黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り   作:雅媛

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京都レース場11R 芝3000m 菊花賞 本戦

スタートはあまりきれいにそろわなかった。

異様な雰囲気の中、緊張しすぎて出遅れを起こしたウマ娘が何人もいた。

一人だけホームであとはアウェイみたいな状況だと緊張しすぎるウマ娘もいるだろう。

ばらばらと出ていく中、一番先頭をトウカイテイオーが駆け抜ける。

誰もそれを止めることができない。

そんな中、スタートダッシュを決めたネイチャが、テイオーの後ろにぴったりとついた。

 

 

 

 

ネイチャは何でも一通りできるウマ娘だった。

スタートだってターボやほかのメンバーに付き合って死ぬほど練習している。

最近はメイクデビューを目指すマチタンのスタート練習にも付き合っているからかなりスタートが上手い方だった。

もっとも基本的に差しの彼女に、スタートのうまさはそこまで求められていない。

だが、今回だけはそれが役に立った。

スタートから快調に飛ばすテイオーの後ろにぴったりとつく。

ターボの逃げの練習の併せ馬もするネイチャは、逃げで走ることも可能だ。

だが、逃げる戦法は、基本的に走力に自信がなく駆け引きが好きなネイチャには向いていない戦法であり、基本あまり意味が無いものだった。

しかしその練習が今回は生きた。

最初から速いペースで飛ばすテイオーにペースを合わせることができたのだ。

 

後ろに入ってしまえばスリップストリームの恩恵にあずかることができる。

特にテイオーのように速いと、その恩恵は顕著だ。

もっとも通常ならば後ろに入れば左右に振られたり、土を蹴り飛ばされたりして後ろにつき続けるのは拒否されるのが通常だ。

しかし、テイオーは後ろを気にしてすらいなかった。

 

入ったのがマックイーンだったらテイオーも気にしただろう。

だが、テイオーはその慢心により敵はいないと考えていた。タイムトライアルの気分で走っているのだろう。

だからこそ、ぴったりつけるネイチャに対して何も対抗策をしなかった。

すぐについてこれなくなる、と考えたのもあるだろう。

奇妙な二人だけの旅は、そのままずっと続いていった。

 

 

 

「1000mのタイム、60秒ぐらいですわね」

「速いな。どれだけ飛ばすんだよ」

 

完全に二人旅になっているレースだ。後ろとの差はすでに10バ身ぐらいまでいっていそうである。

通常なら耐えきれないハイペースだが…… 最後まで残ることができるのか。スタミナが切れたら後ろに追いつかれるのか、それもわからなくなってきたレースであった。

 

「テイオーさんなら、3分フラットで勝ちます!!」

「キタちゃん、それはさすがに無理でしょ……」

 

普通なら殺人的なペースだ。2000mぐらいしか持たないペースだが、それでもテイオーならそのペースで逃げそうなぐらいの強さがあった。

そんなペースで逃げるテイオーにぴったりとくっついたネイチャ。

そのまま後続を引き離しながら、二人は2000mを通過した。

 

 

 

今まで走ったことのない速いペースだが、しかしネイチャは体力的には余裕があった。

スリップストリームは速ければ速いほど力強く、また大きく発生する。

テイオーが小柄なことを考慮しても、十分な追い風をネイチャは受けることができていた。

だが、スリップストリームを受けながら走るというのは実はそれもまた容易なことではない。体勢は普段より前に行きがちになる上、前のウマ娘に乗り上げたら失格になるため調整が容易ではないのだ。

そういったことも調整しながらの2000m以上の走行は精神的な負担が非常に高かった。

だが、ネイチャはそれを走り切った。

淀の坂を上り、下り始めたタイミングでスパートをかける。

トップスピードを坂の勢いを加えることで増しながら、ネイチャは自然とテイオーに並び、全力全霊をもって走り出した。

 

 

 

テイオーはいつものように逃げ、いつものように走っているはずであった。

後ろからネイチャがついてきているが、どうせ追いつけないと思っていた。

ネイチャがスパートをかけた瞬間、テイオーもスパートをかける予定だった。

スリップストリームを利用していたとしても、実力差で押し切れる、そんな予定だった。

力を入れてスパートをかけようとするテイオー。

しかし、足が動かない。

既に脚がほとんど残っていなかった。

 

 

 

「テイオーさんっ!?」

 

キタサンブラックが悲鳴を上げる。

1バ身、1バ身とネイチャとテイオーの距離が離れていく。

完全に足が残っていなかった。

ネイチャに残りの脚をつぶされたのだろう。

ネイチャはただ後ろからついていくだけではなかった。少しづつ、後ろからプレッシャーをかけてペースを無理やり上げさせていたのだ。

テイオーは意識としては全くネイチャを無視していたのだろうが、後ろにいる足音や空気の流れはテイオーも感じていたはずだ。

いくら無視してもそういったことを感じている以上、意図的に圧迫をかけることは可能だ。直感と天性で走るテイオーはむしろそういった無意識への働きかけに流されやすいタイプといえるだろう。

そうして意識をしていない部分でネイチャは確実にテイオーの脚を消耗させていたのだった。

 

テイオーの主観ではまだ脚が残ってるつもりだったのかもしれないが、実際は全くそんなことはなく。

スパートをかけるネイチャに全く追いつくことができないテイオーは、追いすがることもできず。

そのままネイチャがゴール板の前に飛び込むのを、テイオーは後ろから見つめることしかできなかった。


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