夢の中でTSして女になる男、夢日記をつけはじめる 作:(ノ≧▽≦)ノ
──ガタンゴトン、ガタンゴトン。
誰一人としていない"電車"の中──俺はテーブルつきの椅子に座り、四肢をのばしただらけきった格好で、怠惰を貪っていた。
──ガタンゴトン、ガタンゴトン。
いや、俺がいるのだから『誰一人としていない』というのは不適切か。
とはいえ、俺を『一人』としてカウントしていいのかは疑問である。
そう思いながら俺は体を起こし、ここにきてから何度も見てきた窓に、今一度視線を向けた。
「やっぱりこれって──"人魂"、だよなぁ」
手足の感覚はある。
頭を働かせることも、体を動かすこともできる。
でも、景色を映さない
「……………………」
頭をおろして視線をさげてみても"人魂"は確認できない。──それどころか、自分の体も確認できない。
──ガタンゴトン、ガタンゴトン。
「まるで、透明人間にでもなったみたいだ」
もちろん、見た目だけの話であり、中身は透明人間とは別物だ。
クソッタレな鏡の窓も、不気味な電車の出入口も、無人の運転室も──どこにも、入れない。どこにも、出られない。
──ガタンゴトン、ガタンゴトン。
「あぁ、クソッ。また、眠たくなってきやがった……」
この意味不明な場所に閉じ込められてからずっと、短いスパンで訪れる眠気に悩まされている。
"電車"に"人魂"、考えたいことはたくさんあるというのに。
……まぁ、考えたところでどうにもならない問題な気はするが。
「あーあ、前回見たような夢をまた見れたり……しねぇかなぁ」
──前回見た夢。
あの夢の中で、俺は女になっていた。それも、とびっきりの美少女に。
なにもない、なにもできないこの場所では、そんなものでさえ希望になってしまうものだ。
美少女になる……というのはひとまず置いといて、重要なのは、『美少女を見れる』ということ──つまるところ、眼福というやつである。俺は、美しいものはいくら見ても飽きないタイプなのだ。
……毎回、あんな夢を体験できるのなら、この眠気に対する苛立ちも少しはおさまるというのに。
──ガタンゴトン、ガタンゴトン。
「も……ぅ…………げん…………ぃ………………」
目の前の真っ白なテーブルに、頭が吸い寄せられていき──
──電車が奏でるBGMに包まれながら、俺は自身の腕を枕にして、睡魔に身を任せていった。
◇
──暗い部屋で、女が一人、机に向かう。
「ふんふんふーん、ふんふーん」
女は、鼻歌交じりにノートを開く。
桃色の、かわいらしいノートを。
「ふーんふんふーん」
左手でノートをおさえた女は、右手に持つ鉛筆を動かし、ノートに文字を書き連ねていく。
「ふーん、ふんふふーん」
墨色の筆先は、赤色のインクを吐きだしており──女の書く字、書く字をことごとく赤色に塗りつぶしていった。
──ノートが、赤に染まっていく。
「……………………」
鼻歌はやみ、筆を走らせる音だけが部屋に響く。
ノートの一頁全体を赤色に変えた女は、ノートをおさえる自身の左手に目を向けた。
──色白でしなやかな、女性らしくキレイな手。
女は、左手の甲に右手を振りおろす。
筆先が勢いよく女の左手に突き刺さり、大量の黒い血が流れ────
◇
「────うお!?」
そのあまりにもショッキングな光景に、眠りから覚める。
「…………この前見た夢は、普通に穏やかな内容だったのに……」
──自撮りをするが、撮れた写真が気にくわなかったのか、再度自撮りをしはじめる……それを繰り返す、延々と。
前回見た夢は、そんな感じのほのぼのとしたものだった。
「しかし、二回目とはいえ、この感覚には未だに慣れんなぁ。……酔うというか、なんというか」
夢の中で俺は、あの女になっていた。
今回の夢だって、ノートをおさえたり、文字を書いたり──それらを自分が行っていると認識していた。
でも、それとは別に──外からあの女を見ている自分も、確かに存在していたのだ。
言わば、己が二人いるかのような感覚。
『夢特有の謎現象』と言ってしまえば、それまでの話ではあるが。
