夢の中でTSして女になる男、夢日記をつけはじめる 作:(ノ≧▽≦)ノ
『────か?』
声が聞こえる。
『き──え──?』
優しい、ソプラノの音。
『聞こえますかー?』
「うお!?」
……そんな暖かみのある音色とはいえ、急に耳元で言われたりすれば驚くに決まっている。
「うぉー……。耳がキーンってするぞ…………クソッタレ」
誰の仕業か確認するべく、俺は辺りを見回した。
「誰もいない……?」
周囲には、どこまでも続く真っ暗な闇が広がっている。
人の姿は、ない。
暗いから見えない、という話ではない。
自分以外の生き物の気配が、しないのだ。
──バカな。それじゃあ、さっきの声はなんだというのだ。
『おっと、これでは気づけませんねー。……ここですよー。ここ、ここ』
──足元をつつかれる感覚。
俺はツンツンされた足元に、反射的に目を向けた。
そこにいたのは──
「こ、小人!? ……いや、妖精か?」
──光り輝く白い羽を背中に生やした、手のひらサイズの人間だった。
『私はー、小人でも妖精でもないのですよー。────"天使"。それが、私の種族名です』
「て、てんしぃ?」
なんとも胡散臭いことこの上ないが…………しかし、この存在を的確に表現することができない自分がいるのも、事実だ。
『はーい、天使なのですよー』
「…………あぁ、そうかい。それで? その天使様が俺になんのようだ?」
『あなたに"救い"を与えにきたのですー』
「はあ?」
『ですからー、救いですよー、す・く・い! ねー、あなた、救われたいのでしょー?』
……ヤバい。こいつがなにを言っているのか、本気でわからない。
「人様に伝わるように言葉を並べてくれるだけ、宗教勧誘の方がまだましだな」
『ひどいー』
「俺自身、俺にとってなにが救いになるのかわからないっていうのに、いきなり『救いを与える』だなんて言われてもな」
『……………………』
「……あんたには悪いが、『天国へのお迎えにきました』と言われた方が信用できる。天使のイメージ的にも」
いや、俺なんて地獄行き確定だろうから、実際にそう言われてもいぶかしみそうではあるが。
『……むぅー、仕方ありませんねー。────■■■さん』
「あ?」
なんでこいつ、俺の名前を知って──
『──私の目を見てください』
────ドクン。
突然目の前に移動してきた天使を見て、俺の心臓は大きく鼓動した。
……………………。
しかし、それだけだ。
「な、なんだ?」
『あ、あれー? おかしいですねー。…………もしか……て、アイツ……し……ざ?』
後半はよく聞き取れなかったが、どうも、俺に対してなにかをしようとしたのは間違いないみたいだ。
天使から数歩、距離を取る。
「おいおい……。……あんた、俺になにをするつもりだったんだ?」
『……………………』
天使はなにも言わない。
「都合が悪くなるとだんまりか。詐欺師としても二流だな」
『……………………』
あおってみたが、それでも、天使は無言を貫いた。
──なにが目的で、なにをしようとしたのか、なんの情報も得られない。
「…………チッ」
舌打ちを一つつき、一歩、また一歩と天使から離れていく。
天使はただ、不気味にゆらゆらとうごめいていた。
──その瞬間、世界から光が消失する。
「なっ」
いや、違う。
あいつの羽が光らなくなったのだ。
『きょうこうとっぱー!』
そんなふざけた言葉と、
「…………あ?」
砂が目に入ったかのような違和感を最後に──
────俺の意識は、急速に遠のいていった。
◇
「────んあ?」
『お、起きましたかー……』
…………うまく、状況が飲み込めない。
目の前のちっこいのは、確か──
「──天使、様?」
『え、えぇー……。私はー……天使、ですよー……。ゼェ、ハァ…………』
そうだった。
俺は、天使
それにしても──
「天使様、なんか疲れてないか?」
『いえいえー、そんなこと、ないですよー……。ふぅ…………』
「そ、そうか」
明らかに疲れているが……本人が否定しているのだから、余計な詮索はしないでおこう。
「えーっと、そうだ。なんか見せてくれるって話だったよな?」
『……えぇ、そうですよー。"とびっきりスゴいもの"をお見せしましょー!』
「おぉ、それは楽しみだ」
