【完結】ユイ君…本当にこれで良いのかね? 作:5の名のつくもの
とある日。シンジは普段と比べて重そうに動いていた。物理的に重いのではない。心が重いのである。
その様子は誰が見ても異常であったので、幸か不幸かシンジにとって付き合いづらい人物が彼と接触した。
「碇君。疲れている」
「あ、アヤナミか。うん、まぁ。そうだね。ちょっと悩みがあってね」
「悩み?悩みって何?」
「う~ん。心の苦しみかな」
シンジはアヤナミレイとは距離を測りかねていたが、普通に会話することはしていた。冬月やカヲルと比べれば少々他人行儀だった。しょうがないだろう。だって、彼女は彼の良く知る、愛する綾波レイではないのである。綾波レイと同じクローンなだけ。
「苦しみ…碇君は苦しんでいる」
「僕は…苦しんでいるね。そうだ。苦しんでいる。こんなよく分からない世界でどう生きればいいか分からないから」
「生きる?なんで?人は皆一つになる。一つになって、無に還れば苦しむことは無くなる。碇君は無に還りたくないの?」
シンジはちょっと考えて、澱みなく答えた。その答えは力強く、表情はシャキッとしていた。
「僕は生きたいよ。生きて、みんなと仲良くして過ごしたい。だって、生きることは楽しいから。辛いこともあるけど、必ず希望はある。どんな時でも希望があることは冬月先生が教えてくれたんだ」
「希望?」
「そう、希望だよ。僕がここまでしているのは希望を信じているから。先生が教えてくれたことを僕は信じている。それだけだよ」
シンジはそのまま歩いて行った。悩んではいたものの、どこか少しでも希望を見出そうとはしていた。冬月が常日頃から言っていた。「どんな時だって希望はある」という言葉をシンジはずっと心に仕舞っていた。聞けば単純で、巷で、割とよく言われても、聞かれてもいる事だが、シンジにとって恩師からの言葉はかけがえがないものだ。恩師の言葉で如何なる時でも希望を失わないようにしていたシンジは強かった。
その背中をみつめるアヤナミレイはとても不思議そうだった。今まで自分が当たり前だと思っていたことと真反対の少年を。
さて、シンジはいつもの場所に着いた。そこにはいつもの人物がいた。ピアノの前で佇む少年が。
「おはよう。今日もいい日になりそうだよ」
「おはよう。カヲル君。相変わらず起きるのが早いね」
シンジだって割と早起きなのだが、彼より早いのが渚カヲルだった。早起きとはとても健康的で文化的だ。体の事を考えると最高の習慣である。早起きして陽の光を浴びる以上に気持ちが良いことは無い。
基本的にそうなるのだが、シンジはちょっと晴れなかった。それをあのカヲルが見逃すことは無かった。カヲルはシンジに何かがあったことを察して、極めて努めて優しく聞いた。
「何か悩み事があるのかな?シンジ君」
「え…うん。やっぱり、カヲル君にはバレちゃうか」
「そりゃぁ、僕はずっと君のことを考えているからね。君のことは何でもわかるよ。それで、悩みは?」
「この世界を知りたいんだ。なんだか怖くなっちゃってさ。聞いた話だと、僕は14年間ずっと寝ていたから、僕は何も知らない。何もわからない。それが嫌で…嫌で。その、14年間で何があったのか、そして僕が何をしてしまったのかを知りたい。全てを知りたい」
「…」
「知って何をするかと聞かれても、どうすればいいのかは何にも考えてないけどね」
「いいよ。君の事なら僕は何でもするから。この世界を教えよう。でも、僕だけじゃ足りないからね。専門家を読んだ方がいい。冬月先生も一緒になるけど、構わないかい?」
「うん。先生もいてくれると安心かな」
シンジとカヲルは二人で冬月の執務室を訪れた。冬月は仕事中だったが、シンジの「何があったのか知りたい」という真摯な願いを快く引き受けた。仕事がなんだ。教え子が教えてほしいと頼んでいるのなら、答えるのが教育者という者。それが出来なくて何が先生だろうか。