「いやまぁ、新時代のVR体験! と言えないこともないだろう」
俺は、そうポジティブに考えることにした。
漫画も小説もゲームもアニメも映画もない、娯楽とは無縁なこの"電車"で見つけた『それ』を、ただの『ぬか喜び』にしたくなかったから──
「…………。……お?」
視界の端に奇妙なものを見つけた俺は、首をかしげる。
──俺が先ほどまで頭をのせていたテーブルのすみから、チラリと覗く"桃色"の主張。
「…………あぁ、クソ、クソッタレ。下手なホラーゲームより、よっぽど怖いじゃねぇか」
だがしかし、気づいてしまったんだ。確認しないわけにもいかないだろう。
「ふぅ……。────よしっ」
一息ついて気合いを入れた俺は、意を決して、桃色の物体を視界の中心におさめた。
「む……こりゃあ、やっぱり──夢で見たあのノート、だよなぁ」
その桃色のノートを手に取ろうとして──フラッシュバックする、夢の記憶。
『──ノートが、赤に染まっていく』
『女は、左手の甲に右手を振りおろす』
「あぁ……クソッタレが。あれは夢だ。夢、夢!」
自分に言い聞かせるように「夢、夢」と繰り返し唱え、膨らんでいく嫌な想像を振り払う。
俺は、改めてノートに手をのばした。
「…………ふっ!」
カルタで札を取るかのように高速で腕を動かし、一瞬だけノートにふれる。
「…………なにも起きない、な?」
しばらく待ってみても、特に異常と思われる事態は発生しない。
「開けてみるか」
──もしかしたら、この場所から脱出できるヒントが見つかるかもしれない。
危険ではあるが、この状況を打破する契機になり得る情報を逃したくなかった。
「どれどれ、中身は──うお!? こ、これは、鉛筆か。…………驚かせやがって」
ノートを開いて中を確認した俺は、ノートに挟まっていた鉛筆を手に取ってみる。
「これも、夢にでてきたやつだな」
『墨色の筆先は、赤色のインクを吐きだしており──』
「……試してみるか」
俺は夢で見た光景の通り──開いたノートを左手でおさえ、右手に持つ鉛筆で、恐る恐る文字を書いてみた。
…………書いてみた、のだが。
「この鉛筆も異常なし、と」
夢の中とは違い、俺が書いた文字はその鉛筆の見た目通り、墨色で描かれていた。
「つまり、両方ともなんの異常性もない『ただのノート』と『ただの鉛筆』ということか?」
──安心したような、肩透かしのような。
「……脱出には使えそうにないが、絵や文字を書けるのはいいな。いろいろと暇をつぶせそうだ」
ノートを相手に鉛筆を動かす自分を想像していく。
「……………………」
あー…………絵は、ダメだな。
そういえば、俺は絵心がないんだった。学生のころ、絵を描いて親友に見せたとき『これ、園児が描いたの? 心が暖かくなる絵だなー』と、クソほどあおられた記憶がよみがえる。
「よし、絵はやめよう」
じゃあ、文字はどうだろうか?
小説は…………こんな場所だと、インスピレーションがわいてこないだろう。却下。
詩は…………詩に使えそうな、おしゃれな言葉なんて学んでいない。却下。
「うーむ」
俺の退屈しのぎになって、なおかつ、面倒にならない程度に頭を使うのがベストなのだが。そんな都合のいいものなんて──
「あっ。……日記なんてどうだ?」
いいことを思いついた、と思い声にだしたが……いや、やっぱりダメだな。
「書くネタがなにもねぇ」
せめて、あのクソ窓がキレイな景色でも映してくれていれば、『今日は、こんな景色が見れた』という感じで書いていけそうな気はするんだが。
「そういえば、あの女はノートになにを書いていたのかねぇ」
それを確認している途中だったことを思いだした俺は、ノートに手をかける。
……決して、ノートに挟まっていた鉛筆に驚いて、確認し忘れていたわけではない。
「……俺は一体、誰に言い訳をしているんだ」
なんとなく気恥ずかしくなって、少し速めにパラパラとノートをめくってみるが、どのページにも、なにも書かれていなかった。
もちろん、赤色に染まったページなんて存在しない。
「はぁ……。所詮は夢か」
────夢?