"スゴいもの"の詳細はなにも知らないのに、どういうわけか、これから見るものが楽しいものだと思えて仕方なかった。
『──とやぁ!』
天使様がやや気の抜けるかけ声をだすと、スクリーンのようなものが空中に出現する。
「天使様、これは?」
『ここにねー、楽しい映像が流れるんだよー!』
「なるほど」
俺は内心、年甲斐もなくはしゃいでいた。
天使様が見せてくれる楽しい映像とやらを、早く見たくてしょうがなかったのだ。
──あぁ、楽しみだなぁ。
スクリーンに映像が映る。
俺が、映っていた。
人魂ではない、人としての俺の姿だ。
『これはねー、あなたが死ぬ間際の映像なんですよー』
「…………ぇ」
『夢破れたあなたはー、自暴自棄になってSNSで失言を繰り返しちゃったんですねー。その結果、大炎上しちゃってー』
「………………」
『それでー、ストレス解消のためにお酒を買おうとしてー、深夜に、自転車でコンビニへとでかけたのですー』
「………………ぁ」
『そしてー…………ここっ! 今流れた映像の通りー、このタイミングで、彼女とぶつかってしまったのですねー』
「……………………」
『頭の中がお酒のことでいっぱいだったのでしょー。まー、それ抜きにしても
「……………………」
『なにはともあれー、この事故で、あなたは死んじゃったのですよー。…………どー? おもしろかったー?』
「────めっちゃ、おもしろい!」
『ふっふっふー。でしょー?』
なんだこれは。
こんなおもしろい作品があっていいのか?
おもしろい、おもしろい!
あぁ、ずっと見ていたい。
『実はー、もう一つ、おもしろい映像があるんだよねー』
「なんだって!? それは本当か、天使様!」
『この私がー、嘘をついたことがあったかなー?』
「ない!」
『つまりー、そういうことなのだー』
あぁもう。ほんと、この天使様は最高すぎる。
『──とやぁ!』
次に流れた映像は、俺が殺した女の──『
『────いじょー、終わりー! どうだったー?』
「最高におもしろかったぞ!」
『おー、それは良かったのだー』
「そういえば、俺と彼女は死んだという話だったが、それは本当か?」
『ふっふっふー、ほんとだよー? でもねー、なんとー! 私が二人を生き返らせたのですよー!』
「ちょっ、マジかよ! 神様、最高だな!」
『私はさいこーなのですよー。…………おろ?』
俺と天使様の会話を邪魔するように、この暗闇の空間に、明かりがさした。
「──天使様!」
『アイツ、また邪魔を……!』
「て、天使様?」
どうしたのだろう?
天使様の様子がおかしい。
この明かりは、天使様にとっても想定外のものなのだろうか?
『…………こほん。あー、なんでもないよー。えっとねー、もう少ししたらー、ここは消えちゃうみたいなんだー』
「えっ!?」
『大丈夫、大丈夫ですよー。あなたには、私の"夢"をたくします。────向こうの世界で自分がなにをすればいいか、わかりますね?』
天使様の瞳に、キラキラとした美しい模様が浮かびあがる。
それを見ているだけで、心の内からやる気がみなぎっていく。
────天使様の望みを叶えたくて、たまらなくなる。
「あぁ、もちろんだ。──あの女の姉を、ぶん殴ればいいんだろう?」
俺の言葉に、天使様は満足そうにうなずいた。
────暗闇が、晴れていく。
◇
「……………………」
戻ってきた。
あの、すばらしい電車の中に。
「────あぁ、清々しい。いい気分だ」
『あっ! お兄さん! 良かった…………無事だったんですね』
「お、猫ちゃんか。戻ってきて早々で悪いが、俺はこの電車から降りないといけないんだ。……本当は、まだ乗っていたかったのだが」
『え、え? 降りるって、どうやってですか?』
「なに、すぐにわかるさ」
『…………?』
俺の言葉のすぐあとに、電車が停止した。
『うそ…………。ずっと、動き続けていたのに』
驚いている猫ちゃんを尻目に立ちあがる。
「よしっ。じゃあ、行くとするかな」
『なっ!? 本当に降りるのですか? あの、危険では──』
「──なんでだ?」
『…………え?』
「どうして、危険なんだ? 天使様がお導きの世界だぞ? 恐れるものなどなにもないではないか!」
天使様の瞳が、そう教示していたのだ。
なにを疑う必要がある?
なにを信じない必要がある?