シンジは防護服を着させられて、二人と外に出た。外はそこら中が瓦礫だらけで碌な整備がされていない。廃品を流用した階段ぐらいしかなくユニバーサルデザインの「ユ」の一角目すらない。そんな階段をトントンと歩いていく。先導するは冬月コウゾウ。もう腰が曲がっていてもおかしくない年齢だが、ピシッとした背筋をしている。迷うことなくスラスラと階段を下っていく。その姿は年齢と見た目不相応で、相当頑丈な足腰を持っているのだろう。その後ろにシンジがつき、更なる後ろにカヲルがつく。カヲルはシンジにピッタリとついて、危なっかしいシンジの動きに対応する。
足を滑らせそうになりながらも、何とか進むシンジは時折カヲルに助けられながら、目的地にたどり着いた。目的地は階段の中腹地点にあり、一種の休憩地点となっている。そこからは広大な赤き土地を見ることができる。旧NERV本部から見るのとは大違い。何もないから見える。とても残酷な大パノラマだ。
「なんだ…これは」
「サードインパクトが起きた結果だよ」
「我々が生きる地球はサードインパクトの発生によって浄化されたのだよ。これが浄化と言うのは私にとってすれば、浄化の適用は誤用甚だしいと思うがね。この赤い土地は全てコア化された土地、建物だよ。そして、そこら中にいる首のないエヴァらしきものは『インフィニティ』だ。君には関係のないことだ。あれは気にせんで良い」
シンジは目の前に広がる世界に目を見開いていた。永遠と続くのは赤い世界。赤しかなくて目に悪い。建物は瓦礫として残っているが、到底見る影はなく例外なく赤い。そして首なしのエヴァらしき存在ことインフィニティがいる。
「サードインパクトって…一体だれが」
「かつて、このNERVの最深部にあった禁忌の存在が勝手な事をしたからだよ」
「第二の使徒。リリスだよ。リリスはニアサードインパクトを利用して、自らの進化を開始した。その結果がサードインパクトなんだ。ニアサードインパクト。それを引き起こしたのが…碇シンジ君。君なんだよ」
「ニアサードインパクトって…なんだよ。僕は綾波を助けようとしただけじゃないか」
シンジは座り込んで、文字通りの頭を抱えた。
「そう、君はレイ君を助けようとしただけだ。しかし、現実は常に非情だ。エヴァ初号機は覚醒を開始して、限りなく神に近い存在となった。初号機の覚醒によってガフの門が開かれた。完全なインパクトとはならなかったが、途中まででも甚大な被害を招いてしまった。」
「リリンの言うニアサードインパクトによって、リリンの大部分は死に追いやられた。君が向こうで恨まれるのも当然なんだよ。君が意図的にしたことではなくても、結果がある以上はね」
「そんな…僕は」
シンジは言葉をつなぐことができなかった。そのまま顔を膝に埋めているしかなかった。冬月とカヲルは変に励ましたりすることは無く見守っていた。その見守りは約10分ほど続いた。その間シンジはずっと下を向いていて、ウジウジしていた。
「君は自らの望みを叶えようとしただけ。それは事実だよ。しかし、それでニアサードインパクトが発生したのもまた、事実なのだよ」
「君は結果的にインパクトのトリガーとなった。いくら君が招いたことでも、冬月先生がいつも言ったことがあるだろう?」
シンジはゆっくりと顔を上げた。その顔は苦悶ではなく、一人の人間としての覚悟の表情だった。
「いつも…希望はある」
「そう。何かしてしまっても、必ず挽回できる。挽回の機会は誰にでも平等に与えられる」
「シンジ君…君はどうしたいのかな?」
シンジはスッと立って、冬月とカヲルをじっと見つめている。先までのウジウジした感じは見られない。切り替えができる人間は強い。
「僕は挽回します。自分がしてしまったことは、自分で落とし前をつけます」
「わかった。だが、それすらも利用する者がいるから気を付けなさい」
「父…ですか」
「あぁ。悪いが二人はこの後、私の道楽に付き合ってもらう。勘弁してくれよ。対価として、残りの全てを教えよう」
続く
※まだ本話は続きます。
次回予告
外の様子を見せ、この14年間に何が起きたのか、シンジが何をしてしまったのかを伝えた冬月とカヲル。
伝えられた真実をシンジは受け入れ前を見る。彼が全てに落とし前をつける覚悟をする。しかし、その覚悟すら利用しようとする者がいた。
冬月は元NERV本部にあった、とある施設に二人を連れる。そこで更に語られる真実。
次回 新世紀エヴァンゲリオン 「真実:後編」