夢…………夢か。
これなら、いけるかもしれない。
「────夢日記」
そう。現時点で俺にとって一番の娯楽である『夢』を、日記につけていく。
問題は夢を見る頻度だが、『夢日記をつけていくと、夢を覚えていられるようになる』という話を聞いたことがある。
だから、夢日記をつけることで、この問題は自然と解決していくかもしれない。
そうなれば、『夢』をたくさん見ることができる。まぁ、先ほどのように恐ろしい夢を見る可能性もあるが……ホラー映画を鑑賞する気分でいこう。よし、そうしよう。
「────決めた。今日から俺は、夢日記をつけるぞ!」
「あっ」
…………日付はどうしよう。
「……………………」
『寝たら一日経過』でいいか。
◇
【3日目】
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──自室で宿題をする女。
女の手元には、二問しかない算数のプリント。
『第一問:4 - 1 = 』
『第二問:30 - 1 = 』
「うーん……」
女は、鉛筆を使ってプリントに答えを記入していく。
『第一問: 4 - 1 = 4 』
『第二問:30 - 1 = 30 』
──ガチャッ。
女が答えを書き終えた、ちょうどそのとき──『女の姉』が、部屋に入ってきた。
ニコニコしながら、プリントを確認する姉。
「まーる!」
姉は女の解答に丸をつけると、そのプリントに問題を一つつけ足した。
『問題! 神様の名前は?』
女は、ひどく焦った様子で『姉の名前』を書こうとする。
しかし、筆先がしなってしまい、うまく書けずにいた。
「チッ」
それを不機嫌そうに見つめる姉。
「ひっ……あ、あぁ、ぁ…………」
女は青ざめながら、鉛筆を鉛筆削りにセットした。
──ギコギコギコ。
女の爪が、削りカスとしてたまっていく。
鋭くなった筆先で、追加された問題の解答欄に『姉の名前』を記述した女は、姉の顔色を伺った。
不機嫌な様相が消え去り笑顔を浮かべる姉に、女はほっと胸をなでおろす。
その直後、女の目に消しゴムを入れようとする姉の姿が────
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「────っと。……これは、日記というより、小説だな」
三度目の睡眠でようやく見ることができた夢をノートに記録した俺は、そう呟いた。
女の視点で進んでいく夢の出来事を、一人称で書くというのが……なんか、イヤだったのだ。
俺は美少女を見るのは好きだが、別に美少女になりたいわけではない。
幸いなことに、一人称視点と三人称視点の両方で夢を見ているため、小説として書くのは、そこまで苦ではなかった。
「それはさておき──さて、今回は鉛筆削りと消しゴムを手に入れたわけだが」
二つともノートのときと同じように、テーブルの上に置かれていたものだ。
どちらも、文字を書くうえで重要なものだ。入手できて良かったと思うことにしよう。
……どうしても、気味悪く感じてしまう自分がいるが。
「……………………」
戦利品? を脇に置き、ノートを上から見返していく。
「……しっかし、改めて見ると突っ込みどころ満載だなー、おい」
今回の夢は、初っぱなからぶっ飛んでいた。あの女の見た目で"算数"のプリントとか、おかしいだろう。ガキがやるような内容だったぞ?
