一人の男の話をしよう。
その男は自分に対して強い自信を持っていることを除けば普通の正義感の強い人間で、「自分の力を正しいことに使い、いずれは歴史に名を残す偉大な人物になりたい」という志を持って地元の高校のヒーロー科へと入学した。
しかし男は悪意は無いが周りとどこかずれていた思考が悪い方へ働き、四度の仮免試験に四度も落ちて留年。高校から自主退学を勧められる落第生となってしまう。
そして男が十八歳の時。ビルの清掃作業員が転落しかけた現場に居合わせた彼は、自らの個性を使い清掃員を助けようとするが、この行動によって丁度救助に駆けつけたヒーローを妨害してしまった。結局救助は間に合わず清掃員は重傷となり、男自身も公務執行妨害で逮捕されてしまう。
この事件が原因で高校を退学して両親からも勘当された男は、地元から遠く離れた場所でフリーターとなり、二十二歳の時に学生の頃から成績優秀でプロヒーローとして活躍をしているかつて高校の同級生と再会をする。だが再会したかつての同級生は彼のことをすっかり忘れており、それが切っ掛けで男は歪んだ「夢」を懐きその準備を始めた。
かつての同級生と再会をして歪んだ夢を懐いた男はその夢を叶える為の準備を始めて、ここまでは「本来の歴史」と全く同じ流れであったのだが、それから数年後に「本来の歴史」には無い出会いが起こった。
男が出会ったのは、かつての自分と同じくヒーローを目指す一人の少年だった。
少年は「常に健康である」という、ほぼ無個性の存在であったがそれでもヒーローになるという夢を懐いていて、そんな少年の姿に昔の自分を重ねた男は、仕事の合間に紅茶の差し入れをしつつトレーニングのアドバイスをするようになる。そして少年が十歳になった時、彼は少年の身に劇的な変化が生じたのを目の当たりにする。
それまで「常に健康である」だけの少年の個性が、とあるゲームの魔法を使える強力な個性に変化した上、個性だけでなく少年の性格も変化が生じたのだ。まるでたった一夜で十年以上も何かの経験を積んだような雰囲気を纏い、今まで以上に真剣かつ必死にヒーローになるためのトレーニングに取り組み、そんな少年の変化を見た男の胸に一度は捨てた「夢」が浮かび上がる。
自分より歳下の少年がここまで大きな成長を出来たのだから、自分もまだ成長を出来るのではないか?
何より少年がこんなに必死で夢を追い求めているのに、自分が最初の夢を諦めて妥協して恥ずかしくないのか?
何の根拠のない希望と僅かばかりの矜持から男は、歪んだ夢ではなく本来の夢を、すなわちプロヒーローの道を選ぶことを決意する。
それから男はヒーローの資格試験に再び挑み、奇跡的に合格をすると今まで貯えていた資金を使って小さな事務所を立ち上げた。事務所を立ち上げた当初は、何の実績も無い上に前科があるせいで中々経営が上手くいかなかったが、ここで二度目の出会いが起こる。
街をパトロールしていた男は、一人の女性が今まさにビルの屋上から飛び降り自殺をしようとしている場面に遭遇する。女性は周りの人達の呼びかけも聞かずにビルから飛び降りたのだが、そこで男は自らの個性を使い女性の身を守ることに成功した。
図らずとも男が十八歳の時の、破滅した時と同じ状況であったのだが、今回彼は失敗することなく見事に「自分の力を正しいことに使い」一人の女性の命を救ったのである。
飛び降り自殺をしようとした女性を助けたことで男は、少しだけだが人々からの信頼を得たのだが、今回の件で得られたのはそれだけではなかった。
なんと男の元に、飛び降り自殺をしようとした女性自身がやって来て「貴方の力になりたい(役に立ちたい)」と言ってきたのだ。その女性は他者を援護するのに有用な個性の他に高いプログラマーとしての能力を持っており、それらを使って男の補佐をして、更に彼の元に訪れた一年後にヒーロー資格を取り正式に男のサイドキックとなる。
人々からの信頼と便りになるサイドキックを得た男は少しずつだが確実に成功をおさめ、今ではそれなりに名が知られるヒーローへとなっていた。
一度は地に墜ち、そこから這い上がってヒーローとなった男。彼の名は……。
「ハッハッハッ! いやぁ、よく来てくれたね! 我が弟子、黒岸君! いや、ここではアバンナイト君だったね!」
「ようこそ、アバンナイト君! ジェントルと一緒に歓迎するわ!」
体験学習初日。体験学習をするヒーローの事務所へと行った俺は、そこで二人のヒーローとサイドキックから熱烈な歓迎を受けていた。
相変わらずテンション高いよな、この人……。
「お、お久しぶりです……。飛田さん」
「ノンノン! いけないよ、アバンナイト君? ここではお互いにヒーロー名で呼び合わないと。だからここでは私のことは飛田弾柔郎ではなくジェントル・ジャスティスと呼んでくれたまえ」
「ジェントルの言う通りよ。だから私のことも相場愛美じゃなくてラブラバって呼んでね」
俺が久しぶりにあった知り合いに挨拶をすると、その知り合いである本名飛田弾柔郎ことジェントル・ジャスティスさんが指を振って訂正をして、サイドキックである本名相場愛美ことラブラバさんもそれに同意してきた。
うん。予想していたけど、中々賑やかな所だよな、ここ。この体験学習は退屈だけはしそうにないな……。