【完結】ユイ君…本当にこれで良いのかね?   作:5の名のつくもの

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ありがとう冬月先生。

そして、本当にお疲れ様でした。

冬月先生は皆の先生です。

ゆっくり休んでください。


ありがとう冬月先生

とある何でもない日

 

「先生。ありがとうございます」

 

「藪から棒に何かね?今更になって君が私に感謝することもあるまい。むしろ、感謝するべきは私の方だが」

 

第三村における冬月コウゾウ先生の部屋はもはや教え子たちのたまり場となっていた。実際に本日も一番の教え子である碇シンジ君がいた。暇な日には大抵の時間をここで過ごしている。そんな彼は本当に急で珍しく真剣に感謝を述べたため、受け取った老人は思わず面食らうことになった。

 

「なんか、こうして僕が真っ当に生きられていること。それは冬月先生のおかげだなって再認識したんです。第三新東京市に来てNERVに行って、エヴァに出会った時からずっと先生に導いて来てもらいました。昔は自分のことでいっぱいいっぱいだったので考える余裕はありませんでしたが、今になって振り返ってみると僕の人生は先生がいたからだなって」

 

「私のことを高く買い過ぎと言うものだ。いいかな?最初から最後まで君は自分の力で生き抜いた。それは私が保障する。だから素直に自分を認めなさい」

 

「わかっていますよ。それでも、先生がいなかったらを考えたら…絶句してしまいます」

 

今はこうして第三村で過ごす元14歳の少年にして28歳の彼だが、確かに自分で決めることを以て過酷な『定められし運命』を生き抜いた。数え切れない選択肢は他者に委ねることなく、相談することはあっても結局は自分で決めた。だからといって、全部が全部を自分の力のみで生き抜いたかと聞かれたら、当然ながら彼の答えは「否」となる。

 

そして、間髪を入れず、こう答えるだろう。

 

僕には先生がいからだと。

 

「父親に似て頑固なもの…」

 

「教え子の言うことを素直に受け取れないんですか?」

 

「む、卑怯な手段も使うか。やれやれ、碇とユイ君の子であり、私の教え子でもある。まったく、誰に似てしまった」

 

「それは先生です。僕の傍にいてくれたのは他でもなく、冬月コウゾウ先生だけでした」

 

彼の言葉には不足があり齟齬が生じかねないため軽く捕捉すると、自分に誰よりも寄り添ってくれた大人は目の前で詰将棋の問題を考える老人だった。彼にとっての大人は沢山いるにはいるが、常に彼の身を案じてくれて、常に彼の考えを尊重してくれて、常に彼を導こうとしてくれた大人は老いた教育者だけである。別に他の大人が悪いとは一言も言っておらず、ずば抜けてと表現するべきか迷うが、とにかく少年時代のシンジにとっては冬月は別格となる。

 

いわば、自分の祖父に等しかった。

 

それにしても、いきなり攻め込まれてたじろぎを隠せなかった。職務の範囲を超えた私生活でも黄金仮面の如きポーカーフェイス、揺れ動くことが無いに等しい虎徹心の2つが崩れている。老人は押し寄せる年には勝てないのであろう。確固たる信念を持って戦うことから解放されたためか、後を穏やかに自然に年を経ることを受容したらしい。

 

70を超えるご高齢な者は自然に老いることを望んだ。

 

「私も老いたな…あと少しか。遠くないいつの日か、私に天の迎えが来るだろう」

 

「冗談はよしてくださいね。さもないとリツコさんに若返りの技術を貰ってきます。まだ一緒にいたいんです」

 

「ならば老い先短い者に脅しをかけてはならんよ。私は嘗て生物学を嗜んでいた学者だ。生物学者の矜持として自然に逝きたく思っていることについてはどうか勘弁してくれ」

 

孫である碇シンジは「むぅ」と分かり易く不満の意を表明した。僅かでも少年心が

残っているため、彼が不満を示しても理解の余地がある。最後の最後には知れても、厳密には家族を殆ど知らない彼にとって、唯一無二の祖父に己の終わりを綴られては堪らなかった。もっと一緒に生きたいという、おそらく叶わない願いを秘めている。

 

対して、老い切ろうとする先生は最高の教え子の気持ちが痛い程に分かっていた。なぜなら、自分は悔しき別れを経験しているからである。少年の母親に対して何もできず見ているだけの悔やんでも悔やみきれない哀しい経験があった。だが、悔やむだけでは何も進まないのが人生である。過去を振り返らず未来を願って生きて戦い続け、命尽きる覚悟で少年に幸があることを願って戦った。そして、今まで見事に生き抜いた。

 

全てが終わった今においては、彼の両親並びに彼に赦されて世間一般に言われる老後を享受している。

 

「もちろんだが、この老後を不意にするつもりは毛頭ない。私に出来ることは何でもさせてもらい、君たちのためにわが身を捨てる覚悟を持っているよ。まだまだ見果てぬ夢がある若人のため、職務は全うさせてもらう」

 

「だったら、最期までしっかり僕たちのために働いてください」

 

「君に言わなくても。なんせ、そうしないと向こうでユイ君にこってり絞られてしまう。いくらなんでも、彼女に怒られるのは洒落にならない」

 

「そのためには、まず体を大事にしてもらわないとっと」

 

徐に面接用の椅子を立った彼は詰将棋ブックを読み込む老人の後ろに回る。何をするかと思えば両手を肩に置いて優しくもみ始める。孫のいるお爺さん達が願うだろう光景がこの場に広がった。

 

「長生きしてください。先生」

 

「シンジ君のためなら長生きしよう」

 

長生きしてください

 

冬月コウゾウ先生

 




清川元夢様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

ありがとうございました。

冬月コウゾウ先生

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