「あの女は絶対、中学生以上だ」
──女性らしい、低めの背丈。
──艶やかな、キレイで長い黒髪。
──キリリとした、整った顔。
──モデルの如し、抜群のスタイル。
少なくとも、小学生低学年ではない。
「おまけに、解答も間違っているときた。なんで、4 - 1 が 4 なんだよ。夢の中で吹きそうになったわ」
まぁ、俺は『自分が行動している』と認識しているだけで、夢の中を自由自在に動き回れるわけではない。
だから、吹こうにも吹けなかったのだが。
そこまで考え──ふと、懐かしさを覚える。
「……あぁ、なんだ? デジャブ感がハンパねぇ」
こんなこと、前にもどっかで──
「──思いだした。あれだ、あれ。B級映画鑑賞」
クソッタレなバカげたサメどもに、突っ込み入れまくっていたときと同じ感覚だ。
……確かに、『突っ込みどころを見つけて楽しむ』という部分は、共通しているかもしれない。
「なんてこった。俺が見ていたものはB級映画だったっていうのか? 金も払わず、寝るだけで見れるってんだから最高だな、クソッタレ」
そのうち、夢にサメが登場するってか?
──思わず夢想してしまう、女がサメに喰われるシーン。
「んなわけねぇよなぁ……。ハッハッハ!」
……いや、笑えんな、これ。
クソみたいな妄想をやめ、夢日記に目を通す。
「あぁ、あとは…………そうだ、姉もいたな。あいつも変なやつだった」
なんだよ、"神様"って。アバウトすぎて意味不明だ。ひねくれたやつなら、自分が知っている神様の名前を全部書くだろうな。
あと、笑顔と冷たい表情のギャップが凄まじかった。別人かと思ったほどだ。
「正直、ノートの夢よりもあいつの方が…………いや、今回の夢の方が怖かったな」
──そう、怖かったんだ。
前々回の夢も、前回の夢も──夢の中で俺が抱いた感情は、全て俺のものだったはずだ。
だが……だが、今回の夢では明らかに、俺以外の誰かの感情が、俺の中であふれていやがった。
──なぜ、俺はあの部屋を『自室』だと思ったんだ? 『俺』は、あんなキレイな部屋に住んでないぞ?
──なぜ、俺はあの女が『自分の姉』であることを知っていたんだ? 『俺』は、一人っ子で姉なんていないぞ?
「それだけじゃねぇ」
機嫌を悪くした姉に抱いた"恐怖"は──
機嫌を良くした姉に抱いた"安心"は──
その感情を抱いていたのは、俺ではなく────
「────はぁ……。やめだ、やめだ」
俺はため息を一つつき、思考を切り替えようとする。
もし仮に、この夢の出来事が『どこかで起きている』あるいは『起きていた』ことなのだとしても──
──少なくとも、俺はあの女のことを知らねぇんだ。
「…………だったら」
──それは、画面の中の出来事と同じものだと言えるだろう。
「ハハッ」
……こういうクズな思考回路をしているから、こんな責め苦を味わう羽目になっているのかもしれねぇな。
◇
【8日目】
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女は、水の中にいた。
女は、苦痛に表情を歪めていた。
──女の前に、一匹のサメが現れる。
『汝、なにを望む?』
女は、左腕をバタつかせた。
──女の左腕を、サメが食す。
女は、表情を和らげた。
『汝、なにを望む?』
女は、頭をさげた。
──女の髪を、サメが食す。
女は、表情を和らげた。
『汝、なにを望む?』
女は、泡を吐きだした。
──女の口を、サメが食す。
女は────
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『────汝、いつまで夢に浸っているつもりだ?』
……………………。
『今の汝が向き合うべきは、夢ではなく、現実である』
……………………。
『現実逃避で得られるものは、無価値な老いと、無意味な安寧──それだけだ』
……………………。
『汝、そんなもののために、己の時間を無駄にするのか? そのことにどれだけの──』
「────だあぁーっ! うるせぇよ!? なんなんだよ、なんでいるんだよ、なに言ってんだよ、わけわかんねぇよ…………わけわかんねぇんだよぉ!?」
『……汝、もう少し落ち着きを持つべきではなかろうか?』
「こ、この状況でっ──自分の隣に"サメ"がいるなんて状況で、誰が落ち着いていられるかぁ!?」
これも夢だろう? 夢だよな? 頼むから夢であってくれ!