黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り   作:雅媛

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第三章 二人の『英雄』 と 『普通』のウマ娘
「普通である」ということ


ナイスネイチャは自分が普通であることは既に十分自覚していた。

 

うぬぼれかもしれないが、地元では脚が速くてかわいいウマ娘として通っていた。

中央でもやれると思っていた。

しかし、トレセン学園のみんなはキラキラしたウマ娘ばかりだった。

まばゆい彼女たちに比べて、自分は平凡すぎた。

 

チームのメンバーだって皆輝いていた。

 

例えばキングヘイロー先輩。

今まではずっと2着といった惜敗を繰り返してきた彼女だが、今年に入って本領を発揮し、G1を4連勝である。サポーターシステムも開発し、今一番輝いているウマ娘だろう。

 

例えばキンイロリョテイ先輩。

最近やっと目黒記念に勝利し重賞を制覇した彼女。

シルバーコレクターともいわれる惜敗続きであり、いまだキング先輩のようにそこから抜け出せてはいないが、それでも数々の名勝負に参加してきたウマ娘だ。

実力は本物であり、トレーナーさんも彼女を勝たせるためにいろいろ策を練っているようだった。

 

例えばハルウララ先輩

走力だけで言えばチーム最低。いや、学園最低かもしれないのろさである。

しかしその愛嬌とどれだけ遅くてもレースをあきらめない姿勢、そしてレースを楽しむ姿勢は多くの人に慕われていた。

故郷の高知にあるトレセン学園を立て直した立役者の一人でもあり、走りだけのウマ娘とは違うところで非常に輝いていた。

 

例えばイクノディクタス

圧倒的な丈夫さでレースを繰り返す、ウララ先輩と同類のレースを楽しむ彼女。

だが実力もあり、常に勝負になるラインで走り続けていた。

頭もよく学年首席。チームメンバーの出るレースに対してレース分析をするのも彼女であり、サポートの面でもチームになくてはならない存在だった。

 

例えばツインターボ。

大逃げをするむらっけのある彼女だが、ハマった時は本当に強い。

この前のラジオたんぱ賞だって、最後はバテながらも圧倒的な大逃げで勝利していた。

惨敗か、圧勝か。その走りは多くの人を魅了していた。

また、明るく人懐っこい性格は皆の癒しであり、そういう意味でもチームに貢献しているのが彼女だった。

 

きらびやかなメンバーばかりのチームの中で、一人だけ普通である自分は、なんとなく居心地が悪かった。

最近は特に、メジロマックイーンもチームの練習に交じっている。

メジロの令嬢にして去年の最優秀ジュニア級ウマ娘。圧倒的な実力を持ち天皇賞秋を目指す彼女は、やはり輝いていた。

 

 

 

「で、そんな普通な自分に自信がなくて、落ち込んでたってわけか」

 

なんとなく調子の悪そうなナイスネイチャを捕まえて、町に繰り出したゴールドシップ。

いつもマックイーンと一緒に来ているカフェで、ネイチャにメロンパフェを奢っていた。

 

「わかるわー、私も普通だもん。カノープスのみんなってキラキラしてるもんねー」

 

ゴールドシップが連れてきたもう一人はマチカネタンホイザ。

チームカノープスの新メンバーであり、マチカネ家のご令嬢である。

いつも「普通」を自称するが、実力もあり、また名家の令嬢である。お前のような普通がいるか、とネイチャは常々思っていた。

特にマチタンがやる「普通の練習」が狂気じみている。

すべてこなすと1日が足りないぐらいの超ハードトレーニングである。

「普通」という概念を語りながら「普通」という概念を壊してくる一番キラキラした狂気の存在であった。

最近は目の前のゴールドシップが相談を受けて内容を効率化したので、1日の中に納まるようになったが、付き合うネイチャとしてはたまったものではないというのが本音であった。

 

「でもさー、普通ってそんな悪いことか?」

「きらきらしてるのに勝てないじゃん」

「それは別の話だろ」

「ゴルシちゃんだってキラキラ系じゃん。私みたいな普通な子なんて相手しても怖くないでしょ」

「え、一番相手にしたくないタイプだけど」

「またまたー、じゃあ私がマックイーンに勝てると思うわけ?」

「まあ勝てるっしょ」

「でしょー、ってえ?」

 

ゴールドシップの回答にネイチャは面食らった。

ゴールドシップとマックイーンはすさまじく仲が良い。

少しでもマックイーンをバカにするような行動をとる奴が出ると本気でシメに行くぐらい、ゴールドシップはマックイーンに首ったけだ。

そんなマックイーンに勝てるわけがないっていうと思ったのに、勝てるというゴールドシップにネイチャは面食らったのだ。

 

「うーん、敵に塩を送るみたいなことしたくないんだが、まあ、南坂さんにもカノープスのみんなにも世話になってるしなぁ……」

「いやいや、無理しないでいいって」

「まあ最近マックイーン調子乗り過ぎてるし、一度痛い目にあった方がいいと思うんだよなぁ。ネイチャの次は小倉記念だったよな」

「その予定だよ」

「じゃあそこにマックイーン出すから。そこでネイチャが勝つ、ぐらいで勘弁してくれ。G1でやらかすとさすがに利敵行為すぎて怒られそうだし」

「いやいやいやいやいや、ちょっと待ってよ!?」

 

