黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り 作:雅媛
「おハナさん」
「なに? ルドルフ」
「次の生徒会長は、スペシャルウィークはどうだろう?」
「は?」
ある昼下がり。
部屋にはリギルのトレーナー、東条ハナと、生徒会長シンボリルドルフしかいない。
チームトレーナーとして、生徒会顧問として書類を処理している中で、ルドルフは急にそんなことを言い始めた。
「何か悪いものを食べた?」
「私は本気だよ」
「わかってるわ。わかってるから聞いてるの。何か悪いもの食べた? って」
皇帝シンボリルドルフ。
絶対的な強さを持った七冠ウマ娘。
無敗の三冠以降、ずっと生徒会長を務める彼女が、その席を譲ると言い始めたのは今回が初めてだった。
候補ならいままで幾人もいたはずだ。
例えば副会長のエアグルーヴ。彼女なら人格的にも能力的にも任せられるだろう。
今年いっぱいでトゥインクルシリーズを引退しドリームトロフィーに移行することを考えればちょうどいいはずだ。
彼女だけではない。適当なウマ娘は今まで何人もいたはずである。
しかしこのようなことをルドルフが言うことはなかった。
そんな彼女が初めて後継者候補として挙げたのがスペシャルウィークである。
実績として他者に見劣りするわけではない。丈夫な彼女のことだ、今後もういくつかG1を取る可能性は高いだろう。
そういう点では彼女が悪いわけではない。
頭もそう悪いわけではない。なんせ編入生だ。最初の頃は赤点を連発していたらしいが、最近はそれなりの成績を維持している。
だが、悪く言えば『それだけ』でしかない。
『ルドルフに比べれば』、大したことが無い子、という風にいえるだろう。
だから、なんで彼女を選んだのか、東条は気になった。
「この前の宝塚記念を見ていたんだ」
「うちのグラスが勝ったやつね」
「そう、グラスが勝ったんだ。あのスペシャルウィークに勝ったんだ」
「……それってグラスがすごいんじゃないの?」
珍しく興奮しながらルドルフは話す。
今年の前半から、スペシャルウィークが異様な雰囲気で勝ち続けていたのは、東条も確認していた。
沖野が持て余しながらも、必死に彼女の体調管理をしていたのも知っている。
確かにあの頃のスペシャルウィークは絶対のオーラを纏っていた。
シンボリルドルフの現役時代を思い起こすほどの強さだったのは確かだし、沖野の慌てっぷりはシンボリルドルフの現役当時の自分を思い出したほどだ。
「確かにグラスはすさまじかった。おハナさんの計算でもそうだったと思うが、彼女では『あの』スペシャルウィークには2歩分程度届かなかった。それを1歩分縮めたのは、彼女の力だ」
「そうね」
ルドルフの分析は東条譲りである。徹底的な情報から客観的に分析する。
東条もルドルフも当然グラスに勝ってほしいと思っていた。だが、それはそれだ。確実にグラスは届かないというのは明らかだった。
それが届いた要因の一つは彼女自身の努力だ。届かない脚を、限界の先に一歩進めたのだから。
計算以上の力を出したのだ。どれだけの思いの力が、どれだけの努力がその裏にあったのかも二人は知っていた。
「だが、届いた要因のもう一つ、わかってるだろう」
「キングヘイロー」
彼女が破滅的な逃げでスペシャルウィークを潰したからこそ、グラスの脚が届いたのだ。
グラスもキングも、打ち合わせも何もしていなかっただろう。そういう八百長をするような子たちではない。
だが、それをお互い言わずとも理解していたわけだ。
言えば八百長を疑われるし、それに気付いているのもおそらくごくわずかだ。だから東条も何も言わないが。
「そうだ。それで、どう感じた?」
「意外だったわね」
キングヘイローはプライドが高く、正々堂々を好み、勝負を決して捨てない、良くも悪くも意志が強いウマ娘であった。
だからこそ、あんな、他人を勝たせるための走りをするなんて意外でしかなかった。
だからそう告げたわけだが……
「ああ、そこが私とおハナさんでずれているんだね」
「……ルドルフはどう感じたの」
「嫉妬」
「……」
「狂おしいほどの嫉妬だった。私は、スペシャルウィークが羨ましく見えた」
「……」
「スペシャルウィークがああなってくれた時、私は嬉しかった」
「……同類だと?」
「そうだね。唯一抜きんでて並ぶものなし。そんな皇帝に並ぶかもしれない『絶対』を有する者が現れて、私は嬉しかったんだ」
「……」
「だから、負けたスペシャルウィークに嫉妬した。怪我でもない。運でもない。『友人に負けたスペシャルウィーク』に、そんな友人を持つ彼女に嫉妬した」
「……」
「私には、そんな相手はいなかった。ミスターシービー君? 三冠を取った彼女も相手にはならなかった。マルゼン君? 彼女だって敵ではなかった」
「……」
「皆、私の後ろにいた。私が守るべき相手でしかなかった」
「……」
「スペシャルウィークは、唯一抜きんでる存在になるはずだった。私に並ぶかもしれない存在だった。でもスペシャルウィークには、並ぶ者がいた。グラスにセイウンスカイ君。キングヘイロー君。おそらく今フランスにいるエルだって、日本に居たら協力しただろうね」
「エルをフランスに留めるの、大変だったのよ」
「そうだろうね。彼女らだって、あの絶対のスペシャルウィークにはかなうとは思わなかっただろう。しかし、それでも彼女らはあきらめなかった。挑み、絶対の彼女に勝った」
「……」
「そうだ、私はね、おハナさん。並んで走ってくれる誰かが欲しかったんだ」
「……」
「すまない、戯言だ。忘れてくれ」
窓の方を向く彼女を背に、東条は部屋から立ち去った。
「おハナさん」
「……何? エアグルーヴ」
「私では、足りませんか?」
「……」
「シンボリルドルフに並ぶウマ娘に、私では足りませんか?」
「……」
「……」
「……残念ながら」
「……」
「……」
「では誰なら?」
「まだ見つからないわ。でも、あの子ならもしかしたら」
次回から、ナメクジテイオー編 はじまります。
一回人物紹介を挟みます。
二部で有馬記念が行われる予定ですが、その勝者は(なお、結果が反映されるとは限りません
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日本総大将 スペシャルウィーク
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スペチャンキラー グラスワンダー
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凱旋門再挑戦検討中 エルコンドルパサー
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最近同室のあの子が気になるキングヘイロー
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将来の夢はお花屋さん セイウンスカイ
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空気を読まない テイエムオペラオー
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うららーん ハルウララ
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大外一気 ゴールドシップ