夢の中でTSして女になる男、夢日記をつけはじめる   作:(ノ≧▽≦)ノ

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紡がれる思い

 

 

 

 

『私はっ────私は、やりたい。私に、やらせてください! お兄さんを救える可能性が少しでもあるというのなら、それに賭けてみたいのです!』

 

 

 言った、言ってしまった。

 

 だけど、後悔はない。

 

 

『汝よ』

 

『は、はいっ』

 

『本来であれば、我の立場でこのようなことを言うべきではないのだろう。それでも、言わせてほしい。──感謝する』

 

『……っはい!』

 

 

 

 私の返事に満足そうにうなずいたサメさんは、どこからともなくスマホを取りだした。

 

『あれ? 私のスマホと同じ……?』

 

『汝のものであるが、心配無用だ。写真あぷりしか入っていない』

 

『あ、本当ですね。……いえ、特に見られて困るアプリを入れていたわけではありませんが』

 

 サメさんはカメラアプリを起動して、カメラロールを表示する。

 

 ……ヒレでスマホを操作するサメさんの姿が、なんともシュールでたまらない。

 

 

『ふふっ…………ん? これ、私の写真でいっぱいですね』

 

 カメラロールには、私の自撮り写真がたくさん保存されていた。

 

 ……そういえば、スマホを買ってもらったばかりのころに、大量に自撮りをした覚えがある。確か……そうだ。ベストショットを撮って、お姉ちゃんに送ろうとしたんだ。

 

『……これらは、重要ではないな』

 

 サメさんは、私の自撮り写真をスクロールして底へと送っていく。

 

 

 

 

『…………そういえば、汝は己の記憶を取り戻せたのだな』

 

『はい。──過去と向き合うって、お兄さんと約束しましたから』

 

 

 ──『もっと過去に目を向けてもいいんじゃねぇかな』

 

 

『…………。あ、あの、サメさん』

 

『なんだろうか』

 

『……お姉ちゃんは、私にひどいことをしました。その、私はそうされるだけの罪を犯したのですから、それは仕方ありません。当然、そのことでお姉ちゃんを恨んでもいません』

 

『うむ』

 

『私は、お姉ちゃんの恨みの理由が"夢川 優"にあると思っていました。ですが、それならばなぜ、お姉ちゃんは優さんとつき合わなかったのでしょうか。──過去と向き合っても、そこだけが、いまいちピンとこなかったのです……』

 

『……ふむ』

 

 サメさんの声色が、どことなく渋いものに変化した。

 

 サメさんからしても、よくわからないことなのだろうか?

 

 

『いや、わかってはいるのだ。ただ、それを我の口から言うのはよろしくないのでは、と思ってな。……まぁ、汝の身内の話だ。特例で教えることにしよう』

 

『あ、ありがとうございます!』

 

 

 

 

『────欲求だ』

 

 

『…………へ?』

 

『確かに、汝の姉が汝を痛めつけた理由──そのきっかけは、"夢川 優"にある。しかし、それ以降の行為に対する理由は、汝にあるのだ』

 

『私、ですか』

 

 なんだろう……ものすごく嫌な予感がする。

 

 

『そうだ。汝の姉はな、汝を痛めつけることに強い快楽を覚えたのだ。本人も、戸惑いながらもその快感を受け入れていき──』

 

 

『──あの、もういいです。十分理解できましたので』

 

『む? あぁ、すまない。いささか、紳士さに欠如していたな。謝罪しよう』

 

『い、いえ。しかし、いや、まさか、そんなことで…………』

 

『……そんなこと、とは言うがな。良くも悪くも、人の"欲求"に際限はないのだ。だから、そういうことも起こり得る。我は、"欲求"が原因で狂った人、狂わされた人をたくさん、たくさん知っているぞ』

 

『…………はい』

 

 サメさんのその言葉には、万感の思いが込められているように思えた。

 

 

 

 

 

『────む。あったぞ。我の力で、汝をこの写真の時間軸に送り込むことができる』

 

