黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り 作:雅媛
「新機軸の勝負服技術?」
「そうだ。タキオン研究所で研究は進んでるんだけど、服飾側の協力者がいねーんだ。キングさんなら助けてくれないかなってな」
怪我を防止するという観点でできることはないかと考えたゴールドシップが考えたのは、勝負服の改良であった。
トレーニング方法の改善や食事の改善、定期的な診断などは既にアグネスタキオン主導で行われている。
ウマ娘についての研究も進んでおり、ゴールドシップが来た未来ほど、とまではいかないが格段に進歩しているのは疑いもなかった。
最近はコロコロ受け身も必修になった。
うまぴょい伝説の時の「でもやせたい」の表情で転がる練習をするウマ娘も毎日学園のどこかで見かけられる程度には流行っていた。
若干のダイエット効果があることも証明され、年頃の乙女に大人気の運動となっている。
だが、ここまでやってもスズカの事故は防げなかった。
最悪は回避できたが、まだ工夫の余地があるのはよくわかった。
なのでゴールドシップはさらに先に進めることにした。
それが体操着及び勝負服の改善だった。
未来の勝負服や体操着にくらべ、現在の服が非常に頼りない、とゴールドシップは常々感じていた。
まず脚部防護。
未来ではサポーター機能があり、脚部負担を自動的に和らげてくれる効果があった。
また、万が一骨折など重大な怪我があった場合には硬化して走るのを補助し、転倒しにくくしてくれる。
そのため未来ではみんな勝負服も体操服も最低限タイツを履いていた。
過去に来て、生脚率の多さにゴールドシップは最初の頃ドキドキしていたものである。
他にも勝負服には転倒時の頭部と首、胴体の保護等、いくつかの機能が搭載されていた。
そういう意味では勝負服は極めて高価であり、また未来のものの方が圧倒的に重かった。
この重さを嫌って、導入当時は着るのを嫌がるウマ娘も少なくなかったらしいが、ゴールドシップが活躍していたころはこれらの機能の搭載が義務になっていた。
なのでゴールドシップはその重さに慣れており、これらの機能がない服は非常に心もとなく感じていた。
すでにタキオン博士や周りの優秀な研究者により、研究はかなり進んでいた。
ただ、それはあくまで生理学的にこのような補助があった方がいい、と言ったものだけであり、実現化にはまだ先が長かった。
なんせ、服についての知識を持つ人が誰もいないという、乙女にあるまじき状況なのだ。
タキオン博士は放置すれば下着すら替えないずぼらだし、デジタル博士も機械は強いが服関係はさっぱりだ。
ダイワスカーレットは服は好きみたいなので全く役に立たないわけではないが、彼女は作る側の者ではない。
結局理論と研究ばかり深化し、実用化のめどが全く立っていなかった。
ゴールドシップは、だが、未来の知識で知っていた。これを実現したのが目の前の彼女、キングヘイローだという事を。
この技術は未来では、彼女が独自で一から組み立てたものだ。
かなりの年月がかかったというが、故障した同期や仲間たちを見て必死に開発したものらしい。
既に歴史はかなり変わりつつあるが、人が変わったわけではない。おそらく彼女の助力を得れば、完成できるのではないかという思惑があった。
彼女の功績を横取りしているようで気分が良いものではないが、その辺りは今までの研究の成果を渡すことで許してもらおうと内心思っていた。
ひとまず資料を一通りキングヘイローに渡すゴールドシップ。
キングヘイローはすぐに一通り読んだようだ。
「うちの母に頼みたいっていう事? 口利きぐらいならしてあげてもいいけど」
「いや、キングさんに協力をお願いしたいんだ。作成なんかは専門家に頼むことになると思うけど、デザインや指揮はキングさんが適任だと思う」
「私はまだ現役なんですけどね……」
「無理は承知でお願いしたいんだが……」
有馬記念での決戦後、キングの同期の多くはドリームトロフィーシリーズへの移籍をした。
グラスワンダーとセイウンスカイは有馬記念を最後にトゥインクルシリーズを引退しドリームトロフィーシリーズへ移籍した。
エルコンドルパサーはもう一年、凱旋門賞に挑む予定だが、結果にかかわらず終了後にドリームトロフィーシリーズに移籍予定だった。
スぺは半年間、宝塚記念まではトゥインクルシリーズに残るが、それを最後にドリームトロフィーシリーズに移籍予定だ。
そんな中、キングヘイローだけはまだトゥインクルシリーズの続行を決めていた。
出来ればG1を勝ち、カノープス念願の優勝杯を手に入れたかったのだ。
今期は完全に短距離に目標を絞り、春だけでG1にはダートも含めた3戦に挑む予定だった。
そういう事で忙しいキングは、協力する余裕はほとんどなかった。
しかし一方でゴールドシップの持ってきた技術には非常に惹かれていた。
怪我をして夢をあきらめる子を何人も見てきた。
彼女の取り巻きといわれる友人たちにもそんな子がいた。
パッと読んだだけでも、実現すればかなり怪我を予防でき、また、事故も減りそうだとわかっていた。
「大したことはできませんが、おそらくこの理論で測定したデータがあれば、サポートタイツぐらいはすぐに作れると思いますわ」
「ほえ?」
「ひとまずいくつか試作を作ってみましょうか。予算はお願いしても?」
「大丈夫だぜ! タキオン博士のおやつ代と、マックイーンのおやつ代はいくらでも流用できるからな!!」
「突っ込まないでおきますわ……」
母に頼めばおそらく作ってくれるウマ娘の被服メーカーの紹介ぐらいはしてくれるだろう。
予算はゴールドシップの方でどうにかできるだろう。
後はこの理論にあった注文を出すだけだ。試作品をいくつか作って、それで試行錯誤していけば、良いものができそうだった。