黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り 作:雅媛
スタートはスタートの合図をしたゴールドシップの方が有利だった。
しかしシンボリルドルフのスタートも良く、ほとんど遅れずについてきていた。
真面目に走って勝つことも考えたゴールドシップだが、しかしその考えはすぐに捨てた。
ゴールドシップは走力に自信があるとはいえ、ここ最近はトレーニングを現役時代ほどしていない。
さらにレースにも出ていないから勝負勘は衰えているだろう。
迷子の困った皇帝ちゃんから単にテイオーを奪っても大して興味を持たれない可能性がある。今後彼女が暴走しすぎないように、自分に興味を向けさせるためにこのような手を取った。
だが正攻法ではさすがに難しそうだ。なので路上レースならではのいろいろをすることにした。
ゴールドシップは小さいころから悪ガキだった。
母を早くなくし、父も病弱だったため、結構やりたい放題であった。
小遣い稼ぎに野良レースに出るのも日常茶飯事であり、車やバイクと競ったりするのはもちろん、格闘技まがいのレースや町中を迷惑も考えずに障害物競走のように走るレースなんかもしばしば出ていた。
コンクリートの上を走るこのレースこそがゴールドシップの原点であった。
ひとまず喫茶店からくすねてきた手に握った瓶のふたを開けて、手を振るのと同時にシンボリルドルフの顔面にそれをぶちまけた。
気づいたシンボリルドルフは顔を腕で覆い、ばらまいたそれを払いのけ……
「ハクションっ!!」
皇帝は大きくくしゃみをした。
ばらまいたものは胡椒である。
こういう妨害行為には卓上の粉胡椒が一番有効だとゴールドシップは知っていた。
目潰しなら唐辛子の方が有効だが、手や腕で防がれやすい欠点がある。
その点粉胡椒だと、防がれても粉が細かいので呼吸により鼻に入りくしゃみを誘発できるのだ。
ウマ娘の肺活量は伊達ではないため、これを防ぐのは息を止めないといけない。
そこまで初見でできる者は基本いないのだ。
さすがの皇帝もそこまでは見切れなかったようで、大きなくしゃみをした。
くしゃみでヨレる皇帝を突き放し、ゴールドシップはさっさと折り返しの街路樹までたどり着き…… 次のいたずらをみつけた。
「焼きそば500円あたあぁぁっく!!」
くしゃみを3回ほどした後リスタートをして走り出した皇帝の前から迫ってきたのは、牽引式の焼きそば屋台だった。
今回のコースは折り返し地点の街路樹が一番高く、緩やかな上り坂になっていた。
そして、道端に置いてあった牽引式の焼きそば屋台を見つけたゴールドシップはそれをかっぱらうと屋台を思いっきり押して加速し、それに乗り込んだのだ。
レースなどで垂れてきたウマ娘を躱すことは多いが、あくまでそれは併走している相手を躱すだけでしかない。
正面からウマ娘並みの速度で突っ込んでくる大型の物体を躱す経験なんてルドルフにはなかった。
慌てて横に飛びのくルドルフ。またしても失速してしまった。
ゴールドシップは屋台を乗りこなし、すごい勢いでゴールである最初の店の前に向かうのであった。
結局やりたい放題したゴールドシップが先にゴールに到着し、やりたい放題されたルドルフが後に到着することになったのだった。
「私の勝ちですね」
「キミは、とんでもないウマ娘だ」
「お褒めにあずかり恐悦至極に存じます」
皮肉を言う皇帝に慇懃無礼な態度をとるゴールドシップ。
ここでできるだけ、彼女の注目を自分に集めないといけない。
「……キミなら、テイオーをこの皇帝に並ぶウマ娘に育てられるというのかい?」
「そんなつまらないことは言いませんよ」
「?」
「私のマックイーンも、そしてテイオーも、あなたに、皇帝に勝ちますよ。絶対に」
「ならばそれを楽しみにしていよう。おハナさんには話しておく」
ただそれだけ言って去っていく皇帝。
その背中をゴールドシップは見送った。
「本当に壊れてるな、あんたは」
テイオーだって皇帝を慕っていたはずだ。
もともとの皇帝はそういう相手に慈悲を与える度量があったはずだ。
テイオーは絶対に渡さない、最後まで守る。そんな態度をとっても良かったはずだ。
それは傲慢だったかもしれないが、優しさでもあったはずだ。
そんなことすら彼女は忘れてしまったらしい。
まあ、現在彼女は実務の第一線から離れているし、テイオーを引き離せばその被害を受けるのはせいぜいおハナさん程度だろう。
さっさとあの余裕綽々な横っ面をぶんなぐって正気に戻す必要がありそうだ。
ゴールドシップは気合を入れなおした。