朝田詩乃
第2回Bobより数ヶ月。私は訓練空間を利用して和人に徹底的に教えて貰った。引き伸ばした空間による数年の訓練とアミュスフィアに取り込んだデータを使ってマネジメントを初め秘書に必要な勉強を行った。
そんな私は今、実戦経験を積むためにスコードロンに参加している。何時も和人に頼っている訳にはいかない。和人……キリトと戦っていると何時も守ってもらえると思ってしまう。そんな甘えを無くす為に別行動をとっている。
2025年12月7日。GGOに存在する荒野フィールドで獲物を待っている。私が持ち込んだ装備は愛銃のへカートⅡをメインウェポンとしてサブウェポンに自動拳銃とデザートイーグル二丁を用意している。どちらもメンテナンスを終えて何時でも使える。太ももにデザートイーグルを収納させ、へカートⅡを抱えながら手帳に風速を調べ、重力力学を暗算で計算して狙撃に必要な内容をメモっていく。私に和人みたいな才能はないけど、訓練空間を利用して努力を積み上げたお陰で今では苦にならない。訓練空間も合わせると私の年齢は……考えないようにしよう。生まれてからこれまで以上の時間は軽く過ぎているから。
「ふぁ~あぁ~」
他のメンバーが暇そうにしている。私は周りを確認する。
空には低く垂れこめる雲が傾き始めた太陽によって薄い黄色に染め上げられている。岩と砂ばかりの荒野に点在するこの世界にとって旧時代の遺物である高層建築の廃墟が描く影が長くなりだしている黄昏時。あと一時間もすれば周りが暗くなり、夜間戦闘装備への切り替えが必要になってくる。
私にとって緊張感がなくなるので暗視ゴーグルはあまり好きではない。もちろん、暗視ゴーグルを必要としない夜間戦闘の訓練も受けているのだけど、あまり得意ではない。なので太陽が沈む前に来て欲しい。もっとも、これは私だけではなく待ち伏せを続けている残り五人も同じでしょう。
「ったく、いつまで待たせんだよ……」
こちらが襲う為に待ち構えているのだからこれは仕方のないこと。なら余っている時間は有効に利用すべき。私は携帯端末に取り込んだデータで勉強を始める。勉強するのはフランス語。アメリカ、ドイツ、ロシア、中国の言語は既に覚えた。キリトが外国でロケをする時もあるだろうからこの辺は押さえておかないとね。
「おい、ダインよう、本当に来るのかぁ? ガセネタなんじゃねえのかよ?」
パーティーメンバーの1人である小口径の短機関銃を腰に下げた前衛職(アタッカー)の男が小声でぼやいた。それにダインと呼ばれたスコードロンのリーダーは肩から下げた大ぶりのアサルトライフルを鳴らしながら首を振った。
「奴らのルートは俺自身がチェックしたんだ。間違いない。どうせモンスターの湧きがよくて粘っているんだろう。その分だけ分け前が増えるんだから文句言うなよ」
「でもよぉ、今日の獲物は確か先週襲ったのと同じ連中なんだろ? 警戒してルートを変えたって事も……」
しかし、何も対策をしないのはありえない。モンスターに有効な光線銃から実銃に変えてくるのでしょうが、直ぐに用意できるとは思えない。それなら、私は護衛や用心棒を雇う。
「モンスター狩り特化スコードロンってのは何度襲われて儲けを根こそぎ奪われても、それ以上に狩りで稼げばいいと思っているんだ。後二、三回はいけるさ」
「でもなあ、普通は対策するだろう」
「光線銃から実銃に一気に変える訳ないだろうよ――」
私は来そうな連中を携帯している資料の中からマルチタスクで探していく。該当するのは何人か居る。その中で一番危険なのが黒騎士。光線どころか実銃すら避けて、しまいには光剣と実体剣で叩き切る規格外(イレギュラー)の存在。まあ、こちらは居場所を把握しているので問題なし。次に危険なのは――
「作戦に死角はねえ。なあ、シノン」
会話に混ざる気のない私はそのまま思考を巡らせる。
「……」
AGI特化型の闇風さん。圧倒的な速度でこちらに来られたら距離次第で負ける。あの人この頃キリトとよく戦っているせいか、弾道予測線を予測して銃弾を平気で避け出して来てるし危険すぎる。特に彼は訓練としょうしてゲームセンターにあるガンマンでよく遊んでいる。
「そりゃそうか。シノンの遠距離攻撃がありゃあ、優位は変わらねえか」
「んんっ、そういう事だ」
「まぁ、もし万が一にもシノっちが外しちまってもよぉ、シノっちが移動して敵の認識情報がリセットされる六十秒間は俺がばっちり稼いで見せるから」
「お前なあ」
「でさ、でさぁ~シノっち~」
顔を緩ませた悍ましいほどの気持ち悪い笑みを見せながら、私達を覆い隠している掩蔽物(えんぺいぶつ)の影から出る事のないように四つん這いで私に近づいて来る。
