黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り   作:雅媛

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一流ウマ娘の諦観

自分には才能がない。

それをあれほどみじめに思ったのは、あの時以外なかった。

 

 

 

キングヘイローの母親はアメリカG1を7勝し歴代最高と謳われたウマ娘だった。

そんな母に比べて、自分に才能がないことは、自分が一番わかっていた。

母が才能がない、帰ってきなさいと言う意味もよく分かっていた。

母が母でなければ、おそらく自分は一流のウマ娘として何も煩わされることなく居られただろう。

だが、自分は母と常に比べられる。

そして、自分の才能では母を超えるどころか、並ぶこともできないことはよくわかっていた。

放任主義に見えて心配性な母は、そのような風評が娘に立つことで、娘が傷つくことを心配したのだろう。

 

自分は自分、母は母。そういう気持ちで入ったトレセン学園では、しかし母の想定した通りの扱いを受けた。

勝手に期待され、勝手に失望される。

そんな繰り返しにどんどん心がささくれ立って行ってた。

 

徐々に荒れていくだけの状況だったが、そんな自分を助けてくれた子が二人いた。

 

一人はハルウララ。ルームメイトの彼女は、とても遅くて、しかしとても可愛らしくて、そして底抜けにいい子だった。

少しでも調子が悪そうにしていると、彼女は少ない語彙で最大限褒めてくれた。

すごい、はやい、かっこいい、つよい。

彼女が褒めてくれるからこそ、もう少しだけ、もう少しだけ、と頑張ることができた。

 

そしてもう一人はスペシャルウィークだった。

編入してきた彼女も、とても純朴でいい子だった。

無遠慮に対人関係の距離を詰めてくると、そのままみんなと仲良くなっていく彼女。

出自ゆえ遠巻きにされていた自分。学校生活になじめず浮いていたセイちゃん。トップチーム所属故高嶺の花としてやはり遠巻きにされていたエルちゃんとグラスちゃん。

そういった子たちとも積極的に仲良くなっていった。

いつの間にか皆でお昼を食べたり、遊びに行ったり、一緒にトレーニングしたり。

仲良くなったみんなで過ごす時間が何よりも楽しくなっていった。

 

シルバーコレクター。

勝てない自分はそんな風に揶揄されるようになっていったがそれも気にならなくなっていった。

確かに皐月賞でもダービーでも2着になり、ついでに菊花賞でも2着になった。

だが、それは自分にとっては誇りであった。

ライバルたる一流のウマ娘のスぺちゃんとセイちゃんと競い、肩を並べて競うことができたという証なのだから。

悔しくないわけではない。

1位が欲しくないわけでもない。

でも、恥じるものではないと彼女が教えてくれたのだ。

才能がないのが何だというのだ。母が何だというのだ。

そんな風に胸を張ることができたのだ。

 

だからこそ、そんな恩のある、大切な人であるスぺちゃんが壊れていくのを見て、そして何もできない自分が本当に悔しかった。

有馬記念の後、スぺちゃんに声を届けるには勝つしかない。そうみんなと結論付けたのは間違っていないと思う。

だが、必死になるグラスちゃんとセイちゃんに比べ、自分の非才を思い知ることになった。

特にスぺちゃんの大阪杯の圧倒的な強さを見て、気付いてしまったのだ。自分ではどう頑張っても勝てない、という事に。

セイちゃんは得意の長距離で活路を、グラスちゃんは持ち前の執念と努力で活路を見出そうとしていた。

二人とももしかしたら、と思える強さがあった。

それに比べ、自分はどうあがいても手が届かないのが分かった。

 

人生で初めて、心の底から自分の非才を呪った。

 

 

 

それでも死ぬ気で努力はした。

特にセイちゃんがスぺちゃんに天皇賞春で完全に叩きつぶされたのを見て、余計あきらめたくなかった。

ただ、努力すればするほど、届かないことを痛感するだけであった。

 

決戦である宝塚記念。

その前哨戦として挑んだ安田記念にはグラスちゃんも出ていた。

結果はグラスちゃんの勝利。自分はまた2着であった。

グラスちゃんは宝塚記念に照準を絞っていた。

だが、一流の自分には一緒に走ってわかった。おそらくグラスちゃんでも、今のスぺちゃんには一歩届かないことを。

 

 

 

キングヘイローは生まれて初めて、勝負を捨てることにした。




プライドも、信念も、勝負すらも、何もかも捨てても、彼女はあきらめない。

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