 サメさんが、スマホの画面を私に向けた。

 

『……? こ、これはっ』

 

 そこには、血走った目で自宅から外にでる私が──お兄さんが、いた。

 

 

『これって、お兄さんが……その、自殺した日のものですよね? こんな写真、一体誰が……?』

 

『誰も撮影していない。この写真はいわば、世界のほころび、そのものだ』

 

『世界のほころび……?』

 

『悪魔の奴らが、世界に干渉しすぎた結果である』

 

『干渉……。あの、もしかして、お兄さんが自殺したのって──』

 

『──いや、奴らも、そこまで好き勝手に動けるわけではない。ただ、自虐的思考を誘発させる小細工くらいは、していてもおかしくないな』

 

『……………………』

 

 それはつまり、このときのお兄さんはネガティブな感情に支配されている、ということで。

 

 ……私の言葉は、ちゃんと、彼に届くのだろうか。

 

 

 

『──あの男は、汝と向き合った』

 

『あっ』

 

『汝もただ、彼と向き合えばよい』

 

 そうだ。なにを弱気になっているのだ。

 

 結果がどうなるかは、わからない。だけど、それは弱気になっていい理由になんかならない!

 

 

『──そう、ですね。私、お兄さんと向き合います! 私の思いを、彼に伝えてきます!』

 

 

『うむ。──それでは、はじめるぞ?』

 

 

『ふぅ…………。────お願いしますっ!』

 

 

 

 

 

 体が消えていく。

 

 私はこの電車から消えて、あの世界に移動するのだろう。

 

 

 ──そうして、サメさんは一人になるのだ。

 

 

『っサメさん!』

 

『む?』

 

『──ありがとうございます』

 

『礼ならば、正気に戻ったあとのあの男にでも言ってやるのだな』

 

『は、はい。いえ、そうではなくて!』

 

 

 ──すぅ、はぁ。

 

 深呼吸を一つして、言いたいことを整理する。

 

 

『その、サメさんとはあまりお話できませんでしたが、私は、お兄さんにも、サメさんにも感謝しています。……こんなことまでしてもらえましたし。それに──』

 

 

『……………………』

 

 

『──それに、お兄さんは、サメさんに救われたと言っていました。()()()()()()()()()お兄さんに、私は救われたのです。──だから、ありがとうございます』

 

 

 わずかな沈黙。

 

 

 そして──

 

 

 

『────どういたしまして、だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────うぅ……。頭がクラクラします……』

 

 己の体に気合いと活を入れ、現状把握につとめる。

 

『……視線が低いですね』

 

 どうやら、私の体は猫さんのままらしい。

 

 

『えっと、ここは…………お兄さんが自殺した場所ですね』

 

 私とお兄さんの運命を狂わせた交差点。

 

 私が見た夢では、お兄さんはここで頭を地面に打ちつけて死亡した。

 

 

 ──何回も、何回も、頭を地面に叩きつけたのだ。

 

 

 

『…………もうすぐ、お兄さんがくるはず。弱気になるな、私っ!』

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

『あっ』

 

 

 いた。

 

 

 お兄さんが、いた。

 

 

 

 

『────お兄さん!』

 

 

「うわぁ!?」

 

 

 ──頭が真っ白になった私は、用意していた言葉やらなにやらを投げ捨てて、お兄さんの胸元に突っ込んでいた。

 

 

 あっ、やわらかい──って、そうじゃなくて!

