黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り   作:雅媛

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春色のちょっとした幸せな夢

桜散る木の下に、彼女はいた。

葦毛の少女が、彼女に駆け寄る。

 

「元気だった?」

「お姉ちゃん!」

 

ここが夢だとはわかっている。

夢幻の狭間。変えられた運命の残滓が漂う場所だというのはわかっていた。

 

「相変わらず、あなたは頑張り屋さんなのね」

「お姉ちゃんには及ばないよ……」

 

桜色の彼女が、くすくすと笑う。

葦毛の少女も、釣られて笑った。

 

「今は幸せ?」

「うん、とっても。かわいい子供や孫、曾孫もいて、最近は玄孫にまで会えたもの。全部、お姉ちゃんのおかげ」

「それは違うわ」

「?」

「全部あなたの頑張りの結果よ」

「そうじゃないよ」

「いいえ、そうよ。あなたの人生は、あなたのもの。私はただ、ちょっとだけ手を引いて、背中を押しただけよ」

「お姉ちゃん……」

 

桜色の彼女はとても楽しそうに、幸せそうに笑った。

 

「私の人生はとても幸せだったわ。あなたが愛してくれて、感謝してくれて、とても楽しかった」

「でも、お姉ちゃんは誰にも覚えられてない」

「あなたが覚えてくれたじゃない。それ以外何もいらないわ」

「お姉ちゃん……」

 

桜色の彼女が、葦毛の少女にくちづけを落とす。

最初で、最後の交わり。

それはとても暖かかった。

 

「最後に一つお願い」

「何でも聞くよ」

「あの子を、ハルウララを、お願いね。私と、あなたの子供みたいなものだから」

「子供…?」

「あなたの願いと、私の願いの残したもの。私の残滓。それはたぶん子供みたいなものよ」

「ふふ、そうかもしれないね」

「それじゃあ、ね」

 

既に物語は大きく変わっている。

彼女のおかげで、そして愛しい玄孫のおかげで、幸せな結末が生まれつつある。

それはつまり桜色の彼女の物語が消えつつあるという事。

この時間は本当に刹那の瞬きでしかないのはどちらもわかっていた。

 

唐突に吹き荒れる春一番。

桜吹雪に消えていく桜色の彼女

葦毛の少女は思わず抱き着く。

 

「お姉ちゃん! 私は! あなたと一緒に生きたかった! あなたの横を歩きたかった!!」

「わかってる」

「でも…… 私は幸せでした。お姉ちゃん、ありがとう」

「私も、幸せだったわ」

 

葦毛の少女の口づけが、その桜色の唇に落とされ、そして空を切った。

 

 

 

「おばあちゃん?」

「あら、おはよう、ウララちゃん」

「疲れてるの?」

 

桜色の少女が、葦毛の老婆を心配そうに見る。

とても幸せな、とても懐かしい、そしてとても悲しい夢を見ていた。

自分の物語が、やっと幸せな終わりを迎えたのだと、彼女は気づいた。

 

「ちょっと、懐かしいものを見てしまいましてね」

「大丈夫? おばあちゃん」

「ふふ、ありがとう。ウララちゃん。大丈夫よ」

 

桜色の彼女と葦毛の少女の物語は終わった。

だが、葦毛の老婆の物語はまだまだ先が長いのだ。

例えば、目の前の桜色の少女の幸せな物語はまだ始まったばかりである。

彼女と自分の子供のような桜色の少女を、目いっぱい幸せにしなければならないのだ。

他にも、孫と玄孫の物語もまだまだ続いている。

先は険しく、難しいだろう。だが年老いた自分でもできることはあるはずだ。

 

全てにハッピーエンドを。

そう願った桜色の彼女のために。

まだまだ葦毛の彼女の頑張りは終わらない。




それはとても優しく、幸せな夢

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