黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り 作:雅媛
私は夢を見た。
胡蝶之夢
現実か夢か分からないような夢である。
その世界では、ゴールドシップがいなかった。
退学勧告をされる時、彼女は飛び込んでこなかった。
カフェが無表情にボクに退学について聞いてくる。
彼女なりの精いっぱいの心配であるのは今の私にはわかったが、夢の中のボクは心配している振りでもしているのか、と斜に構えたことしか考えていなかった。
スカーレット君も興奮しながら抗議する、と息巻いていたが、それすらどうでもよかった。
どうでもよくないはずなのに、どうでもいいと思ったボクはそのまま退学した。
実家から幾何の金をもらったうえで絶縁させられたボクは海外に渡った。
オーストラリア、フランス、イギリス、アメリカ、中国やインドといったアジアにも向かった。
途中途中でウマ娘達をモルモットにして実験を重ねた。
治ったものもいれば、治らなかったものもいる。
ボクはあくまで医師であり研究者であって神ではないのだ。
時に感謝されたが、怖がられたり恐れられたり気味悪がられたり、そういったことを繰り返しながら世界を巡った。
ウマ娘というのは調べれば調べるほど面白かった。
カフェやスカーレット君はボクのことを心配してくれていた。
全てを捨ててまで、ボクを助け、尽くしてくれた。
それに対してボクは都合のいい駒だとしか思わなかった。
私はそれに絶句した。
最後には二人とも、力尽きるようにボクから離れていき、日本へと帰った。
ボクはそれに対して、静かになって清々したとしか思わなかった。
研究に研究を重ね
狂気に狂気を重ねた先に
ついにウマ娘の可能性の先が見えた。
ウマ娘とは何か。
そうして追求した先にあったものは何か。
それを見たボクは、賞賛に包まれながら一人で死んでいった。
運命が終わった瞬間、視界が暗転する。
何もない暗い空間。私と彼女がいた。
「……キミはいったいなんだ」
「ボクはキミ、キミはボクだよ。わかるだろう?」
「…… 可能性の残滓、運命の残滓といったところか」
それは単なる直感だが、確信があった。
何かが大きく変わり、そして未来が変わった感覚がどこかにあった。
変わったという事は元があったはずであり、その元あった何かが形を作ったのが、私である彼女だという事は、直感としてわかっていた。
「正解だよ。そしてキミはボクなんだ。こうなるのはわかるだろう?」
「私はキミにはならない! カフェを! スカーレット君を! みんなを捨てたりはしない!」
「はっはっは。本気かい? そして正気かい? わかるだろう? ウマ娘の可能性の先は、こうしないとたどり着けないことぐらい。なんせキミはボク、ボクはキミなんだから!!」
狂ったように笑う彼女。
言われなくてもわかっていた。
「ウマ娘の可能性の先」とは、全てを捨ててようやくたどり着けるそういう境地だと。
だから私は深呼吸して、言った。
「もう一度言おう。私はキミでキミは私だ。だが私はキミと同じ轍を踏まない。そんなものより大事な物を知っているのだから」
「……」
「キミもわかっているのだろう?」
「ふふ、隠し切れないか」
「私はキミでキミは私だからね」
「そうさ、皆はボクを天才と称えたがね。結局ボクは大事な物すらわからなかった愚者さ」
「そうだね」
「辛辣だね」
「自分の愚かさは常々感じている」
「ははははは、そうかいそうかい」
「だがキミには感謝するよ。自分が間違っていないことが確信できた」
「それならよかった、ボクの本当に無価値だった人生にようやく価値ができた」
「ありがとう。間違った私」
「がんばれよ。これから先に行くボク。ついでに餞別に一つ教えるよ」
「……?」
「ウマ娘の可能性の先、そこには、何もなかったよ」
「……なにも?」
「輝かしい未来も、素晴らしい世界も、何もない、ただの荒涼たる場所だった」
「……」
「絶対に間違えるなよ」
そうして私は目を覚ました。
時刻は午前9時
全くの寝坊だった。
久しぶりにカフェの苦いコーヒーが飲みたくなった。
「カフェ」
「なに?」
「苦い」
「はい、砂糖とクリーム」
「……」
「……」
「カフェのコーヒーはおいしいなぁ」
「……ありがと」
遠くからスカーレット君の呼ぶ声が聞こえる。
カフェと二人で飲むコーヒーは、苦くて、そして甘かった。
結局彼女が、私が欲しかったのはこれだけだった。
彼女がたどり着いた先は、アプリの可能性の先とは違うでしょう。
また、今のタキオンがたどり着く可能性の先もまた、別のところでしょう。
そこに何があるかは、行ったものしかわかりません。