黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り   作:雅媛

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夢の終わり

京都レース場は異様な雰囲気に包まれた。

ざわつき、困惑の声がレース場を包む。

 

今日は三冠ウマ娘が生まれるのではなかったのか。

なぜ、テイオーは負けたのか。

そんな、若干非難がましい音がレース場を包む。

 

ナイスネイチャは、そんな状況でも特に困惑も覚えなかった。

自分のファンでもなければ、勝負の結果を受け入れられずにこちらに敵意を向けてくる相手など、自分にとっても敵でしかない。

そんな人たちを相手にするだけ無駄だ。それよりも自分の勝利を祝ってくれる人たちに対してファンサービスをするべきだろう。

カノープスのみんなや自分の応援団に手を振る。

スピカの二人と、二人に連れられた子たちも手を振ってくれていたのでネイチャは手を振り返した。

 

 

 

そのあとのウイニングライブもネイチャは普通に行った。

こういう大番狂わせが起きた後のウイニングライブは荒れる傾向が強い。

そんな中でも、ネイチャはとてもがんばりながらウイニングライブを行っていた。

 

ウマ娘は皆、見目麗しい乙女である。

ナイスネイチャも、その原則に外れず可愛らしい少女である。

G1ウマ娘となると通常はアイドルであり、非常に高嶺の花である。

だが、ネイチャは商売っ気の多い商店街育ち、しかも母はパブの経営という事で、人一倍愛想を振りまくのが得意であった。

例えばテイオーなどは中性的で非常に美しい少女だがどことなく触れ難さがあり壁を感じてしまう。しかしネイチャはそういう壁の内側にするりと入るのが得意な子である。

ネイチャは、数万人に囲まれたライブでも、普通の少女、に見える存在だった。

 

そんな彼女だが、ライブ中の動きはいちいちあざとい。

動作がとてもかわいいのだ。私はかわいいでしょと言わんばかりの可愛さである。

南坂トレーナーが、他のメンバーからの尊厳を犠牲にしてネイチャに教え込んだあざとさであった。

ターボ以外にはあざとすぎると不評だったものだが、こうやってステージの上に立つネイチャを見ると、確かにすさまじくかわいい。

テイオーファン一色だった会場が、徐々にネイチャへ染まっていくのを誰もが感じていた。

 

とどめのアドリブ、勝利の女神の投げキッスで、会場は完全にネイチャに染まった。

最初はざわついていただけのライブも、最後にはネイチャコール一色で幕を閉じる素晴らしいものとなったのだった。

 

 

 

トウカイテイオーはどうしていいかわからなくなっていた。

無敗の夢は敗れた

三冠の夢も敗れた

これ以上どんな夢を紡ぐべきか、テイオーにはわからなかった。

 

ナイスネイチャはとるに足らない、普通のウマ娘だとテイオーは思っていた。

油断があったのは認める。

だが、今思い返すと、どうしてもテイオーはネイチャに勝てるビジョンが浮かばなかった。

いくら揺さぶっても、ネイチャはおそらくマークを外さない。

むしろテイオーが揺さぶった分、ネイチャの方もテイオーを揺さぶってくるだろう。

そんな駆け引きの潰しあいをして、彼女に勝てる気がしない。

では後方待機をしたらどうか、といえばやはりネイチャが牽制をしてくるのが容易に想像できた。

むしろ周りに他のウマ娘がいてそれを利用できる分、後方待機の方が不利である。

結局どうやっても勝てなかっただろうことに、いまさらながらに気づいたテイオーは愕然とした。

 

ライブだってそうだ。

ネイチャのライブはよく言えば上手、悪く言えば無難で華がない。

そう感じていた。

あの大番狂わせの中の空気感で、失敗してしまえという薄暗い望みすら、テイオーには浮かんでいた。

しかし、終わってみれば大盛況である。

テイオー一色だった会場内を、ネイチャ一色に染め上げたのだ。

普通ではなかった。

普通のウマ娘だったはずの彼女だが、普通ではなかったのだ。

 

結局

とても素晴らしいキラキラしたウマ娘と

驕って油断し無様に負けたウマ娘と

その二つが明確になっただけだった。

 

「テイオーさん!!」

「……キタちゃん?」

 

どうしていいかわからずにとぼとぼと歩いていたテイオーを見つけたキタサンブラックが駆け寄ってくる。

隣にはサトノダイヤモンドも一緒にいた。

 

「あ、あの、今日は惜しかったですね! でも二着でもすごいです! 次は頑張りましょうね!!」

 

精いっぱいのキタサンブラックの励ましは、しかしテイオーには届いていなかった。

 

「次なんてないよ」

「えっ?」

「クラシックは一生に一回、次なんてない」

「ご、ごめんなさい、そういう意味じゃ……」

「無理に励まそうとしなくていいよ。マックイーン達と一緒に来たんでしょ。ネイチャたちの方に行きなよ。ボクなんて放っておいてさ」

「テイオーさん!」

「どうせ今日だって、ネイチャたちの応援に来たんでしょ? お情けなんていらないよ」

「テ、テイオーさぁん……」

「良いから放っておいふぐぁっ!?」

 

涙目になるキタサンブラック。

そんなキタサンブラックを拒否したテイオーのみぞおちに、サトノダイヤモンドが突き刺さった。

 

 

 

「痛いですか? でもキタちゃんの心はもっと痛かったですよ!」

「ダイヤちゃん!?」

「い、いきなり何なのぐへっ!?」

「これもキタちゃんの分!!」

 

テイオーの体に再度サトノミサイルで追撃する。

テイオーのみぞおちにサトノダイヤモンドが再度突き刺さり、テイオーの体が高く浮いた。

 

「ダイヤちゃん!?」

「そしてこれも!! キタちゃんの分だああああ!!!!」

 

宙に浮いたテイオーを捕らえたサトノダイヤモンドは、そのままメジロバスターを放った。

テイオーはそのまま地面に倒れ伏した。

 

 

 

「テ、テイオーさん、大丈夫ですか?」

「キタちゃん、行きますよ!」

「ダイヤちゃん!?」

「こんなナメクジと一緒にいても腐るだけです! ナメクジやろー、少し反省しなさい! ついでにマックイーンファンクラブナンバーワンの地位をよこしなさい!」

「ダイヤちゃん!?」

 

困惑するキタサンブラックを抱え、これ以上は問答無用だとサトノダイヤモンドはその場から去った。

よろよろと立ち上がるテイオー。

迷子になった彼女はどうしていいかわからなくなっていた。


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