【完結】ユイ君…本当にこれで良いのかね? 作:5の名のつくもの
また、ちょっと考えたことがあり、アンケートで皆様のご希望を窺いたいと思います。ぜひ、ご回答ください。
奇跡によって世界は生命にあふれる大地を取り戻した。それは単にコア化やL結界密度が取り除かれただけでは終わらず、健常な季節を取り戻していた。奇跡を創りだした少年と少女…だった者たちは、今は季節相応を突き抜けた大寒波に襲われて身を震わせている。地形が変わってしまった影響で大寒波は山脈で漸減されず、第三村を直撃したため、気温は零℃を切って、ざんざか雪が降っている。この地域ではありえないことだ。
「寒いね…」
「さすがに寒いわ。故郷と比べても」
「ストーブがあってよかった」
「いや~こたつもありがたいよ~」
「これが冬というものか。なるほど、これは使徒である僕でも堪える」
嘗て走っていた旧二俣線の古い駅舎の中に設けられていた、駅員用の部屋にはこたつと電気ストーブが置かれている。この2つがあれば寒さをしのげるが、如何せん建物の構造上で寒さを完全にシャットアウトできない。室内でも防寒着に身を包んだ5人は身を寄せ合って互いに互いを温めるしかなかった。普段ならばこの部屋には、皆の祖父である冬月が在室している。しかし、今日は珍しく席を外していた。何か急な仕事が入ってしまったのかもしれない。NERV本部で長年副司令官を務め上げ、茶番とは言えWilleを圧倒する手腕を見せた老人は定年再雇用で働いている。
すると。
ガラガラ…
「あぁ。やはり私の執務室にいるのか。寒いことは承知しているが、少しご足労願えるかな。いや、すぐそこの旧公民館だよ。ちょっと、私なりのプレゼントを用意させてもらった」
「あ、そうか。今日はクリスマスか」
「そういえば」
皆が寒さのせいで、今日がクリスマスであることを完全に忘れていた。そう、今日は12月24日のクリスマスだ。プレゼントがこんにちはする日であろう。ただし、現在は誰にとっても困難な時期である。プレゼントを期待することは無駄だと思われた。
しかし、サンタはいた。
とっても身近にいた。
プレゼントがあるということなら話は変わってくる。こたつから皆ぞろぞろと出てきて、寒さを承知で移動する。幸いにも、駅舎すぐ近くにある旧公民館に行くので、寒さに晒される時間は少なくなる。ガチ仕様の防寒着を信頼し、彼らは公民館に向かった。
ぞろぞろと旧公民館の中に入ったのだが、中の照明が灯されていなかったので真っ暗であった。今まで誰も使用していなかったようだ。先に奥の方へ冬月が入っていき、電源をONしに行く。この真っ暗闇を迷わずに動けるのはなぜだろうか。視力は衰えているはずなのに。
「急に明るくなるだろうから、気を付けてくれよ」
古い照明のため急にMAXの明るさになる。それを注意するようにとのお爺の声が入ったことで各々が構えた。数秒経つと、予告通りで照明が大きな音と一緒に灯された。目が明るさに順応してくれると、彼らの前には驚くべき光景が広がっていた。
「これって…」
「いつか、皆でオーケストラを組みたいと言っていただろう。そこで、私の方で頑張らせてもらった。ただ全部を新造することは難しいから、学校に放棄されていた楽器を回収し磨き上げた。新品同様に仕上げたから、どうか勘弁してもらいたい」
そう、彼らの前には、まさにオーケストラがあった。正しくは楽器が置かれていた。グランドピアノからチェロ、バイオリン、オーボエ等など大量にある。どうやってこれだけを掻き集めたのか。お爺曰く中古品を集めたらしいが、本当にどれもこれもピカピカに磨かれている。新品と全く同じと言っても差し支えない程である。
「コア化から解放された近くの学校を調査と称して巡ったのだ。そこに保管されていた楽器の中でも、特に状態が良い物を選んで、密かに持ち帰った。こう見えて、私は音楽にも学があってね。さすがに弾いたりはできんが、直すぐらいなら可能だよ。エヴァを建造するよりかは、雑作もないこと」
「冬月先生…」
「もはや、何ならできないのよ」
「随分と力を入れちゃって。まったく、変わらない」
なんと、これらは全部冬月が直したらしい。別に自分でやらなくても、第三村の住民やWilleの技術部に頼めば簡単に直るはず。しかし、冬月はあくまでも自分でやることに拘った。プレゼントを買うことは誰でもできる。だが、全部を自分の手で準備することは並大抵ではないだろう。それだけ誠意がある。もちろん、買うことを否定するつもりはない。これは冬月なりの拘りの気持ちがあっての行動だった。
「すごい…Steinwayのグランドピアノだ。しかも、その中でも最高級の逸品。これを先生が修理から調律を」
「もちろんだ。私がやらねば意味がないからな」
いやいや、何なのだこの老人は。齢70を超えているのに、化け物じみた手の器用さを持ち合わせている。この人は本当に老いているのか疑問になってくる。修理するだけに留まらず、なんと調律までしてしまうのだから驚きだ。調律は超高難易度の作業である。言葉や文章で難易度を表すには適さないと言えてしまう。
このピアノについては、このメンバーの中で誰よりも触って来た渚カヲルが確認する。
鍵盤を優しく押して音を確かめてみた。
♪~♪~♪~
「音が見えた…?」
「こいつは驚きだねぇ」
「なんてこったい」
「音が見えることがあるの?」
誰もが驚いた。ピアノから放たれた音が可視化されたからだ。厳密に厳密を重ねれば、と言うか当たり前のことだが、音は見えていない。その通りだが、そう指摘することは野暮に尽きる。それだけ、音が綺麗だったことを言い表したかったから。ガチのプロまでぐらい音楽には詳しくなくても、感覚で分かるのだ。音が可視化するように感じること。それが如何に恐ろしいことかは、細かく言わずともご理解いただけると思う。
「どうだね?彼だけが触るのは不公平だ。好きな楽器に触りなさい。ちゃんと消毒もしてあるから、そのまま使ってくれても構わん」
皆が思い思いに楽器へと殺到する。シンジは昔嗜んだチェロに、レイは木琴に、アスカはバイオリンに、マリはオーボエにと。皆が楽しそうに楽器に触れている光景を見て、仕掛人の冬月はホクホク顔をしていた。これらを用意することは相当大変だっただろうが、こうして孫たちが喜んでくれたら。もうどうでもよくなるもの。誰よりも彼らの幸せを願う老人は労力を厭わなかった。
見た目は全くサンタクロースとは言えない冬月でも、この一時はサンタクロースでしかなかった。人を幸せにしたい心があれば、誰だってサンタクロースなのである。
そんな第三村の今日は、とても良い一日になりそうだ。