【完結】ユイ君…本当にこれで良いのかね? 作:5の名のつくもの
シンジ君誕生日おめでとう!!
~冬月家~
「え…これって?」
「フフン!どうよ!アタシでもやれるのよ」
「私もやった」
珍しくNERVでの訓練が無く、学校から直で家に帰って来たシンジ。帰ってくるなり、リビングの光景に驚いた。普段と変わりないリビングだったが、テーブルにはケーキがドン!と鎮座していた。特段すごい豪華なケーキではなく、至って普通。オーソドックスで王道を行く、ショートケーキだった。殆どの食材が再生食材である、この世界では非常に珍しい。それだけでなく、クッキーに「HAPPYBIRTHDAY シンジ」とチョコで書かれている。達筆ではないが、とても気持ちがこもっている。気持ちがこもっていれば、なんだっていいだろう。
「フフッ、悪く思わないでくれ。彼女たちが自ら望んだんだ。私は君に悟られぬように、手回しはした。すまない、今回のことは一番の極秘だったんだ」
「そんな…僕に…そうか。今日は僕の誕生日だったんだ。レイ、アスカ。ありがとう」
そう、本日(6月6日)は碇シンジの誕生日だ。シンジは毎日に忙殺され、自分の誕生日を忘れていた。しかし、彼のガールフレンド達はしっかりと覚えていた。もちろん、彼の恩師だって覚えている。その彼女たちは彼に悟られないように、秘密裏に「シンジお誕生日おめでとう計画」を進めていた。それを裏から支援していたのは、老人だった。
そして、本日に、それが実行されたのである。
「ほら、今日ぐらいは大人しくしなさい。シンジが主役なの」
「座って」
「うん」
ケーキの目の前の椅子にシンジは座る。既に手洗いうがいは済ませてあるので、衛生面の心配はない。いつもは家事などの仕事をこなしている碇シンジ君だが、今日ばかりはゆっくりと過ごすべきだろう。2人のガールフレンドはその横に座る。本来なら距離を取るのだが、ピタッとくっ付いている。このくっ付きは、世界最強のネオジム磁石よりも強力だ。
その景色に老人は朗らかに笑う。普段はNERV副司令として世界を相手に戦っている御仁は、仕事では締まった顔つきをしている。しかし、今は真逆である。これほどに、心がポカポカする光景は無いからだ。さらに、年のせいでもあるだろう。
「どう?これ、アタシとレイで作ったのよ」
「すごい…僕のためだけにケーキを」
「碇君を祝うため。それだけ」
「レイ君とアスカ君は頑張っていたよ。私は傍から見ていただけだが、よくわかる。全ては君を祝うために、2人はな」
思わずか、思わずではないのか不明だが、シンジは俯いてしまった。心配になる行動だが、それは不要だ。なぜなら、彼は3人に聞こえるほど、激しく嗚咽をしているからだ。心からの喜びが噴き出してきた。彼の感情のダムが良い意味で決壊してしまったのだ。
毎日が辛い生活だったシンジにとって、こうして人に純粋に祝われるということが、本当に嬉しかった。他意がない、純粋な祝福。
「まったく、食べてもないのに」
「…(泣く)」
「碇君、口を開けて」
このままでは埒が明かないと判断して、レイはシンジに口を開けるよう促した。シンジは大きく口を開けた。レイは、開けられた口に器用にケーキを運び入れた。泣きながらではあるが、シンジはケーキを味わう。人間は食べれば、多少は落ち着く生き物だ。シンジは、泣くのを弱めて、満面の笑みで言った。
「こんなに美味しいケーキは無いよ。ありがとう」
「当たり前よ!あんたねぇ、もっと言う言葉無いの!?」
「まぁまぁ。彼は全ての喜びを込めて言ったんだ。変に長ったらしい言葉より、この一言の方が重い」
「ごめんね…こうやって祝われることが滅多に無いから」
「そ、そうね。ほら、まだあるから食べなさい」
シンジのシンプルな言葉だったが、それが一番彼の感情を表している。何でもかんでも事細かに述べるなんて馬鹿らしい。簡潔にまとめてこそ、意味があることがある。
左右を挟まれたシンジは、2人からケーキ攻撃を受ける。口が開けば、フォークが迫る。もちろん、フワフワ生地にホイップクリームがドレスしているケーキがついている。結構な頻度で繰り出されるが、見事にシンジは捌いている。甘味は高頻度で食べられるようなものではないが、こういう時には、そんなことは関係ない。嬉しくて、嬉しくて堪らないからパクパク食べられる。愛がこもったケーキなんだ。幾らでも食べられる。
ある意味で蚊帳の外に置かれている冬月は、時折茶を啜りながらニコニコしているだけだ。この3人の世界を邪魔するわけにはいかない。老人は静かにするだけ。これが一番の正解だ。癖の多いNERV職員の中で、一番の人格者で老練な冬月は非常に空気が読める。
「今更だけど、こんなに良い日を過ごしていいのかな?」
「碇君ほど頑張っている人はいない。享受するべき」
「レイの言う通りよ。この世界を救って来たのよ。シンジは」
「そう。シンジ君ほどの功労者はいない。今日の日は君だけの日なんだ。謳歌しなさい」
シンジはここまでされてしまい、恐縮した。しかし、事実として彼以上に頑張っている人間はいない。エヴァに乗って、命を懸けて世界を守って来た。時には大けがをして、物理的にも、精神的にも、とても辛い思いをしてきた。そんな少年が報われないなんてな。有り得ない、不条理なことが許されるだろうか?