『天使、様?』
「そうだ! 天使様はな、すごいんだ! 天使様は今も、俺の近くにいる! 教えてくれる! この世の道理というやつを!」
『…………っ。さ、サメさん! あの、なんとかしてください!』
『……無理だ。ここまで汚染されてしまったのであれば、我にはもうどうすることもできぬ』
おっと、そうだった。サメ野郎にも別れの挨拶をしなければ。
「よぉ、サメ野郎。お別れだ」
『あぁ。お別れ、なのだな』
「あぁ! ──じゃあな!」
よし。別れの挨拶も済ませたし、そろそろ行くか。
俺は、電車のドアの前に立ち、"開"ボタンを押した。
────ドアが、開かれる。
『…………汝よ』
「あん?」
足がとまった。
『……汝の行く末は、悲惨なものかもしれない。生への執着が喪失するほど、悄然としてしまうかもしれない。だが、どんな形であれ、我は汝に生きてほしいと願っている』
「……………………」
俺は、とめていた足を動かした。
──あぁ、天使様。待っていてください。
──俺が今、あなたの願いを叶えます。
──俺が、俺だけが、叶えられる!
────あぁ、この、高揚感!
◇
「────ん」
目が覚めた。
「あっ! お、お父さん! お母さん! 見て! 目を覚ましたみたい!」
「え!?」
「まぁ!」
目に入るのは、こちらを覗き込む三人の姿。
視界に映る光景から、情報を拾いあげていく。
──病院、お姉ちゃん、お父さん、お母さん。
違う。
なんだ、これは。
違うだろう。
違う。
違う!
俺は一人っ子だ。姉などいない!
俺の両親はとっくの昔に亡くなっている!
いや、違う。見覚えはあるんだ。
三人とも、夢や映像で見たのだから。
重要なのは、俺が、この三人を家族だと認識していることで──
「お姉ちゃん」
──じゃあ、彼女を"お姉ちゃん"と認識している俺は、
「なに、萌美?」
「もえ、み…………」
先ほどまでこの身を包み込んでいた高揚感は、嘘のように消え失せていて──
『…………汝よ』
──気にも留めていなかったはずの、サメ野郎の哀しそうな声色が、今になって俺の心をゆさぶっていた。
◇
「────どうしたもんか」
俺が道本 萌美になってしまってから、早一週間。
とはいえ、この一週間を無為に過ごしていたわけではない。
電車にいたときにお世話になった桃色のノート──こいつは、一週間前まで道本 萌美が使用していたノートであるため、電車で使っていたものとは別物になるが──を開き、昨日まとめた内容を再度確認する。
【○月✕日】
///////////////////////////////////////////////////////////
この一週間で、そこそこ情報を入手できたと思う。その内容を、このノートにまとめておくことにした。
・誠に遺憾ながら、俺は『道本 萌美(以下、萌美と記載する)』になっちまったようだ。どうやら、これは夢ではないらしい。残念だ。……時期は、中学一年生の夏休み。こうやって整理するためのまとまった時間を取れたのは、運が良かった。
・家族構成は、俺、姉(一つ上)、父、母の4人家族である。このことについて、あのクソ天使が見せた映像と、俺の中にある過去の記憶(おそらく、萌美の記憶だろう)──これらの中で、両方とも同様の家族構成であったことは、留意すべきと言えるだろう。
・俺の中にある萌美の記憶の信憑性を確かめるため、昔話がしたいと言って、家族との対話を試みた。その結果、この記憶は信頼できるものと結論づけることができた。──同時に、あの映像の信憑性も高まってしまったのは、頭の痛い話である。
・いろいろとショックを受けていたせいで全く聞いていなかった事故の詳細を、両親にお願いして、もう一度説明してもらった。どうやら、萌美は一人で事故ったらしい。少なくとも、彼女以外の負傷者は確認できなかったとのことだ。自転車の走行中にバランスを崩したらしいが、周囲に誰もいない(と思われる)状態で、そんなことになるのか? 深夜で暗いとはいえ、街灯もついている。運悪く頭から転落したことも、事故の詳細が俺の記憶に残っていないことも、不自然に思えてならない。俺の考えすぎか?
