AAAヴンダーの隔離部屋で、二人きりとなったシンジとアスカ。
『本当に良かったわ……記憶がなかったらどうしようってちょっと思ってたから』
「そっか……」
シンジはアスカと目線を合わせて微笑んだ後、そっと目を伏せた。
(僕は、アスカを完全に救えなかった)
シンジはアスカの肉体を失わせてしまったことを悟り、負い目を感じていた。アスカはそれをシンジの表情から察し、苦笑した。
『自分を責めないでよ。……アタシは、あの時のシンジの言葉で十分救われたんだから』
アタシは幼い頃から、一人だった。アタシはエヴァンゲリオンのパイロットとして生み出されたクローン群『式波シリーズ』の一人だ。当然両親など居らず、いつも一人だった。アタシの仲間は大勢居たが、能力値が満たない者や体が丈夫でなかった者は次々消えてゆき、残ったのはアタシ一人。価値を示すために、訓練漬けの毎日だった。孤独を常に感じ続けたアタシだったが……本心では認めてくれる人を探していたのだと思う。
2号機パイロットに正式に内定し、完熟期間を経て日本のNERV本部に派遣されたアタシは、一人の少年と出会った。―碇シンジ。NERVの司令、碇ゲンドウの息子にして、初号機専属パイロットのサードチルドレン。あっちは覚えていなかったが、実は一度ドイツで出会っていた。両親に大切にされているアイツの姿を見かけたアタシは内心羨ましく思ったものだ。それと同時に、嫉妬も感じていたと思う。だから第一印象はあまり良くなかったと思う。『親の七光り』で選ばれたアイツと、過酷な訓練を乗り越えて選ばれたアタシとは違う、と。……でも、第8の使徒戦で己の身も顧みず使徒を抑え込み、殲滅後にアイツの本心の一端を聞いたことで少し印象が変わった。あまり乗り気ではなかったバカシンジとミサトとの共同生活も段々と楽しくなってきて、一緒に暮らす中で段々とシンジに惹かれるようになっていった。―たとえその感情が、造られたものだったとしても。
……結局、アタシは身を引いた。もう一人、熱烈にシンジを想う少女が居たからだ。―綾波レイ。アタシと同じく、エヴァのパイロットとして生み出されたクローン群『綾波シリーズ』の一人だ。しかもそのシリーズには、碇シンジを好きになるようプログラムされていたのだ。それを知っていたアタシは何処かエコヒイキを蔑んでいたし、反発心も感じていた。
……でも、たとえ造り物の感情だったとしても、あの子の想いは輝いて見えた。……アタシの想いが、霞む程に。
だから3号機のテストパイロットの話を聞いた時、渡りに船だと思ったのだ。アタシのことは気にせず、食事会を楽しんで欲しかった。
……その3号機は使徒に侵されており、今アタシは使徒に侵食される痛みの中、己の運命を悟った。
(ああ、やっぱりアタシに価値は無かった。アタシを認めてくれる人なんて、何処にも居なかった。きっとアタシは、このまま使徒諸共始末されるだろう。……初号機の手によって)
そう考えた時、アスカの心はチクリと痛んだ。
(……今更、よ。もう遅い。……ああ、でも……)
「……もう一度、シンジのお弁当食べたかったなあ……」
瞳から一筋の涙を垂らしながら、アスカは目を閉じて闇に沈もうとしていた。
―正にその時、上から一筋の光が差し込む。
「……?」
アスカは薄ぼんやりと目を開ける。アスカが沈む深い闇の底に、何かが入ってきたのだ。
「……誰?」
―遥か上の方から、声が聞こえた。
「―アスカ!」
「え?」
アスカは体育座りをしていた膝から顔を上げた。彼女の瞳に映ったのは、懸命に手を伸ばす一人の少年。
「……シンジ?」
「はああああああッ!」
シンジは己の体が傷つくことも顧みず突き進み、アスカの元に辿り着いた。
「―来い!」
「あ……」
アスカは思わず手を差し出し、シンジはしっかりその手を掴んで引き上げた。その体に抱き留められたアスカは、シンジに尋ねた。
「……どうして?」
「ん?」
「どうして、アタシを助けたの?アンタの隣に相応しいのは、アタシじゃない。エコヒイキ……綾波レイよ。あの子は、アタシと同じクローンで、アンタに好意を抱くようプログラムされてた。……それでも、あの子の想いは本物だった。アタシの想いよりも、ずっと重かった……」
シンジは目を見開いた後、微笑んでアスカを優しく抱きしめた。
「……実は、僕も気づいてた。綾波も、アスカも僕のことを好きになってくれてるって。……僕は怖かった。君たちを傷つけるのが、一歩前に進むのが。……けれど、アスカが使徒の乗るエヴァに囚われたことを知った時、僕の中でアスカがどれだけ大切だったのか思い知らされた。……だから、後悔したくなかった。君を、失いたくなかった」
シンジの真摯な想いに、アスカは大いに揺さぶられた。
「嘘……嘘よ……」
「嘘じゃないよ」
「だって、アンタとエコヒイキはあんなに距離が近かったのに……」
「……もちろん、綾波も大切だよ。でも、アスカの方が僕にとっては大切だった」
「あ……う……」
シンジの真っすぐな告白に、アスカは赤面した。そして、こう思い始めていた。
(信じても……いいの?アタシは、幸せになってもいいの?)
「……だったら、約束できる?」
「……何を?」
「アタシを、手放さないって。アタシの、居場所になるって」
「……約束する」
シンジは間髪入れずアスカの目を見て返事をした。……彼の言葉に、嘘はなかった。
「……ばっかじゃないの、ホントに……」
アスカは涙を流しながら、シンジに尋ねた。
「アタシ、めんどくさいよ?」
「うん」
「料理、まだ全然下手だよ?」
「一緒に練習すればいいよ」
「他の女と居たら嫉妬するわよ?」
「それは……当然だと思うけど」
「……普通の女よりも何百倍も重いけど、それでもいいのね?」
「何度も言わせないでよ。僕はアスカがいいんだ」
「……はあ。アタシの負けよ、ウルトラバカシンジ……」
押し問答のようなやり取りの果てに、根負けしたアスカはシンジを抱き返した。……こうして二人は、結ばれたのだった。