黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り   作:雅媛

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青空に浮かぶ雲の悔恨

セイウンスカイは、自分が生きるのが下手だとわかっていた。

群れるのは嫌い。

真面目にやるのも嫌い。

皆と同じことをするのも嫌い。

楽しいことが好きだが、トレセン学園はつまらなかった。

 

それが生きる上でマイナスに働くこともよくわかっていた。

だが、周りに合わせることもできずにいた。

クラスでもずっと浮いた存在で、本当に雲のようにふわふわと日々を過ごしていた。

下手するとこのまま退学かなぁ、なんて他人ごとに思っていた、何もないふわふわした日々が、彼女が転入してきてから変わった。

 

スペシャルウィーク。

編入してきて、最初の挨拶の時にギャグのような転び方をした彼女はとても面白かった。

そしてそれ以上にいろいろ面白い子だった。

まず他人との距離の取り方がおかしい。基本的にすさまじくぐいぐい来る。

噂によるとド田舎の、ウマ娘も、同年代の子供もいない地域で育ったらしい。

だから他人との距離感を測るのが下手なのだろうが、そこで戸惑わずに根性で頑張るとばかりに突っ込んでくるのだ。

そんな彼女の態度にプライドが高そうに見えて基本世話好きなキングヘイローや、こちらも世話好きなグラスワンダー、面白い物好きなエルコンドルパサーを巻き込んで仲良しグループを作り始めた。

そしてなぜかその中にセイウンスカイも組み込まれた。

今でもよくわからないが、セイがスぺにいたずらを仕掛けたことから、気に入られてると判断されたらしい。

 

しかし、そうして彼らとつるんでいると、予想以上に楽しかった。

基本ポンコツなキングに、大和撫子に見せかけて根が蛮族発想のグラス。騒がしいように見えて実は真面目なエルにやっぱり何も考えてないスぺ。

最初の印象とのギャップが多くてとても楽しかった。

一緒に遊びに行ったり、一緒にトレーニングしたり。

前は面倒でしかなかったことがとても楽しくて、こんな風に普通を楽しめることに気づかせてくれたスぺに、セイウンスカイは感謝していた。

 

 

 

仲良くなった私たちは、同時にライバルにもなった。

ジュニア級王者でありながら負傷してしまったグラスちゃんと、海外遠征を目指してクラシック三冠を目指さなかったエルちゃんは別路線を歩んでいたが、スぺちゃんとキングちゃん、そして私はクラシック三冠を競い何度も対決した。

結果は私の2勝、スぺちゃんの1勝。残念ながらキングちゃんは1勝もできなかった。

だがそれでも、私もキングちゃんもとても楽しかった。

先頭を行く私と、それを追いかける二人。油断するとすぐに差されそうな緊張感。

勝っても、負けても、とても楽しかった。

 

皐月賞の時先着した私とキングちゃんに、スぺちゃんは祝福の言葉をくれた。

とても悔しかっただろうが、同時にライバルの勝利をとても喜んでくれていた。

ダービーで同じようにスぺちゃんとキングちゃんに差された私は、身を引き裂かれそうに悔しかったのと同時に、ライバルの勝利が心から嬉しかった。

だから、本心から二人に祝福の言葉を述べられた。

そんな言葉をくれたのが何よりもうれしかったし、その言葉を述べられる私もとても誇らしかった。

 

雲のようにつかみどころのないだけの、なんでもなかった私を、ウマ娘にしてくれたのは、きっとスぺちゃんである。

そんなスぺちゃんと、みんなと競える有馬記念を私は楽しみにしていたのである。

 

だが、スズカさんの事故から何かが絶望的に狂い始めていた。

命は助かったが選手生命は絶望的と言われたスズカさん。

明言はしていなかったが、恋人であっただろうスぺちゃんは、そのころからおかしくなった。

菊花賞、ジャパンカップ、有馬記念というハードスケジュール自体は丈夫さと根性が売りのスぺちゃんらしいところもあるが、スズカさんの事故の際負傷したスぺちゃんには重すぎるスケジュールだった。

 