小倉記念はネイチャの次の目標であり、地元で錦を飾るためにも予定していたレースだった。

十分勝ち目があると思っていたが、そこにメジロマックイーンが来たら勝てるわけなくなってしまう。

それは止めてほしかったのだが……

 

「最近マックイーン、イクノさんとかリョテイさんとかとばっかりつるんで構ってくれないし、アドバイスしてもいまいち乗らないし、一度レースでわからせないと天皇賞秋で斜行して降着になりそうだし、こちらを助けるつもりで頼むよ」

「半分ぐらい私情じゃない、それ……」

 

最近マックイーンが構ってくれなくてゴールドシップは拗ねていた。

まあマックイーンはマックイーンで、キングヘイローあたりとよくつるんで構ってくれないゴールドシップに対して拗ねていて、完全にすれ違っていたのだが、周りは痴話げんかは犬も食わないと放置していた。

 

「まあおいておいて、まずは分析だ。ネイチャがマックイーンに勝ってるところはどこだ?」

「そんなのないでしょ」

「はい!」

「はい、マチタン」

「かわいさ!!」

「ちょっ!?」

「ああん!? うちのマックイーンがネイチャよりかわいくないだと?」

「ネイチャかわいいもん! ネイチャしか勝たん!」

 

マチタンを睨みつけるゴールドシップに、えいえいむんっ! と睨み返すマチタン。

 

「……この争いは千年戦争になりそうだ。ネイチャの可愛さは否定しないが、他の点を頼む」

「そうだね、可愛さはそれぞれの心の中にあるもんね……」

「なんなの、このテンションのアップダウン」

 

すでにネイチャは付いていけなくなりつつあった。

 

「レースで言えば、視野の広さと後レース研究についてはマックイーンさんに勝てそうだよね」

「なるほど、確かにマックイーンは一途なところがあるし、勉強あまり好きではないからな」

「あとは状況に合わせて前のレースも後ろのレースもできるところかな。ターボに付き合って練習してることもあるから逃げもできるでしょ」

「いやそれくらい普通でしょ」

 

ネイチャがそう言うとゴルシとマチタンの二人は顔を見合わせて、ため息をついた。

 

「普通を主張する普通の破壊神が私の普通を壊してくる」

「それマチタンじゃん! いつも普通普通とか言って頭おかしいメニューばっかりやってるし!」

「頭おかしいメニューって言われた……」

 

ゴールドシップは思った。確かにマチタンのメニューは頭がおかしいことが良くある。メニューを調整したゴールドシップから見ても頭がおかしかった。

だが、それに付き合ってさらにターボやイクノの練習にも付き合ったりするネイチャが頭が一番おかしいとゴールドシップは思っている。だが、それを口にしない優しさがゴールドシップにも存在した。

 

「総合的に言えば、相手に合わせて駆け引きするのがうまいってことだな」

「それって利点かなぁ」

「陸上の短距離走みたいなタイムトライアルで競うなら意味のない能力だな。だが、うちらがやるのはレースだ。だから非常に重要な能力だろ」

 

純粋なタイムトライアルをしたらおそらくマックイーンやテイオーにネイチャは勝てない。

そういう意味ではネイチャは『劣る』のは認める必要があるだろう。

だがそれと『勝てない』は別次元の話だ。

 

「で、マックイーンはどう出てくると読んでる?」

「そりゃせっかく新しい走法完成させたんだし、それ使ってくるでしょ。でもあれ、集中力要るからおそらく後ろから来るんじゃない? 前につけて周りでいろんな子がうろちょろされたら気が散って使えなさそうだし。おそらくちょうど1000mのハロン棒通過したところで使ってくるから、その周りでちょろちょろして潰せば……」

「ごめん、ちょっと待ってネイチャ」

「なに? マックイーンがそれを読んでメタ張ってくる可能性あるから、それの対抗手段も考えないといけないですしおすし」

「マチタン、ごめん、やっぱりアタシマックイーンの方に戻るわ。代わりにイクノかトレーナーさんこっちに呼ぶから、作戦考えてくれ」

「え、なんか悪いことした?」

「ネイチャはなにも悪いことはしてないよー 普通って怖いねっていう事だね」

 

ゴールドシップが予想していた以上に、ネイチャは研究し、おそらく対抗策を練っている。

おそらく他のメンバーに対しても対抗策を考えているだろう。

ゴールドシップが聞くと、ゴールドシップからマックイーンに伝わる可能性まで考慮し始めてきっと泥沼になると判断したゴールドシップはさっさと撤退することにした。

マックイーンやイクノ、ターボの世話を焼いている南坂トレーナーとポジションを代わるべく席を立つのであった。




「普通」で殴ってくるチームカノープスの皆さん。

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