ」

「ゴールドシップさん!?」

「ほら、ゴルシちゃん。何伸びてるんですわ? いつもみたいにうっとうしいぐらい騒ぎなさい」

「ぎにゃああああああ!!」

 

箱詰めされたゴールドシップを取り出すとそのまま気付けを決行するマックイーン。

 

「マックイーンちゃん!?」

「は、いったい何が…… マックイーンに一日中無茶苦茶に振り回される夢を見ていたような」

「うれしいでしょう。現実ですわ、ゴールドシップ」

「マックイーンちゃん!?」

 

スぺもスズカもツッコミが追い付かなかった。

 

「ゴールドシップ。二人にお見舞いの挨拶をしなさい」

「え?」

「早く」

「あ、え、えっと、スズカ。大変だったな」

「そうですね……」

「でも、生きててくれて、良かったよぉ……」

「ふふ、ありがとうございます」

「スぺぇ」

「は、はい!」

「がんばったな……」

「根性だけなら負けませんから!」

「はい、では面会時間とっくに過ぎてますし、騒いでナースさんに怒られそうなので退散します!」

「ま、マックイーンちゃん!?」

「あ、これ、栗東寮のみんなで作ったお見舞いライブ映像です。あとで見てください」

 

そうしてマックイーンは端末を置いて、ゴールドシップをわきに抱えると、そのまま窓から出ていった。

ちなみに4階である。

スズカもスぺも、嵐のように去っていくマックイーンをただただ見ていることしかできなかった。




ナイスネイチャと言えば3年連続有馬記念三着であり、そのライブの際の投げキッスは毎年ネイチャファンの間で永久保存されている。
だが、この幻のネイチャの投げキッスはごく一部のファンしか知らない秘蔵映像である。

テンションの上下に一番私がついていけない

適当にウマ娘についてしゃべるディスコードサーバー
https://discord.gg/92whXVTDUF
雑談したくて作りました。
気になった方はお気軽にどうぞ

テイオー編の内容について どういうテイオーが見たいですか

  • 絶対的な強さを持つ帝王なテイオー
  • ナメクジテイオーをみんなで頑張らせて三冠
  • アプリっぽい無敗の貴公子テイオー
  • アニメっぽい不屈の帝王なテイオー

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