・公園にでかけると称して、『俺』が住んでいた家を確認しにいった(徒歩10分)。そこには、のっぽの金髪ピアス男が住んでいた。『俺』と萌美、どちらの記憶にも存在しないうえに、映像にも夢にもでてこなかった人物だ。まぁ、無関係と判断していいだろう。……この世界に、『俺』は存在しないのかもしれないな。
・あの映像の中で萌美が事故にあったのは、『俺』が引き起こしてしまった事故、その一件だけである。この時点で、この世界が映像通りに進まない可能性は高かったが、『俺』がこの世界に存在しないのであれば、その可能性はますます高まったと言えるだろう。
・あとは、姉からのイジメを発生させない方法を考えなければならない。俺の記憶でも、映像でも、姉妹の仲は良好だった。その関係にひびが入った理由は、映像を見ると明らかだ。まず間違いなく、あの"大喧嘩"が原因だろう。運がいいことに、今はそのイベントが発生する一年前であり、ずいぶんと有余があった。そして、イベントを引き起こすトリガーは、妹──俺が握っているのだ。つまり、俺がそのトリガーを引かない限り、あのイジメは発生しないと言えるだろう。もちろん、映像を完全に信じるわけにはいかないので、姉の言動を注意深く観察する必要はあるだろうが…………正直、あまり気乗りする作業ではない。
///////////////////////////////////////////////////////////
「────ふぅ」
よくもまぁ一週間でここまで整理できたな、と言うべきか、どれだけ現実逃避をしていたんだ、と言うべきか。
いや、二十越えたおっさんが女子中学生になっちまったんだぞ? 現実逃避するに決まっているだろう!
……夏休みが終わったら、本格的に女子中学生としての生活がはじまってしまうんだよなぁ。
憂鬱だ。
「はぁ…………」
しかも、自分が殺した相手に成り代わって、である。どんな拷問だ。俺は、彼女に謝ることも、彼女やその家族に罵倒されることさえ──
「──やめろっ」
そうだ。こんなの、ただ俺が救われたいだけの身勝手な──
「────違う! …………あぁ、クソッ」
俺がこの体になってからというもの、今みたいにものすごくネガティブな思考になってしまうときがある。萌美の気質の影響か、はたまた、俺の気質が変化したのか。
「ふぅ……。今日も、どっかにでかけるか」
きっと、いい気分転換になるだろう。
それに、あまり姉と顔を合わせたくない事情もある。
「…………よし」
適当にでかける準備をし、部屋から廊下にでて──
「あらっ」
「おっと」
──姉とでくわした。
いや、フラグ回収早すぎかよ……。
「萌美…………あなた、今日も外に行くの?」
姉は、そう俺に問いかけた。
どことなく、責める感じの言い方だった。
「う、うん。その、体力をつけたくて、ね?」
「それなら、別に家の中でも…………まぁ、いいわ。とにかく、事故らないように気をつけること! いいわね?」
「……うん。それじゃあ、いってきます」
「えぇ。いってらっしゃい」
外にでた俺は、カラカラになった喉を潤すため、水筒に口をつけていた。
「ごく、ごく、ごく…………ぷはぁ。ふぅ、緊張したー」
いや、本来はそんなに緊張するような相手ではないのだろう。
曲がりなりにも一週間、家族として過ごしたのだ。少なくとも、
──だけど、どうしても、脳裏にちらついてしまうのだ。
天使の仕業とはいえ、彼女をぶん殴ろうとしたときの怒りが。
映像で見た、妹に対して行った所業の数々が。
夢として体験した、彼女に対する底知れない恐怖が。
俺は、それらをなかったことになどできなかった。
「…………ってか、飲み過ぎたな」
水筒の中身がほぼ空である。
◇
ぶらぶらと外を歩きながら、自己について考える。
正直な話、男として──『俺』として生きていきたい、というのが本音だ。
なにが悲しくて、おっさんがJCに擬態せないかんのだ。萌美の記憶から彼女の言動をシミュレートしているが…………この作業、ぶっちゃけ、かなり苦痛である。
とはいえ、これをおろそかにすると家族に不審がられてしまうだろう。さすがに、それは好ましくない。
「それに──」
──萌美を殺してしまった『俺』が、自分勝手に生きていいのだろうか?
──『道本 萌美』として輝かしい人生を送ることが、彼女やその家族に対する一番の
そんな思考が、ぐるぐる、ぐるぐると、俺の頭の中で動き回っていた。
「はぁ……。こういうのに関しては、電車にいたときに結論をだしたはず……だったんだがなぁ」
想像する。
『道本 萌美』として生きる自分を。
男ではなく、女として生きていく自分。
自分のことを『俺』ではなく、『私』と呼びはじめるかもしれない。
いずれは、女性としての幸せを受け入れたりして。
そうして、『俺』という存在は希薄していくのだろう。
「──それは、いやだなぁ」
……つくづく思う。『自己』とは厄介な怪物だと。
容易く矛盾するというのに、それが致命的にならない限りは正常に見えてしまう。
そのくせ、制御が必須なのにもかかわらず、制御の仕方は自分で見つけなくてはならないときた。
そして、そのやり方が正解かどうかは、結果論でしかわからないのだ。
────本当に、『自己』とは、厄介で、曖昧なものである。
「…………あっ」
そんな感じで、『俺』のことを考えていたからだろうか?
