【完結】ユイ君…本当にこれで良いのかね? 作:5の名のつくもの
★感謝★
UAが15万を突破しました。読者の皆様に、心から感謝申し上げます。
「ただいま」
「おかえりなさい、そっくりさん。どうだった?」
「頑張った。これを」
鈴原家でお世話になっているアヤナミは農作業から帰って来た。彼女は第三村のご婦人方と農業に従事している。NERVを出て、第三村という新世界に来たアヤナミにとっては全てが新鮮だった。何もかもが、彼女にとって初めての出会い。それは、彼女を変えるのには十分すぎた。
今日もアヤナミは収穫を手土産に帰って来た。竹で編まれた籠に芋などを入れている。
「お疲れ様。適当にそこに置いておいて、そっくりさんはゆっくり休んでね」
ヒカリに言われた通りに籠を置いて、手を洗いに向かう。一応、外の水道で手は洗っているが、念のためだ。手を洗い、軽くプラグスーツの汚れを取る。アヤナミはいつも黒色のプラグスーツを着用していた。これ以外に着る物がないので仕方ない。それにしても、どうにかならないのかとは思うが。
自分の部屋に戻って、図書館から借りて来た本を読もうとする。これまた鉄道の旧型車両を改造した図書館から借りて来た。ただNERVで命令に従うだけで、好きなことをしようとしていなかったアヤナミは、本を読むことに楽しさを感じていた。本を読むため、右手を動かした。
すると、あることに気づいた。
「これは…」
右手首を見ると、赤い光が点滅していて、「ピピピ」と音を立てていた。プラグスーツの機能の一つで、これは彼女の状態を表す。この表示は。
バタッ!
アヤナミはその場に力なく倒れた。文字通りで力が抜けて、一切の抵抗なく倒れた。
彼女の身に何が?
「私はNERVでしか生きられない…でも、ここが家。そして、碇君のために、生きる」
アヤナミは碌に動けない状況だったが、力を振り絞って、床に置いておいたポーチに手を伸ばす。意識が朦朧としているが、何とかポーチを掴んで手繰り寄せる。チャックを開けて、中をごそごそと探る。そうして、出て来たのは大きめの注射器だった。病原菌やウィルスへの免疫をつけるためのワクチンで使う、非常によく知られた注射器ではない。一回り大きく、長さも長い。結構な量の液体が充填されていると思える。
その注射器を震える手でつかんで、首筋に刺した。そして、指で注射器の頭を押して液体を体内に注入する。
注入して間もなくすると、アヤナミは落ち着いた。
「まだ、私は還れない。碇君のために、生きる」
まだ動悸や震えなどが少し残っているが、動けるレベルまで回復した。一気に全力運転に戻ることはせずに、ゆっくりとゆっくりと動く。急に力が抜けて動けなくなって、倒れたので体勢が良くない。せめて、体に負担がかからない体勢に直してから、改めて横になる。
彼女を襲ったものは、調整不足からくる強烈な体調不良及び体の維持の揺らぎだ。アヤナミはアヤナミシリーズの一体で、アダムスの器とされている。シンジたちのようにリリンではない。かと言って、カヲルのような完全な使徒ではない。作られた存在なので、その作られた場所であるNERVで定期的な調整(メンテナンス)を受けなければ、生きることは出来ない。
彼女は、第三村にいるので、その調整を受けられていなかった。調整を受けられていなかったので、体調不良の形で生命維持の揺らぎが発生した。それを救ったのが、注射器の中の液体だった。この注射器は、アヤナミが常日頃から肌身離さず持っているポーチに入っている。
「私の居場所はここ。でも、ずっとはいられない。生きられない。せめて、碇君のために…生きてから」
~同時刻~
「時間が無いか。急いでくれよ、葛城君」
冬月は自分の部屋で詰将棋問題を自分で考えていた。詰将棋を解く方は数えきれないほどしてきた。だから解くのが、ここまで来ると作業になっていた。そうか、ならば、その逆を突けばいい。自分で問題を考えればいいのだ。人によるが、問題を解くのと作るのでは、作る方が難しい。それで暇つぶしとしていた。
そうしていると、急に伝達が来た。
「彼女には応急処置薬を渡してある。それがあれば、何とか持つはずだ」
冬月はアヤナミが長くは持たないことをよくわかっていた。アヤナミシリーズに関しては自分も一枚噛んでいたから、当たり前だ。日本における生物学の権威に数えられる御仁だから、さらにその先も読めていた。彼女の生命は無調整が続くと、生きられないのは自明の理。だから、せめて延命としての応急処置の薬を渡していた。その薬があれば少しは長生きが出来る。
ただ、もちろんの話がある。あくまで、それは応急処置なのである。完全に全部を治療するわけではない。ちょっとだけ生きることが出来る。これでは根本的な解決とはならない。