 

 すぐにどいて、急いでお兄さんの様子を確認する。……見た感じ、特に怪我はしていなさそうだった。

 

 

 よ、よかった……。今ので頭から転倒していたら、大変なことになっていたかもしれない。

 

 

 

 そんな感じで、私が内心で戦々恐々としていると、お兄さんがうめき声をあげながら目を開けた。

 

 

 ──私の姿を見て、目を見開く。

 

 

 ……怪我の功名というべきか、私の体当たりは、お兄さんにとってちょうどよい気つけになったようだ。

 

 写真で見た狂気を感じさせる瞳が、いくぶん、ましになっている。

 

 

 

「え? …………え? 猫ちゃん!? なんで!?」

 

『お兄さん』

 

「どういうことだ? 俺は、確かに……。いや、これは夢? でも、そんなはず──」

 

 

『──お兄さん!』

 

 

「…………っ」

 

 どうやら、お兄さんはこの状況をうまく理解できていないようだ。電車にいるはずの私がここにいるのだから、混乱するのも無理ないと思う。

 

 

 ──それなら、彼に理解してもらえるまで、一つ一つ言葉を紡いでいけばいい。

 

 

『ふぅ……。いいですか、お兄さん。私は、お兄さんがなぜここにいるのか、なんの目的でここにきたのか、知っています』

 

「なにを──」

 

『──自殺、でしょう?』

 

「なっ!?」

 

 お兄さんは驚きの声をあげ、固まった。

 

 

「知っている……? 本当に、全部知っているというのか?」

 

『えぇ、そうですね。……お兄さんがいろいろと悩んでいたことも、知っていますよ』

 

 

「──ははっ、なんだよそれっ…………ははっ」

 

 

 乾いた笑いが響く。

 

 

 ──否。それは"笑い"ではなく、"怒り"。

 

 

 

 その怒りの対象は──私か、それとも。

 

 

 

「あんたは、俺の自殺をとめたいのか?」

 

『はい』

 

 

 お兄さんの瞳から、恐怖の闇が消え去った。

 

 

「……あんたは、過去に向き合えたのか?」

 

『はい。全てを思いだしました。お兄さんのおかげですね』

 

 

 お兄さんの瞳から、憤怒の炎が燃えあがる。

 

 

 

 

「それならっ…………それなら、わかるだろう? あんたを殺したのは、この俺だ! なぜ、とめる!? なぜっ──」

 

 

『──"あんた"って、誰のことですか?』

 

 

「…………は? 誰って、そりゃあ"道本 萌美"に決まっているだろう?」

 

『違う! 今の私は、道本 萌美ではありません! ただの猫です!』

 

 

 ──お願いします。

 

 

『私はこれから、猫としての"自分"を生きていきます! だから、お兄さんも──『萌美』も、"自分"を生きてください! "あなたが殺した道本 萌美"でも、"事故で死んだお兄さん"でもない──"今を生きる自分"を! 今の萌美を! 生きるんですよっ!』

 

 

 どうか、この人を悪魔の呪縛から──

 

 

『あなたが女として生きたって、"私"にはなれません! 男として生きたって、"お兄さん"にはなれません! ──そんなものに、とらわれないでっ!』

 

 

 

 ────解放してください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静寂──

 

 

 

 

 嗚咽──

 

 

 

 

 落涙──

 

 

 

 

 慟哭──

 

 

 

 

 

 ────静寂。

 

 

 

 

 

『お兄さんからもらった、"過去に向き合う"勇気を──』

 

 

 

 震える体によりそって──

 

 

 

『"逃げずに立ち向かう"勇気として──あなたに』

 

 

 

 

 

 ────その日、滅びの運命にあった一つの命が、救われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────あれから、もう三年かぁ」

 

 

 家でのんびりとしながら、懐かしむ。

 

 

 苦しくもあり、恥ずかしくもあり──でも、暖かな、その思い出を。

 

 

「……………………」

 

 あのあと──

 

 俺を探していた家族に叱られたり、抱き締められたりして、確かな愛情を感じた。

 

 それでほだされたのか、胸の中でくすぶっていたものを、号泣しながらぶちまけてしまった。

 

 あのときの記憶は曖昧だが…………おそらく、支離滅裂な語りだっただろう。理解しにくい話だっただろう。

 

 

 それでも、ちゃんと真剣に聞いてくれて──最後には、みんなに受け入れられたのだ。

 

 

「……あぁいや、姉貴呼びは断固拒否されたっけ」

 

 そんな姉……お姉ちゃんも、最初はギクシャクしていたが、今では普通に話せている。

 

 ……でも、普段はパーフェクトな優等生なのに、妹の俺が絡んだとたんにポンコツ化──もとい、大暴走するのは勘弁してほしい……。

 

 いや、例のイジメよりは断然ましなのだが。とはいえ、これはこれで恐怖である。

 

 

 

『──お姉ちゃんの悪口は許しませんよ?』

 

「ひえっ」

 

 猫ちゃんが俺の肩に乗っかり、そうささやいた。……ものすごく、ねっとりとした声色で。

 

 

 …………あれ? 俺、声にだしてなかったよな?

