黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り 作:雅媛
ああ、こいつはやばい奴だ。
ゴールドシップは察した。
未来でもシンボリルドルフの伝説は残っていたし、過去に来て、遠目で見たり、スぺの引継ぎの時は実際話したりすることもあった。
その時は気づかなかったが、こうやって一対一で対面してやっと皇帝の本質を理解した。
空虚なる孤高の頂。強さと虚無が満ちたその目は化け物かのように恐ろしかった。
なぜこうなってしまったのか。
リギルには頼れるトレーナーが、優しい親友であるマルゼンスキーが、慕う後輩たちがたくさんいたはずだ。
生徒会でも近寄りがたいという者はいたが、慕う者ばかりだったはずだ。
誰もいなかったわけではないはずだ。
ウマ娘が皆幸せになるという、笑ってしまうぐらい理想主義な理想が、それを真顔で言う素晴らしさも持っていたはずだ。
それがなぜ今、これだけ空虚な皇帝になってしまったのか。考えれば、一つだけ思い当たることがあった。
スペシャルウィークか。
ゴールドシップは思った。
この空虚なオーラはあのスペシャルウィークを思い出させられた。
当時結局直接会っていないが、のちに残ったレースの光景は寒気がするほどであった。
あれと目の前の皇帝は非常に似ている、とゴールドシップは思った。
変装した自分のことをすぐに見抜くあたりもそっくりである。
単に「同格が現れた」だけなら壊れることはないだろう。
いやむしろ、もっと人になれたはずだ。
きっときっかけはあの宝塚記念。絶対だったはずのスぺが負けた時だ。
並ぶものが欲しくなったか。あるいは自分を倒す者が欲しくなったか。
絶対的な皇帝は、その時魔王に堕ちたのだろう。
いやはや、ずいぶん未来がいい方に転がっていたと思ったがとんだラスボスが残っていたものだ。
そしてその魔王が自分を倒す勇者を育てようとしてるんだから無茶が過ぎるってものだ。
一人何役しようとしてるんだか。
今のままでもマックイーンがメジロ家や全てのウマ娘を恨みながら死んでいくなんてことは起きないだろう。だがまあ、これもまた自分の使命か。魔王退治をゴールドシップは決意した。
「それで、皇帝さん、何の御用でしょうか?」
「テイオーを探していてな。知らないか?」
「知っていますけどね、教えませんよ」
「ふむ、どういうつもりだね?」
テイオーを渡す選択肢はすでにゴールドシップになかった。
きっとこの魔王は、テイオーを鍛えて鍛えて、きっと自分ごとテイオーを潰してしまうだろう。
それをおハナさんが止められるだろうか。きっと止められなかったからあの未来の惨劇なのだろう。ゴールドシップは自分で止めることにした。
「私、あの子が気に入ってしまいましてね。もらおうかと」
「マックイーンがいるだろう?」
「まあそれはどうにかしますよ」
ニッコリ笑顔のゴールドシップ。
無表情のシンボリルドルフ。
にらみ合いが始まった。
「ただで譲るわけにはいかないな」
「あら、交渉の余地があるのですか?」
「そうだな、単純に一つ。私に勝てばいいだろう」
「なるほど、勝負ですか…… なら」
「ああ、何でもいいぞ」
皇帝は負けるつもりがないのか、それとも結果がどうでもいいのか。
なんにしろ傲慢な態度だ。
いかさまで勝つのは簡単だがそれじゃあつまらない。
なのでちょっと挑発をすることにした。
「競走しましょう」
「本気かい?」
「ええ、簡単です。あそこまで行って、帰ってくるだけ。速い方が勝ちです」
指をさしたのは道の向こうにある大きな街路樹だった。そこまで行って帰ってくればいい。単純な徒競走だ。
「負ける気がしないな」
「油断してくれれば助かりますね。では、スタートは私が合図しても」
「構わないよ」
「では、よーいスタート」
夜の京都の町で、誰も知らないレースが始まった。