「今日、このあと時間ある? いい品揃えのガンショップを見つけたんだ~俺も狙撃スキル上げたいんで相談にのってほしいなーなんて。そのお礼にお茶でも~どぉかなぁ~って」
言いながら吐き気を催すような視線で私を見詰めてくる。
「ごめんなさい。今日はこれが終わったら(ご)主人(様)とデートなの」
「「「えっ!?」」」
「シノっちって学生さんじゃ!」
「それがどうしたの?」
「いや、学生で結婚って」
「? 今時学生で結婚するなんて驚く事? 収入さえあれば問題ないはずだけど……」
私のご主人様である和人の収入は社会人としても高い方だから、なんの問題もないわ。もちろん、私の稼ぎは全部渡すけど。
「夫がいたのか」
「くそぉ~~」
「どんまい」
「そういう訳で、ギンロウさん」
「ん? なになに? 俺に乗り換え――」
「ありえない。言いたい事は2つ。凄く気持ち悪いからジロジロと見ないでくれる? あとシノっちっていうのも止めて。怖気が走るから。止めないなら殺すから」
「ちょっ!?」
「「うわぁ」」
私にとってキリトが一番で、次に友達。それ以外はどうでもいい価値のない存在。だから引き抜いたデザートイーグルのトリガーを引くのに躊躇はない。
「お前ら、いい加減にしろ」
「――来たぞ」
崩れかけたコンクリート壁から双眼鏡で索敵を続けていたメンバーの言葉に緊張が走る。私は直ぐに空を見て雲の動きから光量を確認し、へカートⅡを構えてスコープを覗き込む。このまま行けば問題はない。
「ようやくお出ましかい」
ダインは索敵役の人から双眼鏡を受け取って敵兵力を確認していく。敵は七人で光学銃の大口径レーザーライフルが1人、ブラスターが4人。ミニミを持った実弾系が一人。
「狙撃するならミニミの奴だな。最後の奴はマントを被って武装が見えない」
「……」
他の六人は装備からして問題ない。知っている実力者じゃない。問題はフードを被っている大男。彼の身長、肩幅から予測するに運び屋の可能性が高い。しかし、移動速度を犠牲にしてまでそこまで積み込む? 他の連中を見る限り重量に余裕がある。
「あれじゃねえの? 噂のデスガン」
「そんなのが存在するかよ。あいつはSTR前振りの運び屋だろう」
嫌な気配がする。強者と戦うような時の感じ。キリトほどじゃないけれど、こいつも強いと私の勘が言っている。そもそもわざわざマントで運び屋が武装を隠す? それが強者特有の雰囲気を放つなんてありえない。なら、身長と移動速度などからして集めたデータに該当する存在はベヒモスと呼ばれるミニガン使い。これなら武装を隠す理由も理解できるし、彼らがろくに対策をしていないのに同じルートを使っているのにも納得がいく。
「あの男から狙撃するわ」
「何故だ。大した武装もないのに」
「あれはおそらくミニガン使いのベヒモスよ」
「マジかよ!」
「いや、普通の運び屋だろ」
「ただの運び屋がマントで武装を隠す訳ないじゃない。それに移動速度がゆっくりすぎる。これはミニガンのペナルティだと考えられる」
「だがよ……」
「嫌なら私は降りる。それに違ったとしても私が居なくても大丈夫でしょう」
「ぐっ……わかったよ! だが、援護は頼むぞ」
「ええ」
「状況に変化があったら知らせろ。狙撃タイミングは指示する」
「了解」
「よし、行くぞ」
他のメンバーが走り去ったあと、寝転んだりまま狙撃体勢を維持しながらインカムを装着する。
『位置についた』
しばらくするとインカムから声が聞こえてくる。
「了解。敵はコース、速度共に変化なし。そちらからの距離四〇〇。こちらからの距離一五〇〇」
『まだ遠いな。いけるか』
「この程度の距離、なんの問題もない」
『よし、狙撃開始。頼むぜシノン』
「了解」
指をトリガーに掛ける。こんなプレッシャーや不安、恐怖。距離一五〇〇? こんなのキリトと戦う時にくらべたら片手間の作業と何ら変わらない。そもそも私は六〇〇〇から七〇〇〇までは屑籠に丸めたゴミを投げ込むようなもの。
私は一発の銃弾。銃弾は人の心をもたない。故に、何も考えずただ、目標に向かって飛ぶだけ。ジ・エンド。
暗示をかけたあと、トリガーを引いてベヒモスの呼吸に合わせ、視線がそれた時を狙って狙撃する。弾丸はベヒモスの頭部を捕らえて爆散させる。直ぐに弾丸を入れ替えて第二目標であるミニミを持つ物を狙撃する。呆けた顔をしていたミニミを持つ男は避ける事も出来ずに倒れた。
「第一目標、第二目標共にクリア」
『GO! GOGO!』
それから直ぐに決着がついた。私は報酬とミニガンを受け取ってスコードロンから抜け、あるフィールドに移動する。そこには複数のモンスターを出現させるアイテムを複数使って大量に呼び出して虐殺を繰り返している楽しそうなキリトがいた。