答えは「否」だ。
感情が食欲を爆発させたシンジは、あっという間にケーキを平らげてしまった。一人で全部食べたわけではなく、レイとアスカとも食べている。冬月はノータッチだ。主役は3人のチルドレンたちだから、自分が入ることは無い。
さて、ケーキを食べたらだ。
相場は決まっている。
お楽しみのプレゼントだ。さすがに、プレゼントはレイとアスカは用意することはできなかった。なんにせよ多忙だから、ケーキを作るぐらいが限界だ。その代わりに、冬月が動いた。
「ちょっと、待っていてくれ。プレゼントを持ってくるからな」
「あ、はい」
シンジは食後のお茶でお腹を落ち着かせている。そのお茶も2人が淹れた。全て2人が用意している。冬月が動いたのは、ちょっぴりだけとなっている。しかし、そのちょっぴりは巨大だった。
戻って来た冬月は、大きなモノを持っていた。
「え?それって、まさか…」
「フッ…私とて無為無策ではないからな」
「さすがね、冬月先生は…あれを用意できるなんて」
冬月は丁寧に丁寧に、割れ物を扱う時以上にモノを静かに置いた。それは大きなケースで、特徴的な形をしているのを鑑みるに、これは楽器だ。
シンジが使う楽器。
まさか
「私が開けてはアレだ。君が、シンジ君が開けなさい」
「は、はい」
シンジはおっかなびっくりでケースを開けにかかる。割と堅めのロックをゆっくりと外していく。全てのロックが外されては、ケースをオープンするだけ。シンジは先の冬月並みに丁寧に開ける。
そこにいたのは…
「やっぱり…これは!」
「どうかね?私の伝手で手に入れたんだ」
「すごい…」
「これは…流石は冬月先生としか言えないわね」
そう、それは
「チェロ…それもかなりの」
「全て手作りの、職人が作り上げた逸品だ。どうも、年を取ると金を使う所が無いからな。丁度よかったよ。受け取ってくれ、シンジ君」
「もちろんです!ありがとうございます!冬月先生」
そこにあったのは、職人の逸品。最高級のチェロだった。こんなものをどうやって手に入れるんだと思われるが、冬月コウゾウのネットワークを舐めないで欲しい。また、お金はどうするんだと疑問に思われるだろう。NERV副司令のパワーなら、これはタダに等しい。
「好きな時に弾くと良い」
「じゃあ、早速」
「いいの?そんなアッサリと」
「良いも何も、僕のためにこんなに用意してくれたんだから。僕から何かさせてよ」
「碇君…聞きたい」
「すまんね、気を遣わせて」
「いいえ、本当に。嬉しいんです。だから…させてください」
「うむ」
シンジは恩返しと言うことで、このチェロを早速弾いてくれるようだ。本当に心優しい少年だ。こんな少年が苦しむなんて、あまりにも運命は非情過ぎる。だから、今日ぐらい彼を好きに過ごさせたい。
この後、本格的なチューニングをしてから、シンジによる小さな演奏会が行われた。
その演奏会がどれだけ素晴らしいものだったかは、言うまでもない。
誕生日おめでとう…碇シンジ君。
と言うことで、お誕生日記念回でした。