【完結】ユイ君…本当にこれで良いのかね? 作:5の名のつくもの
「え?僕に?」
「そう。碇に渡して欲しいってさ。届けられた物があるんだ。差出人が誰かは分からないが、碇シンジ君へって書いてある。とりあえず、もらっておいてくれ」
「はぁ」
差出人不明の宅配便が来た。サイズはそれほど大きくはなく、むしろ小さいぐらい。宛先には「碇シンジ君へ」と書かれているので、シンジ宛であることは間違いない。しかし、こんな時に誰が送ってくるのだろうか?彼を知る者なら直接会って渡すだろう。わざわざ、経由を挟むことはない。だから、本当に、冗談抜きで誰なのかわからない。
「俺は開けても、開けようともしてないから、安心してくれ。だから、俺は中身を一切知らない」
「わかった。ありがとう、代理として受け取ってくれて」
シンジはペンペンのところに出かけていたので、家を留守にしていた。ちょうど、ケンスケが代理で受け取ってくれたらしい。シンジは宅配物を受け取り、自分のプライベートスペースに戻って、封を開ける。本当にケンスケは開けていなかったどころか、誰も開けていないようで、糊で硬く閉じられている。懸命に糊をはがして、開ける。
そこには、一個の音声カセットが入っていた。その他には何もない。手紙すらない。ただ、カセットがあるだけ。見た感じだと、サイズなどの諸規格はS-DATのカセットと思われる。多分だが、これをS-DATで再生してくれということだろう。
「何だろう?」
シンジは不思議に思いながら、S-DATにカセットを入れて、イヤホンを両耳に装着する。そして、S-DATの再生ボタンを押した。カセット内のテープが動き出して、数秒ばかりすると、誰かの声が聞こえてきた。
(久し振りっていうのかな。こういう時には)
「加持さん…加持さんだ!」
流れてきた音声は人の声で、さらにそれは、大人の加持リョウジだった。まさかだが、聞き間違えることはない。
(このカセットを再生しているってことは…俺は死んでいるだろうな。いや、確実に死んでいる。先に謝っておく。すまなかった、シンジ君。元々、俺は長生きをするつもりはなかったんだ。シンジ君とは、もっと話してみたかったが、そうもいかなくてな。それに、君に多大な負担をかけることになったのは本当に謝っても、謝り切れない。ここで謝ったからと言って、今から俺が話すお願いを聞いて欲しいなんてな。それでも、シンジ君に託したいんだ)
「加持さんは、このことを予測していたのか」
彼が生きていたころに録音されたということは、少なくともサードインパクトが発生する前には録られていたと考えられる。シンジに「負担をかけてしまった」と言っていることから、おそらく、彼はニアサーとサードのことを予知していた。ドイツのNERVから、日本のNERV本部に来る程の能力のある人物なのだから、予知できて当然かもしれない。
(さて、そのお願いなんだが。結構、数があるんだ。中には難しいものだってある。だが、シンジ君。君にしかできないんだ。長ったらしくなるから、さっさと本題に入るぞ。まず、一つ目に、アスカのことを頼む。アスカは、あぁ見えて弱いんだ。これまで彼女は他者との関わりを断ってきたが、君たちエヴァパイロットとは積極的に交流するようになった。だから、アスカを守れるのは君だけだ。男としてな。まぁ、シンジ君のことだ。君ならアスカを守れる)
「アスカは…いないか」
イヤホンをしているので外に音が漏れることはないと思われるが、念のためだ。もし聞かれていたら、襲われるかもしれない。おそらくだが、この音声カセットの存在をアスカは知らない。この感じは誰にも知らせない方がいい。秘密は守る。