 

 

「い、いやいや、別に悪口を言っていたわけじゃねぇって。ほら、妹思いなところもかわいいなぁって話だよ、うん」

 

『……なるほど。それならば、今回の件は不問にしましょう』

 

 ゆ、許された……。

 

 

「つーか、『猫として生きる』って話は、どこに行ったんだよ」

 

『……それはそれ、これはこれです。私がお姉ちゃんの妹であることは世界の真理ですので、特に問題ありません』

 

「…………? お、おう。そうだな」

 

 わけわからんし、問題しかない気がするが…………わざわざ、藪をつついて蛇をだす必要もあるまい。

 

 

『……………………』

 

 無言の圧力を感じるがこれをスルーし、適当にネットニュースを流し読む。

 

「んー…………」

 

『萌美ー。そんなものより、お姉ちゃんの写真集を一緒に見ませんか?』

 

「……昨日、見ただろ?」

 

『そうですね。では、今日も見ましょうね』

 

「あー、わかった、わかった。これが終わったらな」

 

『やったー。萌美、大好きです!』

 

「はいはい…………ん?」

 

 気になる見出しの記事を見つけ、スクロールをとめる。

 

 

 

 

 

 ──現在人気沸騰中のあの芸人さんに、インタビューしてきました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『──つまり、"相方との喧嘩"がきっかけだったと言うことでしょうか?』

 

『えぇ、そうなりますね。……実は、その喧嘩においらたちのファンの一人が──当時は、ファンではなかったそうですが──関わっていたんですよ』

 

『ファンの方ですか』

 

『はい。詳細は省きますが、おいらがその方にご迷惑をおかけしてしまって……。そのことで、こいつに怒られたんですけど……いろいろとありまして、コンビ解散の話にまで発展してしまったんです』

 

『まぁ、そのときはワイら二人とも冷静やないってことで、解散したんや。……せやけど、そっからがなぁ……。なんもかんも、うまくいかへん』

 

『だけど、さっき話したファンの方が、おいらたちの現状をどこかで知ったみたいで──プレゼントをくれたんですよ』

 

『……プレゼント、ですか?』

 

『はい。"二人に勇気を"というメッセージと共に、こちらの"サメのぬいぐるみ"をいただいたんです』

 

(ぬいぐるみを取りだす)

 

『おー、これが。なんと言いますか……独創的、ですね?』

 

『手作りって言ってましたよ。…………いやー、いつ見ても不細工やなー、お前!』

 

(ぬいぐるみを激しくなでる)

 

『あははっ。……でも、不格好ながらも一生懸命さを感じるこのぬいぐるみを見ていると、確かに、勇気がわいてくるんですよ』

 

『せやなー。スゴいぞ、お前!』

 

(ぬいぐるみを優しくなでる)

 

『……勇気をもらって、思ったんです。あの喧嘩のあと、おいらはこいつと、ちゃんと向き合えてなかったなって』

 

『そっからは、お互いに腹わって話し合いましたわ。そしたら急に、おもろいネタがポンポン浮かぶよーなってなー。……ほんと、感謝しかないで』

 

『──うん、そうだね』

 

(二人でぬいぐるみをなでる)

 

 

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「──ふっ。なんだよ、"いい感じ"じゃねぇか」

 

『ん? なにかおもしろい記事でもありましたか?』

 

「いや、なに。サメ野郎のすごさを改めて実感してな」

 

