【完結】ユイ君…本当にこれで良いのかね? 作:5の名のつくもの
~NERV本部~
NERV本部にある碇ゲンドウの執務室には大きなテーブルが置かれていた。その上には出来立ての料理が並んでいる。普段は総司令に似合うような豪華な料理を食べていたのであるが、今日は違った。テーブルの上には家庭料理が並んでいた。
「これをレイとシンジが作ったのか?」
「うん、そうだよ」
「はい」
「そうか…」
これらの家庭料理を作ったのは碇シンジ君と綾波レイちゃんだった。二人は今日のために一生懸命にメニューを考えて、ゲンドウパッパに提供した。シンジは料理をすることは造作もないが、レイは家事がちょっと苦手だった。そのため、シンジはレイのために毎日毎日料理の練習に付き合っていた。
「ほら、食べないと冷めちゃうから」
「あ、あぁ」
ゲンドウは何時もの力が無い。このようなことを経験したことが無かったからだ。実の息子や娘に等しい二人と食事をする。それも子供たちの手料理を。ゲンドウはこの一種の異常事態に思考が追い付いていなかった。ハキハキとせず、シンジに促されて動くほどだ。
目の前に並べられている料理を見る。三人分と言うことなので大皿料理が基本となっている。一応、全員には白飯やお味噌汁、野菜のお浸しなどが置かれている。大皿料理は肉を使った青椒肉絲、工場野菜の炒め物などがある。世界でもかなりの力を持ち、そのトップの人間である碇ゲンドウが食するのだから、その食材はこの世界では非常に贅沢だ。お肉や野菜も何から何まで羽振り良く回される。野菜は工場生産をしているので、そこまで贅沢品ではないと思われるかもしれないが、これらのお野菜は土から作られた昔ながらの栽培方法の野菜となっている。作るのに時間がかかり、量も作れないので畑育ちの野菜は流通が少ない。
「ほら、綾波」
「ありがとう碇君」
遠慮しがちな綾波のためにシンジは大皿料理からよそってレイの取り皿に盛ってあげる。その光景を見てゲンドウは二種類の安堵をした。一種類は自身の計画が着実に進んでいることを確認できたからで、もう一つは実の息子が自分と同じような生き方をしていないことを少しでも確認できたからだ。
そのゲンドウも食べないと胃が膨らまないし、せっかく作ってくれたんだから食べないと。いくらゲンドウでも多少の礼儀は弁えている。副司令の冬月に比べればそこまでではないが。
「む…これは」
「どう?父さんの健康を考えて味付けは薄くしてあるんだけど」
シンジは父の体を労わって味付けは薄くしていた。薄くすれば塩分を抑えることができる。日本人が長い歴史で作り上げた調味料は素晴らしいが、総じて塩分が強い。使徒と戦うNERVの長が病気で倒れては、もう冗談じゃない。
味は薄くされていたが、うま味は薄くなってない。むしろ素材の美味しさを引き出している。
「美味しい。ユイの味だ(小声)」
「え?」
「シンジ、良い腕を持っているな」
ゲンドウは恥ずかしい気持ちや実の息子に対する複雑な感情が邪魔して、素直に「美味しい」や「旨い」と言った誉め言葉を送ることができなかった。事実として美味しいので、こう変に褒めた。
「よかったぁ。父さんが今食べたお浸しの野菜は綾波が切ったんだよ。綾波が一生懸命に切ったんだから、かみしめてね」
「わかった」
綾波が切ったから何だと言われそうだが、綾波の指を見てほしい。指には数え切れない数の絆創膏が貼られている。市販のよくみられる小さな絆創膏がたくさんあること、そして野菜を切ったということ。この二つを鑑みるに、綾波は野菜類を切るときに自分の手指も切ってしまったのだろう。痛々しいが、彼女の努力が良く見える。それに自分(ゲンドウ)のために指を切ってまで作ってくれた。それを理解した。
