黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り 作:雅媛
南国の桜と不撓不屈の王
キングヘイローは、夏合宿として高知を訪れていた。
宝塚記念。
あれが間違っていたとは今振り返っても思わない。
だが、やはり悪いことだったと今でも心に刺さったままである。
はっきり言って八百長である。
グラスちゃんを勝たせるために勝負を捨てたのだから、八百長以外の何物でもない。
それに気づいている者はほとんどいない。
自分と自分のトレーナーを除けば、スぺちゃんやいつものみんなと、グラスちゃんやスぺちゃんのトレーナーぐらいだろう。
誰もがそれを口にしない。
誰もがキングを糾弾しない。
だからずっと明らかになることはないのだろう。
だからこそ、キングヘイローは自分が嫌になっていた。
自分のことを心配する母
自分のことを慕うみんな
自分のことを応援するファン
たくさんの人を裏切ってしまった。
負けることはしょうがない。
勝負というのは一人の勝者とたくさんの敗者を作ることだ。
勝つことを期待されていても負けることは当然ある。それは裏切りではない。
だが、勝負を捨てること、勝つことをあきらめることは、許されるものではない。
皆は私が、キングが勝つことを望んでいるのだから。
勝つつもりがない勝負をすることは裏切りでしかない。
だが、今回のことを間違いと言いたくもなかった。
間違いなら正せばいい。省みて、直せばいい。
無様と言えども、それが王の王たるプライドである。
しかし、スぺちゃんを助けることが、すべてを捨てて裏切ってでも助けることが、間違いだとは言いたくなかった。
優しい母も、慕う友人も、もし正直に話しても皆自分のことを責めないのはキングもわかっていた。
だからこそ、そう、だからこそ、キングは自分のことが許せなかった。
どうしていいかわからずにいたキングに、トレーナーは高知へ合宿へ行くように命じた。
最近はメジロ家のテコ入れで、中央と高知の交流が盛んになっている。
設備も最近更新されたため、ぼろい中央の合宿所よりよほど夏合宿に良いと高知へ行くウマ娘が増えていた。
「みんなー、キングちゃんが来たよ!」
「キング!」「キング!」「キング!」「キング!」
「ちょ、ちょっとなんですのこれ!?」
高知トレセン学園に到着したキングを待ち受けていたのは、ハルウララとキングコールだった。
全く予想していなかった事態にキングは混乱した。
ハルウララが、キングのために一夜漬けで仕込んだものだが、ノリの良い友人たちはすぐに覚え、力いっぱい連呼していた。
「キングちゃん! はしろー!」
「はしりたーい!」「この前の中山記念すごかったですね!」「安田記念も惜しかったですよね!」
「ま、待ってくださいー!!」
キングの手を取り引っ張るハルウララと、その周りの子たち。口々にキングの実績を褒めてくれる。
そんな子たちに引きずられ、キングはレース場まで連れられていくのであった。
高知競バ場のコースは、中央のトレセン学園と異なりトレーニングコースを兼ねている。
そこには何十ものウマ娘がおり、模擬レースを楽しんでいた。
体操着姿の子は少なく、勝負服のようなキラキラした服を着ている子も多かった。
体操着の子は、見たことがあることがある子が多い。おそらく中央から合宿に来ている子だろう。
そうじゃないキラキラした服を着ている子はいったい何なのか。これは練習の模擬レースではないのか。
あと観客がすごい多い。模擬レースじゃないのか。
全く意味が分からなかった。
「キングちゃん、走ろう!」
「ウララさん! まだ私、着替えていないんですよ!」
「大丈夫だよ! キングちゃんの服、かっくいーし!」
「何が大丈夫かわかりませんわ!?」
キングの服は私服である。
一応日常的に使えるように、走れるような工夫がされているヘイローブランドの高級ウマ娘服ではあるが、しかし勝負服でなければ体操服でもない。