『……なぜ、ここでサメさんが?』

 

 あいつらは、自分の夢に向かって羽ばたいていった。

 

 

 だから、俺も──

 

 

 今の俺の夢は──

 

 

「……………………」

 

 俺は、スマホから目を離し、学生鞄を開く。鞄の中に入っていたプリントを一枚、取りだした。

 

 

 

【将来の夢を叶えよう! 進路希望調査!】

 

 

 

「──夢から逃げず、だったよな? サメ野郎」

 

『わっ。な、なんですか、萌美? いきなり抱き締めたりして』

 

「逃げずに立ち向かう勇気を、補充しようかなぁと」

 

『…………?』

 

 

 

 ──さぁ、俺の夢を叶えにいこう。

 

 

 

 

 

「──もしもし」

 

『はい。……どうしたの、萌美?』

 

「あー、明日、お前ん家に行ってもいいか?」

 

『え? うん、いいよ。夏帆も喜ぶと思うし。…………ねぇ、もしかして、なにかあった?』

 

「……そう、だな。──少し、相談にのってほしいんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ありがとう!」

 

『あぁ、どういたしまして』

 

 電車からでていく幼子を見送り、一息つく。

 

 

『……無事に行けたようだな。しかし、なんの妨害もないとは……悪魔どもめ、一体なにを考えている?』

 

 ここ最近、悪魔どもの介入事象が著しく減少している。全く介入しないわけではないため、忘れているということはなさそうだが……。

 

 

『まぁいい。我は、ここに連れ去られてきた魂を救うだけだ』

 

 

 ──グゥゥゥ~。

 

 

『む……食事にするか。腹が減ってはなんとやら、だ』

 

 

 そう判断した我は、見慣れた倉庫に転移した。

 

 

『ここも、すっかり寂れたな。……最後に、ここで誰かと談笑しながら飯を食したのは、いつのことだったか』

 

 昔々、天使たちがまだ"天使"たり得たころは、あの電車の浄化機構としての役割も、正しく働いていたというのに。

 

 ──魂たちが安らぎながら成仏できるような、"楽しかった思い出"を……"楽しい夢"を見せる──そんな役割。

 

 

『……………………』

 

 長きにわたる安寧は天使たちの性根を腐らせていき──やがて、天使は悪魔へと堕落した。

 

 天使全員がそうなったわけではない。

 

 しかし、全うな"天使"たち──彼らは少数であった。当然、悪魔どもにとって、彼らは目障りな存在でしかない。

 

 

 ──駆逐が、はじまった。

 

 

 我の親友も含め、"天使"は全員殺された。おそらく、我も不老不死でなければ殺されていたことだろう。

 

 

 魂を弄ばされて壊された彼らに、救いが訪れることはない。──今も、あの電車の動力源として、無限の苦痛を味わっているのだ。

 

 

 

『──いただきます』

 

 この場所は、我の親友を含めた"天使"たちの活動拠点だった。ここにいるときだけが、我の心に安らぎを与えてくれる。

 

 "天使"が滅んでからも、我がここを利用できるのは──みんなが、親友が、この場所の隠匿に尽力してくれたからだ。

 

 

 ……残念ながら、もう、ここにくる理由もなくなってしまったが。

 

 

『……美味ではなかったが、もう食せないかと思うと無性に寂しく感じるな』

 

 親友が作り、遺してくれた"サメふーど"──その最後の一袋を食べ終わる。

 

 これから、我は際限のない飢餓にさいなまれることだろう。不老不死とはいえ、それが苦痛であることは変わりない。

 

 

 ──だが、我の使命も、使命に対する我の思いも、変わりない。

 

 

 

 

『…………さようなら、だ』

 

 

 転移を行い、電車に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────なっ』

 

 

 ありえない。

 

 

 どうして、汝がここにいる。

 

 

 

「──よぉ。久しぶりだなぁ、サメ野郎」

 

『な……に…………』

 

『ふふっ。サメさんもうろたえたりするのですね。新発見です』

 

『猫…………汝まで』

 

 我は、夢でも見ているのだろうか?

