黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り   作:雅媛

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スピカの夏合宿

宝塚記念後の夏合宿はかなり豪勢なものとなった。

宿自体は、いつもの古びた温泉旅館である。

かなり古い建物ではあるが、なんせ温泉が広くて源泉かけ流しだったりするし、部屋も和室だがかなりきれいであり、値段の割にはとても過ごしやすい宿である。

 

どこに豪華さを使ったかというと食事である。

最高級ニンジン山盛りに最高級の肉に最高級の魚介類である。

スぺはモリモリ食べて、すぐにまたスぺ腹に戻った。研ぎ澄まされた肉体なんて、このごちそうの前では5秒も持たなかった。

 

「スぺちゃん?」

「なんですかスズカさん?」

「……」スペーン

「スズカさぁん……」

 

いつものようにいちゃいちゃしている二人である。

ギスギスした雰囲気だったスぺが元のスぺに戻って一同安心していた。

 

 

 

退院したスズカの状況も順調である。

もちろん衰え切った足のリハビリは軽くはない。

だが後遺症もない状態に戻っており、鍛えれば走れるようにもなるだろう。

どこまで走れるかは後はスズカ次第である。

 

メジロマックイーンのデビューも決まっている。

高知の砂浜トレーニングにお遍路トレーニングを重ねた上に、各地での歓待で皿鉢料理をたらふく食べた彼女の体格は一回りも二回りも物理的に大きくなっていた。

身長は既にウオッカを超えて、ゴールドシップに迫り、体型はダイワスカーレットに並ぶほどになっている。

ゴールドシップはマックイーンって貧相だなと思っていたが、ダイエットのための節制が成長を微妙に妨げていたようで、食べさせたらすごく立派になってしまった。

最近は無敗の三冠を取る! と言い出したマックイーンだが、それ自体もあり得そうなぐらいの強さを持っていた。

 

スピカの将来は明るかった。

 

 

 

「で、トレーナー、そんなに落ち込まなくてもいいんじゃね?」

「でもさぁ……」

 

トレーナーの個室。そこにゴールドシップとトレーナーだけがいた。

密室に男女二人きりだが色っぽい話では全くない。

 

複雑そうな顔をする沖野トレーナー。

今回のスぺの件で一番責任を感じているのは彼であった。

 

「スぺは秋のG1、3つともライブに入れたんだし、春からは4戦3勝、G1が2勝じゃん。結果は万々歳じゃん」

「でもさぁ……」

「怪我や事故は起きないようにしてたんだろ?」

「まあ、な」

 

メジロの主治医と相談し、スぺの体調管理は慎重にしていたらしい。

スズカのあの事故の時、スぺは右手と背中の怪我をした。

そのため、菊花賞から回避するべきかという問題があったのだ。

診断結果は100%の能力で走ることができるかというと難しいが、ケガや事故が起きるような怪我ではないだろう、という判断だった。

そのため本人の希望もあり走らせたというところらしい。

そんな調子が悪い状況でも3連戦でライブを外さない程度には調整しきったんだからよくやれているとゴールドシップは思っている。

 

「いや、あれはやっぱり…… 止めるべきだったな。菊花賞とジャパンカップを回避して調整すれば、有馬記念は勝てただろうし」

「それ、できたのか?」

「…… おハナさんだったらびしっと決めるんだろうけどなぁ」

「スタイルがちげーじゃん」

 

菊花賞を回避すれば、それはスぺの怪我のせいという風に思われる。

第三者はまだしも、スズカがそう思うだろうことをあの時のスぺが許容出来たとは思えない。

スズカが説得すれば納得したかもしれないが、左脚粉砕骨折して手術まで控えた重病人がそんなことできたはずはない。

かといって第三者がいくら言ってもスぺは聞きそうにないだろう。

ジャパンカップだってそうだ。

あれはスぺが無理を言って、スズカと対戦できるのを楽しみに登録したレースだ。

それを回避するなんていうことはスぺが許容できなかっただろう。

 

たしかにリギルなら止めただろう。

それはリギルの勝利を第一に考えるというスタイルと、東条トレーナーに対する信頼故だ。

情を全く無視するわけではないが、勝利へ邪魔になるなら勝利を優先させるという強い信念がそこにある。

だがスピカはそういうスタイルではない。

ウマ娘たちが自分で考え努力し、トレーナーは支える。

それがスピカである。

スぺも馬鹿ではないので、本当に怪我をしそうだったりすれば説得できたのだろうが、幸いというか不幸にというか、スぺは信じられないほど頑丈だった。

あんな事故でも骨に罅すら入らないほどだし、あんなオーバーワークの塊みたいなレーススタイルしても、少し休めば元通りになるんだから羨ましいほどである。

 

「多分さ、あそこでスぺを止めるのは、私の役割だったのさ」

「それは違うだろ!?」

「違わねーよ。あそこで私が本調子だったら、タキオン研究所辺りの医者連れてきて、大げさで紛らわしい診断書作って止めてたと思うぜ。でもさ、それトレーナーやれねーじゃん」

「……」

「そういう役割じゃん?」

 

あの時のスぺを止める方法なんて、理屈で考えればいくつかある。

例えば出走取り消しをトレーナー名義で出してしまえばいい。そうすれば出走は止められる。だがそんなことすればスピカはおそらく空中分解するだろう。

それが出来ないんだから、後はスぺを大げさに紛らわしいことを言って煙に巻くしかない。

だがそれはトレーナーの役割ではなかった。彼は真摯に、そして真剣に、時にはやり過ぎても付き添うのが役割だったのだから。

結局トレーナーの取れた選択肢なんて実質的にはレースに出させる一択でしかなかった。

そして、そういう場合に道化を演じるのはゴールドシップだった。

 

「それでもその責任はゴールドシップにあるわけじゃない。チームの責任はすべて俺が負う話だ」

「ま、だから暗くなるなって。結局スズカもスぺも仲直りしてるし、スぺもかなり強くなった。スズカもどんよりへこんでたおかげで絶対安静が守れて脚は完全に治ったみたいだからいいことづくめじゃん」

「……」

「あんまり暗くしてると、マックイーンのメジロバスターが飛んでくるぞ。痛いんだから、あれ」

「そうだな。次に生かそう」

「そういうこった」

 

全く、世話の焼けるトレーナーだ。

そう思いながらゴールドシップは立ち上がる。

世話が焼けるのはあなたもですわ、と脳内マックイーンがゴールドシップに文句を言っていた。

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