「……アレ? 何処だここ?」
気がつけば俺は見覚えの無い荒野に立っていた。周辺は黒い霧みたいなものに囲まれていて何も見えず、自分達がいる僅かな空間だけ霧が晴れているという奇妙な空間だった。
いや、本当に何処だよここ? 俺はさっきまで試合の舞台にいたはずなのに何で場所が変わっているんだ?
確か、試合の最中に緑谷の手から黒い帯みたいなものが大量に出て、それの一本がこっちに飛んできたからそれをはかいのつるぎで切り払おうとして……そこから先の記憶が全くない。 精神干渉系か瞬間移動系の個性の攻撃でも受けたのか?
「ここは……?」
「え? え? 何これ? ここドコ?」
見れば俺の両隣には、女戦士の姿となったはかいのつるぎと緑谷の姿もあり、二人も驚いた表情で周囲を見回していた。
「まさか……精神世界の類いか?」
周囲を見回した後、はかいのつるぎが何かを考えるような表情で呟く。
え? はかいのつるぎ、お前何か心当たりがあるのか? というか精神世界ってなんだよ?
はかいのつるぎの呟きを聞いて俺と緑谷が何かを聞こうと口を開こうとしたが、それより先に聞き覚えのない声が聞こえてきた。
「そうだね。精神世界。それが最も近い表現かもね」
声が聞こえてきたのは俺達の正面から。そちらを見ると先程まで誰もいなかった場所に、体は弱そうだが気の良さそうな兄さんと革ジャンを着たスキンヘッドの大男の二人が立っていた。
「その気配……お前らが緑谷の『中』にいやがった奴らだな?」
「っ!?」
「僕の、中に?」
気の良さそうな兄さんと革ジャンの男に向かってはかいのつるぎがそう言い放ち、それを聞いた俺はすぐさま臨戦態勢を取る。しかし当の本人の緑谷は話について行けず困惑した表情を浮かべるだけであった。
「落ち着いてくれ。僕達は君達の敵じゃない。……簡単に言うとここは緑谷君の『個性』の中で、僕達は個性の一部みたいなものなんだ」
臨戦態勢を取った俺に向かって気の良さそうな兄さんはそう言うのだが……ここが緑谷の「個性」の中? 気の良さそうな兄さんと革ジャンの男が個性の一部? なんか、凄まじいことを言わなかったか、今?
「…………………………っ!?」
ほら見ろ。緑谷なんて驚きのあまり、目を限界以上に見開いているじゃないか。
「ここが緑谷の個性の中だぁ? お前達みたいなのがいるってことは緑谷の個性は単なる増強系の個性じゃないってことか?」
はかいのつるぎが聞くと気の良さそうな兄さんは仕方なさそうに苦笑を浮かべて口を開く。
「こうして会ってしまった以上、下手に隠すわけにもいかないね。……そう、緑谷君の個性は増強系の個性ではなく『個性を譲渡する個性』なんだ」
……!? おい、今何て言った? 個性を譲渡する個性? それじゃあ緑谷は個性が遅咲きで目覚めたわけじゃなくて、元は本当に無個性だったところを誰かから個性を譲渡されたってことか?
「………」
俺が緑谷の方を見ると緑谷は申し訳なさそうな顔となって頷いた。……本当ってことかよ。
「緑谷君のことを責めないでくれないか。この個性のことは出来るだけ秘密にしなければいけなかったからね。……君も、できたらこの事は周りに言わないでほしい」
気の良さそうな兄さんの言葉は理解できる。個性を譲渡する個性なんて、この何をするにも個性が前提となっている現代の超人社会にどんな影響を出すか予想もつかないからな。
そういえば昔ネットで他人の個性を奪ったり、逆に与えたりする個性があるって都市伝説があったけど、あれって本当だったのかよ。聞いた感じ奪うことは出来ないみたいだが、譲渡……与えるところなんかそのままじゃないか。
「それで話を戻すけど、僕達は緑谷君より前にこの個性を使っていた者達の残留思念のようなもので、本人はもう死んでいるんだ」
気の良さそうな兄さんの言葉にはかいのつるぎは納得したように頷いていて、俺も納得した。彼女が言っていた魂のような感じとはそういう意味か。
「この個性は使用者の思念の他に、その人が鍛えた力や本来持っていた『個性』も蓄える効果がある。そしてさっき緑谷君が見せた黒い帯のようなもの。それが……」
「俺の個性『黒鞭』さ! ようやく俺の出番さ! 待ちくたびれたさ!」
気の良さそうな兄さんの言葉の途中で、それまでずっと黙っていた革ジャンの男が急に話し出したかと思うと、両手の人差し指で緑谷と俺を指さした。
「緑谷お前さ! 試合の時にそこの坊主を拘束したいとか思わなかったか?」
「あ、はい。僕が黒岸君に勝つにはまず黒岸君の両腕を封じなきゃと思って……」
革ジャンの男は緑谷の言葉に頷くと、自分の手からあの時緑谷が見せた黒い帯のようなものを出して見せた。
「多分その思いに引き寄せられたんだろうさ。俺の個性『黒鞭』は相手を拘束するのに適している便利な個性だからさ」
「だけど……いくら緑谷君がこの個性の今の使用者で強く願ったとしても、『今』はまだ黒鞭を呼び出せるはずがないんだ」
革ジャンの男の言葉に気の良さそうな兄さんが不思議そうな表情で言い、それを聞いたはかいのつるぎが気の良さそうな兄さんを見た。
「呼び出せるはずがない? 実際緑谷は黒鞭とかいう黒い帯を出していたぜ?」
「うん。そうなんだ。……考えられる理由はワン……いいや、この個性が『もう一つ増えた』からかな?」
「ええっ!? ワン・フォ……じゃなくてこの個性がもう一つ!?」
考えながら言う気の良さそうな兄さんの言葉に緑谷は信じられないとばかりに叫ぶと、気の良さそうな兄さんと革ジャンの男も自分達でも信じられないといった表情で頷く。
「うん。信じられないけどそうなんだ。普通この個性は次の使用者に譲渡すると、前の使用者に『残り火』が残るがそれも時間が経つと消えてしまうはずなんだ。……でも最近になってその残り火が急に勢いを増して、時間が経っても消えないくらいに回復したのを感じたんだ。そして残り火の回復は緑谷君に移ったこの個性にも影響を与えているみたいで、黒鞭が出たのもその影響かもしれない」
「個性の残り火……!? それが勢いを増して、消えない……!? ああ……!」
気の良さそうな兄さんの言葉に緑谷は何故かその場で両膝をつき、感極まったように涙を流し出した。
緑谷の奴、一体どうしたんだ? ……だけど今の話って要するに今にも消えそうなくらい弱まった個性が回復したってことだよな? なんかどこかで聞いたような話なんだが気のせいか?