 

 

『ばかなっ。霊体に近い存在となっている猫の方はともかく、生身の人間がこんなところに入れるはずがない』

 

『……え? 今、さらっと、とんでもないことを言いませんでした?』

 

 

「問題ねぇよ。──回りを見てみな」

 

『む? …………こ、これはっ』

 

 

 ──電車が、崩壊しはじめている?

 

 

『…………今までよくがんばったね』

 

『……っ!』

 

 久しく聞いていなかった懐かしい声色が耳に入り、思わず顔をあげる。

 

 

 そこには、親友が──いや、"天使"たちがいた。

 

 

 みんな、天へと還っていく。

 

 

 

 

「──よしっ、成功したよ。この場所にとらわれていた天使は解放され、巣くっていた悪魔も解放された。……もっとも、解放先は真逆だけどね」

 

「……やった、やったぞ…………私はやったんだー! 頭おかしいレベルで抵抗してくる悪魔どもを! この私が! アッハッハー! ようやく自由な時間ができる! ゲームを……私にゲームをやらせろー!」

 

「……なんか、お前の妹さんぶっ壊れてないか?」

 

「ここ最近は、機器の最終チェックとかで全く眠れていなかったからね。……仕方ない。一足先に、地球へと帰ってもらおうかな」

 

「げーむぅー……げー…………うげ────」

 

 また、新たに人間がやってきたと思ったら、そのうちの一人が転移してしまった。

 

 最後の方……あの娘、嘔吐していたように見えたのだが、大丈夫だったのだろうか?

 

 

 

「──なぁ、優。成功したってことはさ、もう、サメ野郎にあのことを話してもいいんだよな?」

 

「うん、いいよ。…………それはそうと、どうして君はまた、僕をにらんでいるのかな?」

 

『夢川 優……萌美をたぶらかす存在…………』 

 

「うーん……。僕は、君とも仲良くしたいんだけどね」

 

『誰があなたなんかと……!』

 

「ここに、君たちのお姉さんに関する極秘データがあるんだけど」

 

「おい、お前なにやってんだ」

 

『夢川 優。あなたは、私の親友です』

 

「……おい!?」

 

「あははっ。僕はこの子とお話しているからさ。萌美は彼とお話してきなよ」

 

「…………おう!」

 

 彼と、対面する。

 

 

 

 

「──俺のこと、覚えているか?」

 

 見た目も声も性別も、なにもかも変わっているが、誰なのかわかる。忘れるはずもない。

 

 そもそも、ここにきてしまった魂のことは、全員覚えている。

 

 

『あぁ、もちろんだ。我を足蹴にして興奮していた人間だろう。覚えているとも』

 

「そうそう、俺が興奮……って、ちげぇよ! 興奮していたのはテメェの方だろうが!」

 

 うむ。どことなくしっくりとくるやり取りだ。

 

 ……向こうで、猫ちゃんが吹きだしたな。相変わらず、笑いの沸点が低いようだ。

 

 

「…………ったく。変わってねぇな」

 

『そういう汝は変わったな』

 

「まぁ、今の俺は女だしな」

 

『……そういう意味ではなく、精神的な話だ。まさか、汝がこのようなことをするようになるとはな』

 

「──俺が変われたのは、テメェや猫ちゃん、周囲の優しく暖かな人たちのおかげだよ」

 

 確かに、周りの環境や人間関係は、人格の形成に大きく影響するだろう。

 

 しかし、"周り"だけでは、人は変わらないのだ。──人格と意思は、切っても切れない関係なのだから。

 

 

『……それらだけではなく、汝の努力の結果でもあるだろう』

 

「……ん、んなこたぁねぇよ、別に。…………ばーかっ」

 

『我は阿呆ではないが』

 

「今のは、照れ隠しというやつだ! …………なんか、前も似たようなやり取りをしたな?」

 

『あぁ、懐かしいな。とはいえ、汝の姿を見るに……あの日からまだ、二十年も経過していないだろう。──決して、汝ら人間を侮っているわけではないが、よくその期間でここまでの装置を開発できたものだと、素直に感心するぞ』

 

 先ほどの光景を思いだす。

 

 ……人間が、あのようなことをできるようになるとはな。人間界の技術力の進化には、いつも驚かされる。

 

 

「いろんなとこに手を貸してもらったからな! どうだ、すごいだろう!」

 

『うむ。…………奇跡、だな』

 

「……それは違うぞ、サメ野郎」

 

『なに?』

 

 どういうことだ?

