黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り   作:雅媛

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それは最初の一歩

「キタちゃん、本当にごめん」

 

二人でいつも会っていた神社裏の森の中。

テイオーはキタサンブラックに頭を下げた。

 

 

 

菊花賞の後、テイオーがキタサンブラックにひどいことを言ったという自覚はあった。

テイオーはどうしようかと悩んでいたが、事情をある程度知っているゴールドシップからも謝罪するなら早い方がいいとアドバイスを受けた。

 

「でも、許してもらえるかわからないよ……」

「謝罪は、許してもらうためにするものじゃないですよ」

「え?」

「もちろんきっかけとなって許してもらえることもあるかもしれない。でも許す許さないは相手の気持ちですから」

「じゃあ、どうして謝るの?」

「決意を示すためです」

「決意?」

「失敗を認め、省みることを誓い、そして先に進む。そんなとても身勝手な儀式なんですよ、謝罪というのは」

「……」

 

そんなことを言われると、余計テイオーは萎縮してしまった。

テイオーにとってキタサンブラックは大事な相手だった。

傷つけたにもかかわらず、また傷つけてしまう事だけはしたくなかった。

 

「それでも、あなたはするべきですよ」

「どうして?」

「キタちゃんはあなたのファンだからね。傷つけてしまったからこそ、テイオーの決意を、テイオーの信念を、テイオーの道を見せなきゃいけないわ」

「……」

「キタちゃんはテイオーにあこがれているんだから。皇帝に憧れた、あなたのように」

「……」

 

サトノダイヤモンド経由で、キタサンブラックの情報はゴールドシップに伝わっていた。

ある程度元気にはなっているようだがどことなく落ち込んでいるらしい。

場を用意するのはゴールドシップには簡単だ。

あとはテイオーの決意しかない。

 

「ボク、それなら、言いたいことがある。キタちゃんに、ごめんなさいと、ありがとうを言わないといけない」

「じゃあ、準備するから。今日の夕方ね。ちゃんと何言うか考えておいてね」

「早くない!?」

 

そうしてその日の夕方には、いつもの神社の裏の森で、皆集まることになったのだった。

 

 

 

サトノダイヤモンドとゴールドシップが立ち会う中、テイオーは頭を下げた。

そしてそのままテイオーは語り始める。

 

「ボクはキタちゃんに甘えてた」

「テイオーさん……」

「キタちゃんなら甘やかしてくれるから、キタちゃんなら許してくれるから、そんな気持ちで、この前もひどいこと言った。ごめんなさい」

「テイオーさん、私も…… 調子に乗っていたかもしれません」

「そんなことないよ。キタちゃんはボクを支えてくれた。背中を押してくれた。だからこそボクはここまで頑張れたんだ」

 

マックイーンに負けたとき、絶望した自分を励ましてくれたのは確かにキタちゃんだったのだ。

それがなければ、クラシックに進む気力も起きなかったかもしれない。

ここまでこれたのはキタちゃんのおかげだった。

だが、彼女は自分より年下の幼い少女でしかない。

これ以上、彼女を理由にするのはきっといけないことだ。

 

「キタちゃん、ごめんなさい。そしてありがとう。ボクはキタちゃんの期待に応える、強くてかっこいいウマ娘になるよ」

「テイオーさんは、今でも強くてかっこいいです!!」

「ふふ、ありがとう。でも、ボクは今のままじゃダメだと思ってる。キタちゃんを支えられて導けるぐらい、強くてかっこいいウマ娘になりたいんだ」

「テイオーさん……」

「だからボクはもう、ここには来ない。でも、ここでキタちゃんがしてくれたことは、きっと忘れない。ありがとうキタちゃん」

「テイオーさん……」

 

言いたいことをテイオーは言った。

キタサンブラックがどう思うか、気になったがそれでも変わる気はなかった。

 

「サトノちゃん」

「なんです?」

「これ、あげるよ」

「……!」

 

付き添いで来ていたサトノダイヤモンドの手に、テイオーは小さなコインを置いた。

マックイーンファンクラブの会員の証である。1という数字が書かれたそれは、今までテイオーが大事にしていて、サトノダイヤモンドが欲しかったものだった。

 

「ボクにとって皇帝が強くてかっこいいウマ娘なら、マックイーンは速くて綺麗なウマ娘だった」

「……」

「どちらもボクのあこがれだった。でも、気付いたんだ。憧れているだけじゃ近づけないって。むしろ、逆に遠ざかってるって」

 

ただ遠くからキラキラしたものを眺める。

それはとても楽しいことだ。

でも、そこに並びたいなら、そこに近づきたいなら。

泥の中を這いつくばってでも、血反吐を吐いてでも、なりふり構わず必死に近づかなければならない。

それが必要だと教えてくれたのは、この前のツインターボだった。あの必死さが自分に足りないものだった。

それはきれいなものではない。

だが、テイオーはそれを選んだ。これからテイオーが目指す場所は、マックイーンのライバルだ。

だからこそ、テイオーはマックイーンのファンであることを、憧れるだけであることを止めた。

 

「キタちゃん、ボクは春は大阪杯から天皇賞春を目指すつもりなんだ」

「は、はい」

「マックイーンに勝って見せるから…… 応援してくれると嬉しいな」

「テイオーさん! ずっと応援しています!!」

「ありがとう。キタちゃん」

 

話は終わった。

いつもより脚は重く、胸は苦しい。

だが、やっと一歩、テイオーは踏み出せた気がした。

 

 

 


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