黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り 作:雅媛
シニア春の三冠の最終戦である宝塚記念。
スペシャルウィークの姿もそこにあった。
圧倒的一番人気で登場した彼女の圧倒的な雰囲気は誰が見ても明らかであった。
ライバルとして同期のグラスワンダーやキングヘイローが挙げられていた。
特に去年有馬記念を勝ったグラスワンダーは快進撃を続けるスペシャルウィークへ対抗できるのでは、という期待があった。
しかし、当日来ていた観客は、スペシャルウィークの勝利を確信した。それぐらい、彼女のオーラは圧倒的だった。
出走前のゲート裏は静かであった。
スペシャルウィークの放つオーラに誰もが圧倒されていた。
グラスワンダーも、キングヘイローもレースに集中しているように見えた。
特にトラブルもなくゲートインが完了し、そして特にトラブルもなく、レースは始まった。
先頭に立ったのはスペシャルウィーク、ではなくキングヘイローだったのは、観客も、他の参加しているウマ娘も、スペシャルウィークも驚いた。
キングヘイローはスピードで勝負するタイプのウマ娘だ。
彼女の瞬発力は驚異的で、末脚の鋭さは今のスペシャルウィークやグラスワンダーすら上回るものである。
一方でスタミナに難があり、その脚を長く使うことはできない。安田記念の走りから、短距離向き、下手するとマイルも長すぎるのではないかという話が出ているほどであった。
だからこそ、ためて最後で差す、という戦術が彼女の常だったのだ。
それが先頭を切る大逃げである。
確かにキングヘイローが全力で走ればセイウンスカイすら逃がさなかったスペシャルウィークの前にも立てる。それだけの速さが彼女にはあった。
だが、その速度で競り合って、最後までスタミナが持つとはだれにも思えなかった。
無視するのが正解だろう。しかし前を行かれるのを嫌ったスペシャルウィークは積極的に競り合いに行った。
もしかしたら、キングヘイローに何か秘策があるのかもしれない。
観客も、他のウマ娘も、そしてスペシャルウィークも。
ただ一人を除いて、そんなことを考えていた。
圧倒的なハイペースでレースは展開した。
去年の宝塚記念でサイレンススズカが逃げた速度よりもさらに早いタイムで1000mを通過する。
キングヘイローとスペシャルウィークは競り合いながら、さらに速度を上げた。
だが、そんな速度で走ってスタミナに劣るキングヘイローが持つはずがなかった。
第三コーナーを回る頃にはキングヘイローは完全にガス欠を起こし、ずるずると後退していく。
ただの破れかぶれだったか。
そう、誰もがそう思った。
ただ一人、彼女を除いて。
そうしてコーナーを回り切り、直線に入れば、スペシャルウィークの独壇場である、はずだった。
後続をさらに突き放しながら、スペシャルウィークが先頭でゴールすると誰もが思っていた。
そんなところをグラスワンダーが猛烈な末脚で襲い掛かった。
一瞬視界の後方に入ったグラスワンダーを、しかしスペシャルウィークはすぐに無視した。
確かに彼女の末脚は強烈だ。だが、このリードと自分の力を考えれば、追いつけるわけがない。
一気に突き放してやる。そう考えてラストスパートをかけようとしたスペシャルウィークは異変に気付いた。
脚が動かなかった。
当たり前である。スタミナに優れ、過酷なトレーニングで凄みを増したスペシャルウィークとはいえ、全身全霊を賭けた破滅的な逃げについていって何もないわけがなかった。
ただの無策の大逃げではないのだ。キングヘイローの勝負も、プライドも、すべてを捨てたスペシャルウィークを潰すためだけの逃げだったのだ。
想定以上のハイペースに末脚をつぶされ、完全に体力を使い果たし、それでも執念だけで走るスペシャルウィーク。しかしその速度は普段の彼女とは雲泥の差だった。
とはいえ、キングヘイローが勝負を捨ててスペシャルウィークを潰しに行ったことを察していなければ、このハイペースに巻き込まれてスタミナを消耗し、先頭を執念で走るスペシャルウィークに追いつけなかっただろう。
現にほかのウマ娘は、ハイペースに巻き込まれ皆同じように失速していた。
だが、グラスワンダーだけは、彼女だけはこの瞬間が訪れるのを言葉も交わさずに理解していた。
完全なタイミングで全力を尽くしたグラスワンダーの末脚は、スペシャルウィークを一瞬で差し切った。
グラスワンダーが見事宝塚記念を制したのであった。
とどかないはずの手が、そうしてやっと彼女に届いた