 

 

「こっちの世界にな、いたんだよ。俺や猫ちゃん以外で、あんたに救われた奴らがな。──みんな、テメェに感謝していたぜ?」

 

『…………。そういえば、そうだった。汝らと同じ世界に行くことになった魂も、確かに存在した』

 

 ──まさか。

 

 

「そいつらの協力があったから、ここまで短期間で、こいつを作りあげることができたんだよ。……俺だけだったら、テメェの話をしても作り話ということで流されて、この装置の開発自体がされなかったかもしれないんだ」

 

『そんなことが…………』

 

 ……みんな、我のことを覚えていてくれたのか。

 

 天に送ってやれなかったのだ。恨まれていてもおかしくないと考えていた。それなのに、感謝されていたとは。

 

 

 ──心が、暖かくなる。

 

 

「あぁ。だから、これは奇跡なんかじゃない。テメェの行いが、自分に返ってきただけだ」

 

『そう、か。…………ありがとう。汝のおかげで、ここにとらわれていた"天使"たちは救われた。礼を言おう』

 

「……なに言ってんだ?」

 

『む?』

 

「そいつらだけじゃねぇ。俺は、テメェも救いにきたんだよ!」

 

『……我か?』

 

「そうだよ! 当たり前だろう! ……あと一時間もすれば、ここは完全に崩壊する。当然、悪魔どもが魂を拾うこともない。──テメェが悪魔どもと戦う必要は、もうないんだよ」

 

 

 ──頭が真っ白になる。

 

 

 そんなことを言われるとは、思ってもいなかった。

 

 

「まったく……。自分に無頓着すぎるんだよ、テメェは!」

 

『いや、そんなことは──』

 

「──言い訳は聞かん! 俺と一緒にきてもらうからな!」

 

 

 

 

「────あっ!?」

 

 

 

 

 ……今の声の主は、夢川 優、といったか?

 

 突然叫んだりして、一体どうしたというのだろう?

 

 

「…………ど、どうしたんだよ、優? いきなり、大きな声をだして」

 

「……あー、しまったなぁ。…………いやさ、こっちの猫はどうとでもごまかせたけど、サメに関しては、そうもいかないよね?」

 

「あっ」

 

『あっ』

 

 どうやら、我を人間界に連れていったあとのことを、なにも考えていなかったらしい。

 

 

 ……おそらく、世界中がパニックになるだろうな。

 

 

『……汝ら、四人も……いや、もっとたくさんいたのだろう? それなのに、誰もそのことを考えていなかったのか?』

 

「う…………うるせぇ! 俺は、アホじゃねぇ!」

 

『いや、我は別に阿呆とは言ってないが』

 

 

 

 

 

「ぷっ」

 

「あははっ!」

 

 

 誰からともなく、笑いだす。

 

 

 我も、大声をだして笑ってしまった。

 

 

 

 なんとも、締まらない話である。

 

 

 

 だが、それで良い。

 

 

 

 こんなにも、笑うことができたのだから。

 

 

 

 

 久方ぶりの、大笑いである。

 

 

 

 

 

『──あぁ、そうだ。心の底から笑うというのは、こんなにも愉快なことだった』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 拙作【夢の中でTSして女になる男、夢日記をつけはじめる】は、これにて完結となります。

 ここまでご愛読ありがとうございました。

 長々としたあとがきは、活動報告に掲載しております。よろしければ、下記リンクよりご覧ください。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=258042&uid=198142
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