黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り 作:雅媛
何が悪かったのだろうか。
スペシャルウィークは問い続ける。
スズカさんが怪我をしたことだろうか。
そうではない。
怪我というのは偶然のものである。そこに善悪はない。
では、自分がスズカさんをかばって怪我をしたことだろうか。
それも違う。あそこで自分が飛び込まなければ、スズカさんの命すら危なかったのだ。
自分が仮に走れなくなったとしたって、自分は迷いなく飛び込んだ自信があった。
それが間違いであるはずがない。
結局、自分が悪いのだ。
走れないかもしれないというつらい気持ちにあるスズカさんを、支えられなかった自分が悪いのだ。
勝つといった秋のG1三戦。結局一つも勝てなかった。
2着でも十分? ライブに全部残れたからすごい?
何を言っているのだ。すごいならなぜスズカさんに見限られてしまうのか。
あの優しくてきれいなスズカさんに、なぜ見限られたのか。
簡単である。
自分が弱すぎたのだ。情けなさ過ぎたのだ。
あの状態のスズカさんを支えることどころか、自分で立てずに頼り切ってしまったスペシャルウィークに価値なんてないのだ。
「あはっ」
そこまで考えてスペシャルウィークは、初めて理解した。
何を甘いことを考えていたのだろうか。
こんな自分がスズカさんの横にいるなんて烏滸がましいにもほどがあった。
走れるかもわからない、つらい状態のスズカさんに寄りかかっていたのは自分だったのだ。
こんな自分、捨てられて当然である。
スペシャルウィークはスペシャルウィークを憎んだ。
だから、今の自分を捨てよう。
勝ち続ける強い自分になろう。
まずは春のシニア三冠である。
それを取れば、自分は、自分を捨てて強くなった自分はスズカさんに会いに行く程度の資格は得られるだろう。
そう思うと、胸の奥に暗い闘志が宿る気がした。
スペシャルウィークが年明け後春の初戦に選んだのは金鯱賞であった。
去年サイレンススズカが圧勝し、春のシニア三冠の初戦である大阪杯のトライアルレースでもあるこれを、スペシャルウィークは選択した。
会場には多くの観客が集まった。
ダービーウマ娘であり、秋は惜敗を繰り返したが実力は認められたスペシャルウィーク。
また、明るく表情がころころ変わり、人懐っこい彼女は実力以外の面でも人気が高かった。
サイレンススズカが復帰が絶望的といわれている中、仲が良かったスペシャルウィークを励まそうというファンも多くいた。
その皆が、スペシャルウィークを見て息を呑んだ。
鍛え抜かれ研ぎ澄まされた肉体。
獲物を狙う肉食獣のような殺気。
甘さを一切削り取った眼光。
春の草原のような柔らかな雰囲気は、今の彼女にはなかった。
その仄暗い闘志に、会場も、そして他のウマ娘も飲まれた。
レースは圧倒的だった。
最初に先頭に立ったスペシャルウィークは、そのままゴールまで影も踏ませなかった。
サイレンススズカの再現か、と言われたが、そうでもあり、そうではなかった。
単にいつも通り、差しの戦法でスペシャルウィークは走っただけである。
単にレベルが違い過ぎて最初から最後まで、他のウマ娘が追い付けなかっただけである。
会場が息を呑む中、完璧なウイニングライブをこなしたスペシャルウィークは、静かに一礼をしてその場を去っていった。
続く大阪杯にはエアグルーヴが参戦していた。
スペシャルウィークを見たエアグルーヴは息を呑んだ。
あれはいったい誰だ。
エアグルーヴは目を疑った。
纏う雰囲気が全く違ったからだ。
まるで殺気のような重苦しさと敵意をスペシャルウィークは纏っていた。
エアグルーヴとスペシャルウィークの付き合いはそう浅くはない。
エアグルーヴはサイレンススズカと仲が良い。寮もスズカやスぺと同じであり、共に食事をとることも少なくなかった。
また、前期のジャパンカップ、有馬記念で競い合った相手でもある。
才能のあるウマ娘だとは思っていたが、こんな雰囲気を出すウマ娘ではなかったはずだ。
先日スズカのお見舞いに行ったときに、スペシャルウィークのことを聞いたら言葉を濁されたが、これを見れば何かがあっただろうことは容易に想像できた。
だが、彼女には何もできなかった。
声を掛けても、彼女は何も反応しなかった。
レースになればスペシャルウィークの独壇場だった。
圧倒的速度で走っていくスペシャルウィークに、誰もがついていくのがやっとだった。
直線になり、追いすがったエアグルーヴを、さらに差し脚を発揮して、スペシャルウィークは一気に突き放した。
結果を見ればスペシャルウィークの圧勝であった。
勝負に絶対はない
走りを忘れた彼女に勝利はない
しかし狂気は時に常識を覆す