無意識のうちに、『俺』を知る人物のところに──『俺』の親友の家の前に、足を運んでいた。
「──あれー? あいつ、どこに行ったんだ?」
──懐かしい声が聞こえる。
『俺』の、相棒の声だ。
……なんというか、勝手に死んでしまって申し訳ない気持ちでいっぱいになる。まぁ、こっちの世界でそれを言ってもしょうがないのだが。
「…………んぉ?」
あ、ヤバい、見つかってしまった。
ど、どうしよう。今の俺、いわゆる不審者というやつでは?
「んー? え、なにこのかわい子ちゃん?」
「…………ぇ」
──こいつ、今、なんて言った?
かわい子ちゃん、だと?
「…………ぁ」
足元がガラガラと崩れ落ちていき──
──夢見心地のぬるま湯天国から、現実に突き落とされる、そんな感覚。
悪夢から目覚めたときと似た息苦しさを覚え、呼吸が浅くなっていく。
「……………………」
「ひっ」
目の前に迫ってきた手を振り払って──
──俺は、その場から逃げだした。
◇
「…………はぁ、はぁ。おいっ!」
「んぁ」
誰かに、背後から肩を揺さぶられた。
振り返ると、長身の金髪ピアス男が──相棒が、息を切らしながら、おいらの肩をつかんでいた。
「……疲れてる?」
「そ、そりゃあ、自分の相方が犯罪しそうになったら、ダッシュで駆けつけるに決まってるやろ!」
「え、犯罪?」
「おーいおいおいおい、自覚なしですかい! まさか、お前がロリコンだったとはなぁ」
「いや、違うけど……」
なんだろう、この話が噛み合ってない感じ。
彼は、どうしてそんな勘違いを起こしたのだろうか?
「いやいや、ちっちゃい女の子にジリジリと近寄ってから手を伸ばしたんやで? どっからどう見ても犯罪やん。……周りにワイ以外、誰もおらんくて良かったな。通報されても文句言えんかったで?」
「え」
言われてはじめて気がついた。
自分が、手を伸ばしていることに。
「……どうして、おいらは手を?」
「ワイが知るかっ!」
──おいらは一体、
「…………あっ。わかった、かも」
「あん?」
「どうしてかはわからないけど、あの子を見たときに、こう…………ビビッときたんだよ。あの子と一緒に漫才したいなぁって、そう思ったような……」
「え、はあぁぁぁあ!? コンビ解散か、この野郎!」
「い、いや、ちがっ…………あぁ、もう! なんなんだよー、この感情はっ」
◇
「…………はぁ、はぁ、はぁっ」
俺はきっと、心のどこかで楽観視していたのだろう。
「はぁ、はぁ…………」
萌美としても、『俺』としても、どちらの自分でも、なんとなくで生きていけるんじゃないかって。
「う……あ、あぁ…………くっ、ふ、はぁ」
でも、かつての親友にあんな態度を取られて──恐怖と、怒りと、混乱で、頭の中がぐちゃぐちゃになって。そんな自分が情けなくて、消えてしまいたくなって──
「──いでっ!?」
「──あだっ!?」
──そんな感じで注意が散漫としていたためか、角を曲がったところで男の子とぶつかってしまった。
「あったたぁ……。す、すみません、大丈夫ですか────って、な、え!?」
「…………ぁ」
男の子が、俺を見て驚きの表情を浮かべる。彼は一瞬だけ顔を赤くしたが、それはすぐに青ざめたものへと変わっていった。
……まぁ、俺が彼の立場になっても似たような反応をするだろう。──自分とぶつかった女性が、尻餅をついた状態でおもらしをしてしまったら。
や、やらかした…………。
「もう、お兄ちゃん急ぎすぎ────って、う、うわあぁぁぁあっ!? お兄ちゃんが鬼畜すぎる変態プレイをしてるー!?」
「ちょっ、まて、妹よ! 誤解だ! それはひどすぎる誤解だよ!?」
──どうしよう。なんか、大変なことになってしまった……。