黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り   作:雅媛

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誰がウサギで誰がカメか

「小倉記念、楽しみですわ~♪」

 

ウキウキしながら練習に励むマックイーン。

すさまじい轟音を立てながら、完成した豪脚を周りに見せつけていた。

 

ホープフルステークスから、いくつか改良した走法だ。

一番は、それなりに外に力を逃すことにした点だろう。

ホープフルステークスの時は、反動を体で全て受け止めて推進力に変えていた。

しかしそこまでしなくても、十分推力はでるし、そこまでしてしまうと調整がピーキーすぎる。

結局ゴールドシップと同じようなある程度地面に反動を逃す走法が一番バランスがいいという結論に落ち着いた。

 

また、サポータータイツの導入も、走法を後押ししていた。

キングヘイローが開発したこれは、宝塚記念後、ヘイローブランドからゴールドシップシリーズとして発売されていた。いつの間にかゴールドシップの名前が使われていて、ゴールドシップは抗議したのだが残念ながら公表後であったため変更ができなかった。

売上はかなり好調である。

勝負服だと大幅改造が必要なためまだ導入している者は少ないが、体操着の下にはほぼ全員確実に装着しているぐらいの売れ行きだった。

生足が減って、ゴールドシップもほっとしたものである。

マックイーンも当然使っているこれは強度を重視したタイプだ。怪我をしにくくなっているという点では非常に優れており、これならば負担の大きな走り方をしても怪我はしにくいだろうと考えられていた。

初期の負担が大きい走り方をしても、器具の改造に加えてマックイーンの成長もあり、筋肉痛にならずに済むほどになっていた。

 

そんなマックイーンの復帰戦は小倉記念である。

ナイスネイチャの目標レースであり、また、イクノディクタスも参加するレースだ。

マチカネタンホイザのメイクデビューも小倉の予定であり、チームカノープスのメンバーの大半が参加する遠征になっていた。

マックイーンの仕上がりも完ぺきである。

これ、G1だったっけ? と思うぐらいの完璧に仕上げていた。

 

 

 

マックイーンとネイチャを比べれば、現状走ることだけ見ればマックイーンが勝っているのは明らかだ。

だがおそらく、今回の小倉記念。ネイチャが勝つとゴールドシップは予想していた。

 

まずモチベーションが違う。

ネイチャの現在の目標は、菊花賞、そこでトウカイテイオーに勝つことだ。

そのための前提であるここ、小倉記念で負けるわけにはいかないだろう。

さらに小倉はネイチャの地元である。彼女にとって負けたくない気持ちはG1以上かもしれない。

一方マックイーンはネイチャやイクノと走りたいだけだ。

この後京都大賞典、そして天皇賞秋へとステップアップしていくが、このレースはプログラム編成としては出る必要があまりないものだった。

 

準備の度合いも違うだろう。

南坂トレーナーのことだ。死ぬほど対策を練っているだろう。

一方こちらも通常通りの検討はしているが、その程度である。

残念ながら、スピカは現状アグネスタキオン、ダイワスカーレット、ウオッカのデビューで大忙しだ。サポートタイツのおかげでケガの心配がかなり減ったタキオンは、急にメイクデビューすると言い出し、それにスカーレットもウオッカも続いてしまった。

スぺとスズカがドリームトロフィーに移籍するので手が空くと思われていた沖野トレーナーはてんやわんやである。

マックイーンについては、京都大賞典から天皇賞秋にかけては、あらかじめ準備していた分があるのでまだましだが、こちらも飛び込みでスケジュールに入れた小倉記念なんて、とてもじゃないけど沖野トレーナーは面倒が見切れない状況だった。

 

何よりも、マックイーンは『普通』の怖さを知らない。

走力だけでレースが決まるなら、たぶんゴールドシップは三冠を余裕で取っていただろうし、天皇賞春と宝塚記念は三連覇していただろう。

だが当然そうはなってない。

レースは自分だけが主役で周りが脇役ではないのだ。

一番人気、一番強いと目されていた奴が虎視眈々と狙ってきた勇者に倒されるなんて言うのが日常茶飯事なのが、レースの楽しさであり怖さである。

ゴールドシップがそれを思い出すのは日本ダービーだった。

ライバルになるような相手はいなかったはずだった。

親友だったジャスタウェイはいたが、あの頃の彼女はまだ貧弱な少女だった。

フェノーメノの奴なんて眼中にもなかった。

そもそもそれまで連対を外したことがなかったゴールドシップ。負ける気がしなかった。

しかし結果は散々だった。

道中イン目につけたが前は一分の隙間もなく開かなかった。

当然である。皐月賞のゴールドシップを見たほかの娘から見れば、前を開けるなんて論外だっただろう。

仕方ないのでそのまま大外に持ち出したが、出るタイミングでももまれた上にタイミングが遅すぎた。

どうにか抜け出しても、そこからではとても先頭を走る娘たちに追いつけなかった。

完全に駆け引きで負けていた。

感触から言って、ちゃんと走れば勝てていたように思うレースだった。しかし、驕りが、油断が、敗北につながった。

あの頃ゴールドシップが持っていた傲慢さはおそらく、マックイーン譲りだろうと思う。

現に今のマックイーンは強すぎた。だからこそ、今のマックイーンは普通の怖さを知らない。一度それを知っておかないとどこで足を掬われるかわからない。

それはここがいいタイミングだろう。大事なG1レースで思い知るのはコストが高すぎる。

 

万が一マックイーンが、ゴールドシップの助言を本当に理解して態度を改めれば小倉記念はマックイーンがおそらく勝つだろう。

だが、ゴールドシップにはそんな風景がどうしても思い浮かばなかった。

 

マックイーンがテンション上がり過ぎて、また盗んだサトイモを抱えて走り出した。

ゴールドシップはマックイーンを捕まえるべく全速力で走り出すのであった。


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