味付けは薄いが、野菜の甘味や旨味ギュッと詰め込まれたお浸しをかみしめる。体に染みわたる優しい味だ。お浸しばかり手を出していてはバランスが悪いので、青椒肉絲を自分の取り皿によそう。青椒肉絲はお肉をパクパク食べられない綾波のために肉を細切れの細切りにしてある。その代わり、ピーマンは多めに大きくしてある。そのピーマンとお肉をセットにして口へ入れる。
「まさか…この味」
「どうかな?母さんが作っていた青椒肉絲を可能な限り再現したんだけど」
「あ、あぁ。ユイが私に作ってくれた青椒肉絲と同じだ。しかし、この味をどうやって知った?ユイは…もういない」
「そのことなんだけど、冬月先生が教えてくれたんだ。冬月先生って、父さんと母さんの先生だったんでしょ?だから冬月先生に聞いたんだ。冬月先生はすごいよ。何でも覚えてる」
「なるほど…先生か」
この時ゲンドウは自分の右腕の凄みを感じた。確かに冬月はゲンドウとユイの大学時代の先生だった。だから二人の事をよく知っている。ユイの事も知っている。しかし、もう結構前のことだ。そんな昔のことを、しかもユイの手料理について覚えているとは。恐ろしい記憶力。
いや、記憶力ではない。心で覚えているのだ。心の記憶は消えることは無い。
話を戻して、ゲンドウは青椒肉絲を何度も何度も口へ運んでいく。余程気に入ったのだろう。白飯にONして贅沢に食べたりもする。その景色を見てシンジは静かに笑う。その笑うシンジを見てレイはほっこりする。
「それにしても、冬月先生も来ればよかったのに。先生も僕たちの家族なのに」
「冬月は次の使徒出現に備えてエヴァの運用について研究している。忙しいからこれなかった」
「大変だ…冬月先生も」
確かに冬月は仕事がたくさんあって非常に忙しい。使徒は間違いなく進化している。だから我々も進化しなければならない。これまでのエヴァの戦い方が通用しない可能性があるので、新しい方向性を考えている。それを考えるのは葛城ミサトや赤城リツコらの仕事だが、『三人寄れば文殊の知恵』と言う。そこで冬月が参加している。NERVのブレインと称される傑物の冬月がいれば心強い。
しかし、それは単なる建前に過ぎない。本音は「親子が気兼ねなく、何でも話せるように」と気を遣った。自分(冬月)がいては業務的な話をすることになってしまう。それでは親子水入らずの時間を邪魔する。それは頂けないということで、彼は遠慮したのだ。
その気遣いは実を結んで、ゲンドウとシンジは割と仲良く話していた。普段は話すことは滅多にないが、今日は違う。シンジが積極的に仕掛けている。自分の父と向き合おうとしている。話すと言っても重いことではなく、学校であったことや綾波のことなど日常的な話題を話している。シンジからの仕掛けにゲンドウは素っ気ない返事をしているが、シンジは気にしていない。段階的にもっと会話を彩りよくして行けばいいと思っている。何も初っ端からは期待していない。
そうして話していると、綾波が嫉妬したのか。
「碇君、口」
「え?何?」
徐に綾波は手を伸ばしてシンジの口元をなぞった。なぞった指の先にはご飯粒がついていた。
「ありがとう、綾波」
「いいの」
「ユイ…ユイ…」
カップルのラブラブっぷりは周囲の人物に影響を与える。ゲンドウは綾波の姿にユイの姿を重ねた。まだ自分も若かった、あの楽しかった生活を思い出して。二人で仲良く食事をとっていた懐かしき日々が脳裏に浮かんでくる。今まで封印してきた記憶が次々と湧いて出てくる。忘れようとしても忘れることの出来ない記憶が。
それは決して不愉快ではない。
「シンジ…頼みたいことがある」
「うん。いいよ」
「何?」
「頼みたいことは分かるよ。また、こうやって料理を作って欲しいんでしょ?」
「そ、そうだ」
「もちろん、いいよ。だって、僕は父さんの子だから」
眩しい笑顔にゲンドウも思わず、軽くだが笑ってしまった。それは不敵な笑みじゃない。
一人の父親としての笑みだった。
ということで完全IFストーリーでした。本日中にメインストーリーも更新します。
それでは次のお話でお会いしましょう。