「彼女には、彼女らしく生きるように言ってある。それ以上、私が言うことは無い。彼女が思うように生きてくれれば、オリジナルのレイ君も満足だろう。まだ、そのレイ君は初号機の中で待っているのか。彼の帰りを」
冬月は将棋盤に並べていた将棋駒を片づけ始めた。
「最後の時は近い。シンジ君が、自分の望みを果たせるために。この老人に出来ることはさせてもらう。老人の老婆心を舐めないでくれよ」
冬月は将棋の駒を綺麗に整理整頓してから箱にしまって。私室を後にした。
~翌日 第三村~
「え?アヤナミも来るの?あ、いや、いいけど。特に面白いことは無いよ」
「いいの。気にしない」
シンジは今日は食糧確保のために、近郊の湖、通称でペンペン湖に釣りに出かけようとしていた。その時、アヤナミが「自分もついていく」と言い出した。シンジにとっては不都合は一切無いのだが、アヤナミにとってはどうだろうか。ただ、釣るだけだから、正直に言って、アヤナミにとって面白いと感じるものではない。それを心配してシンジは確認したが、アヤナミは構わないらしい。
「わかった。じゃあ、行こうか」
落ち着いて話しているシンジだったが、内心は強く動揺していた。
アヤナミはプラグスーツに身を包んで行動するのが基本だったのに、今日は違った、いや、プラグスーツでは目立つし、流石にどうかと思うことが多々あったので、これはこれでいい。しかし、その変えた服が問題だった。
(綾波だ…あの時の綾波。トウジやヒカリがけしかけたのかな)
そう、来ていた服は学生服だった。あの時と同じ。14年前に中学校で友たちと仲良く過ごしていた時と同じ。それを見た目が全く同じアヤナミが着たので、もうこれは、まんま綾波レイである。
文にすると解読が難しいが、こればかりは仕方ないのでご勘弁願う。
シンジとアヤナミは二人で並んで湖に向かう。湖までは遠いには遠いが、歩きで行けない距離ではない。そこまで歩いて向かうのだが、傍から見ればデートにしか見えない。そして、運が悪いことに、アヤナミがお世話にいるご婦人方に見つかってしまった。しかし、ご婦人方は空気が読める、賢い方々だった。横目でチラチラ見るだけで、話しかけたりはしない。邪魔をしてはいけないと、気を遣ったのだ。
ご婦人方の気遣いのおかげで、変な雰囲気になることはなく湖にまで着いた。
シンジはNERVの施設の廃墟にクーラーボックスを置いて、自分は立って釣りを始める。すると、わらわらと温泉ペンギン達が出てくる。既にシンジはペンペンを筆頭にして温泉ペンギン達と仲良くなっていた。対人に難があったシンジでも、動物相手ならシンジは強かった。釣りでのおこぼれを貰おうとペンギンはシンジの近くに立つ。
「碇君」
「なんだい?」
「お願いがあるの」
「お願い?何?僕にできるなら、何でもするよ」
シンジは珍しくアヤナミから積極的だと感じて、アヤナミの方に集中する。仮に魚がかかっても、周りのペンギンがワチャワチャして知らせてくれるので、釣りに意識を集中させるのは必要ない。
「私の名前を考えて欲しい」
「名前?アヤナミの?」
「そう、私の名前」
シンジは考えることは無く、即決したのか、元々考えて来たのか分からないが、すぐに答えた。
「アヤナミはアヤナミだよ。名前はアヤナミ・レイさ。君はアヤナミ以外の何者でもないから。他の人が、君の事をなんて読んでいるかは知らないけど、君はアヤナミ。アヤナミ・レイだ」
今更だが、彼女の名前は確実に定まったものは無い。便宜上、アヤナミ・レイと仮称していただけに過ぎない。だから、本当の名前と言うのが無かった。第三村のご婦人方からは「そっくりさん」と呼ばれていた。そっくりさんではあまりにもと言うことで、彼女は名前を欲していた。それも、シンジから。
「私は…アヤナミ・レイ」
「そうだよ。それが、君の名前。変わることのない、永遠の名前」
「ありがとう。碇君…私は、碇君と一緒に」
アヤナミは何を思ったのか、シンジの横について、腕を絡ませた。そして、がっしりとホールドして離れようとしない。シンジは驚いたが、あの綾波レイを思い出して、受け入れた。ペンギン達は賢い生き物だ。二人を邪魔しないように、静かにする。ペンペンは二人を祝福するかのように、二人の後ろに立つ。これは、何かあっても二人を支えられるようにとの配慮だ。
ただ、これを見ていたのは温泉ペンギン達だけではなかった。
「やっと、アイツも自分の気持ちを吐き出せたのね」
「シンジ君には勝てないなぁ。僕がリリンであれば、チャンスがあったかもしれない」
「は?」
続く
次回予告
第三村で送る日々は、シンジをより一層に強くした。
そして、時は近づいてくる。ヴィレの旗艦AAAヴンダーが第三村に来るらしい。その後は、最後の戦いに出撃する。
シンジは、最後の戦いに自分も身を投じる。
そして、恩師を想う。
次回 新世紀エヴァンゲリオン 「先生…」