レースには、特にダートコースには不向きな服であった。
しかしそんな異論を一切ウララは聞いてくれず、結局レースに無理やり出させられるのであった。
コースはダート800m
中央では行わない超スプリントレースである。
レースの駆け引きも何もない距離ではあるが、しかし一息に全力で駆け抜けるべき距離である。
全速力の感覚を得るにはちょうどいいコース距離かもしれない。
服はまあ、走れる服である。私服であるが一回二回のレースで破けるようなものではない。
靴はコンクリート用の普通靴である。
ダート用の靴を借りようかと思ったが、貸し出しているダート靴は無難なスニーカーであり、明らかに今の私服とあっていなかった。
ダートなのでグリップが足りないという事は起きないだろうし、走りにくいだろうが問題はないと、そのままの靴で走ることにした。
勝負相手はハルウララとウララの周りにいた子たちである。
実力はウララ以外は未知数である。相手の癖などもわからないしあまり駆け引きをしたくはなかった。
ならば全力で逃げる。
そんなことを考えながらゲートに入る。すぐにレースはスタートした。
さすがに中央の重賞級であるキングは速かった。
スプリントレース自体キングが得意とする距離である。
ダートもそんなに苦手ではない。さすがに地方トレセン学園のウマ娘では勝つことはできなかった。
何人も勝負を挑んでくるものだからつい張り切ってしまい、5戦して5勝してしまった。
「キング!」「キング!」「キング!」「キング!」
競バ場を揺らすキングコール。
これって、練習の模擬レースではなかったのかしら。
キングは訳が分からなかった。
短距離とは言えさすがにくたくたである。よく考えたら800mだって5本走れば4000mである。
長距離を余裕で超えていた。
ヘロヘロになったキングを待っていたのはやはりハルウララだった。
「大丈夫? キングヘロヘロになってない?」
「もう本当にキングヘロヘロよ。ウララが走らせるから……」
「だって走るの好きだもん! キングちゃんもそうでしょ!」
「そうね……」
走るのが楽しい。
ウララはそういった。しかし、今の私はそれに素直にうなづけなかった。
「キングちゃん、この前の宝塚記念、なにがあったの?」
「うん、ちょっとね」
「…… スぺちゃんのこと?」
「ちょっと、違うかな」
ウララは能天気に見えるし言動は基本勢い任せなところが多いが、本質的に聡い子だ。
スぺがおかしかったことも、キングがおかしかったこともおそらく察しているのだろう。
そして私を勇気づけるため、元気づけるためにこれだけの大騒ぎをしていたのだろう、というのは容易に想像できた。
「あの宝塚記念の時、キングちゃん、スぺちゃんだけ見てたからそうなのかなって」
「そうね、私らしくなかったわよね。かっこ悪いなって」
「そんなことないもん! キングちゃんかっこよかったもん!」
「ウララ……」
「スぺちゃんおかしかったもん! キングちゃんはそれをどうにかしたんでしょ! かっこ悪くないもん!!」
「ふふふ」
ギューッと抱きしめると甘いミルクのような香りがする。
いつもこうやって、私が欲しい言葉をくれる彼女が、私は好きだった。
「キングちゃんは、一流のウマ娘なんだから、いつもかっこいいもん、ウララのあこがれだもん」
「ありがとう、ウララ」
一流のウマ娘はきっと、一人ではなれないのだろう。
ウララがいて、取り巻きのみんながいて、ファンがいて、競う友達がいて。
それできっと私は一流のウマ娘なのだ。
手を離すと、ウララが満面の笑みを浮かべていた。
ああ、本当に私は、ウララのことが好きだな。
おそらくスぺちゃんやグラスちゃんに中てられたのだろう。
そんな思いが頭を離れなかった。
「今日はごちそういっぱいあるからね!」
「ウララも食べ過ぎて、太らないようにね」
「いっぱい走るから大丈夫だもん!」
ウララに手を引かれて、私はみんなの待つ場所へと向かうのであった。