菊花賞の時から異変は起きていた。

負けて呆然として抜け殻のようになったスぺちゃんは、ライブの時も、そのあとも何も話すことが無かった。

キングちゃんと二人で何度も話しかけたが、まさにバ耳東風といった感じで何も聞いていなかった。

 

ジャパンカップの時に勝利したエルちゃんにレース後話を聞いたが、やはり同じような感じだったらしい。

 

そして有馬記念。

グラスちゃんがG1レースでみんなと初めて走ることになった時のことだった。

全力で走るスぺちゃんは圧倒的に速くて、しかしそれを執念で差し切ったグラスちゃんは本当に強かった。

キングちゃんと二人、完敗だったね、と悔しいながら、しかし笑いながら控室に戻る途中、それは起きた。

 

「なんでっ、なんでぇ……」

 

廊下でグラスちゃんに詰め寄り、崩れ落ちるスぺちゃんが居た。

その小さな悲鳴は絞り出すような、恨むような声であった。

 

表情を一切出さずにその場を立ち去ったグラスちゃん。

しかし彼女が一番傷ついていたのは私だけでなく、キングちゃんも、応援に来ていたエルちゃんも察しただろう。

ジュニア級の終わりに負傷して、半年以上走れなかったグラスちゃん。

そして、スぺちゃんのことが好きだったグラスちゃん。

ダービーの時の勝利の女神のおまじない事件で失恋し、しかしそれでもスぺちゃんと一緒に走り競うために今日まで頑張ってきたグラスちゃん。

まさに一日千秋の思いで今日を待ち、全力全霊を尽くしての勝利の後に待っていたのはただの恨み言だったのだから。

 

 

 

有馬記念が明けて、スぺちゃんは完全に壊れた。

勝利のみを追い求めるまさに鬼になっていた。

私たちがいくら話しかけても、叫んでも、何も反応をしてくれなくなった。

スピカのトレーナーさんも明らかに持て余していた。必死に止めようとしていたが、その言葉すら全くスぺちゃんには届いていなかった。

どうすれば振り向いてくれるか。試行錯誤をした結果、結局レースで勝つしかない、という結論になった。

何をしても本当にバ耳東風だったスぺちゃんが、しかしトレーニング中一瞬でも追い抜くと反応することにみんな気づいていた。

 

スぺちゃんのスケジュールは春のシニア三冠。

初戦の大阪杯には私たちは誰も出ないが、エアグルーヴ先輩が出ることになっていた。

女帝といわれた彼女なら、今のスぺちゃんに対してでも勝ってくれるのではないか。

そんな期待を一瞬にして崩したのがスぺちゃんの圧倒的な走りだった。

女帝すら歯が立たずに敗北した。

しかし、私たちはあきらめなかった。

 

 

 

二戦目は天皇賞春

シニアクラスの3200mの長距離レース。

私の得意な距離であり、かつて同コースの3000m菊花賞をレコードで勝利していた私は、勝ち目があると信じていた。

有馬記念明けから死ぬ気でトレーニングをした。

今までは努力する姿を他人に見せるのが恥ずかしくて、トレーニングは隠れてこそこそ行っていたが、そんな余裕なんて一切残っていなかった。

あの圧倒的な気迫のスぺちゃんに、そんな甘いことを言って勝てる気がまるでしなかった。

当日の調子は最高潮。

トレーニングも十分積んで、今までで一番いい仕上がりでレースに挑めた自信があった。

 

 

 

結果は惨敗だった。

スタートから逃げる私のさらに一歩前を走りだしたスぺちゃん。

つぶしあいになるぐらいのハイペースで飛ばすスぺちゃんに、どうにか食らいついていくのが精一杯になった。

スタミナには自信がある私すら潰れかねないハイペース。

しかしスぺちゃんは直線に入りさらに伸びた。

圧倒的な差し脚。すでに道中でスタミナが切れていた私も、そのハイペースに飲まれてスタミナを切らした後続も、まったく追いすがることができなかった。

 

かろうじて2着には滑り込んだが、スぺちゃんとの差は大。測定不能なほど引きはがされていた。

それを惨敗といわずしてどういうべきか。

そのまま静かに控室に戻るスぺちゃんに、私はかける言葉もでなかった。

 




雲が恋焦がれた太陽は、しかし遠かった

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