(二つ目は、葛城と俺の子のことを頼む。もう、多分知っていると思うが、葛城はNERV殲滅のために動いている。葛城は一度スイッチが入れば、止まらないからな。殲滅を果たすまで、葛城は動き続ける。そして、如何なる苦労をしても止まらない。何かあっても、大丈夫だろう。だが、やっぱり、君の手助けが必要だ。長いこと一緒に過ごしてきたシンジ君なら、かつr…ミサトを助けられる。俺の子だが、こんなことを頼めないな。でも、頼む。父としては最低なことをしてしまっていることは重々理解している。俺が自分のことを父なんて言えない。まったく、恥ずかしい話だよ。子は…子には好きに生きて欲しい。俺みたいに、ろくでもない人間として生きて欲しくない。だから、道を誤らないように、シンジ君の方で支えてやってくれ)
「うん、任せてください。加持リョウジ君は友達だもん」
シンジは冷静に受け止めたが、加持リョウジ(大人)を知っている者にとっては、衝撃的なことではないだろうか。あの加持が自身の子を人に託すのだ。ただでさえ、あの癖のある男なのに、父として子を託すなんて。彼が子を心配して、託すなんて誰が予想できるだろうか?いや、誰もできない。
(三つ目だ。これが一番、君にとって難しくて、苦しいことだろう。それは、碇司令を止めてくれ。碇司令は己の欲望のために、全世界を巻き込んでいる。人類を含め、全ての種を亡ぼしてまでな。俺としては、そんなことはやめて欲しい。だから、止めてくれ。またインパクトなんて御免だ。当たり前だが、碇司令は君の実の父親だ。父親に歯向かうのは嫌かもしれない。そして、何よりも難しいだろう。でも、頼む。その代わり、碇司令を止めた後は、君の望みを叶えればいい)
「はい。話は冬月先生から聞きました。加持さんに言われるまでもなく、僕はやります」
(長々となったが、これが最後だ。まぁ、最後の最後が一番重要だよ。俺が丹精込めて作っていたスイカを頼む。あのスイカはよくできているんだ。それが、消えてしまうのはもったいないだろ。種は葛城に託してあるから、もらっていってくれ。俺が作ったスイカだ、ちゃんと育てれば美味しく、甘くなる。シンジ君が育てれば、尚更な。あのスイカを君が育ててくれ)
「あぁ…あのスイカですか」
シンジは14年前のことを思い出していた。突然、加持に呼ばれて、土いじりをさせられた。そして、人生で始めて知ったスイカを思い出した。あのスイカを含めた農作物のあったNERVの加持農園は消滅してしまっていたが、どうやら種が生き残っているらしい。種さえ生きていれば、いくらでも増やすことができる。頑張って、時間をかければ、一大スイカ畑とすることだってできる。シンジは土いじりを含めた農作業は嫌いではなく、むしろ好きなので進んで引き受けた。
(こんなところだな。俺はいないが、君の周りには、君を支えてくれる人がいる。決して、多いとは言えない。さらに、君を敵視する者もいるかもしれない。そんな状況でも、負けるなよ。少なくとも、アスカやレイちゃん達パイロットは君の味方だ。そして、おそらく君とは離れ離れになってしまうかもしれないが、あの冬月コウゾウ副司令は君の為に生きている。年老いても、強さを失っていない。本当に怖い人だよ。あの人も味方なんだ、シンジ君。だから)
(君に俺の願いを託す)
そう締めくくられて、音声カセットは停止した。再生し尽くしたらしい。その全てを、一言一句を一切漏らすことなくにシンジは聞いた。そして、四つの願いを頭だけでなく、心にも刻み込んだ。
お願いされた以上、託された以上、やらねばならない。
「加持さんにも勝てないなぁ。卑怯ですよ。そうやって、後出しなんですから。加持さんの願いは受け取りました。僕がやります。任せてください。アスカも、ミサトさんも、加持君も、父さんのことも。そして、大事なスイカのことも」
元々、全てを知らされてからはシンジは覚悟を決めていた。
しかし、加持からの音声メッセージで、その決意をさらに強めた。
時は近い。
続く
次回予告
加持のメッセージで、色々と託されたシンジ。彼の願いを背負い、シンジは決意を強める。
農作業に従事して、新しい発見の多い、楽しい生活を送るアヤナミ。しかし、彼女には時間が足りなくなってきていた。
「私はNERVでしか生きられない」
アヤナミは…
次回 新世紀エヴァンゲリオン 「碇君…私に名前を…」
「無調整故にか。老婆心というのを甘く見ないでくれ」