ミサトたちに「船の中を見てくる」とは言ったが実際は方便であり、アスカは主機と接続された初号機内部に引っ込んでしまった。実のところアスカはとっくにヴンダーの構造、システムを把握しきっていた。これはひとえに、アスカが後天的に得た能力故である。
「……ヒトならざるもの、か」
今のアスカは、所謂生体コンピュータウイルスのような状態である。14年の間にアスカと第9の使徒の残滓は深い部分で溶け合い、融合していた。今のアスカは式波・アスカ・ラングレーであり、第9の使徒とも識別される。その恩恵を得たアスカはMAGIコピーに瞬時にアクセスし、重要な情報を入手していた。碇ゲンドウ・冬月コウゾウとゼーレの進める人類補完計画。ヴンダー含めた四隻のアダムス。アダムスの器、パイロットの綾波シリーズ。アスカは海のような空間に身を沈め、それらについて深く思考する。
「碇ゲンドウの進める人類補完計画……その目的って一体……」
NERVとWILLEが交戦状態にある以上、碇ゲンドウは人類補完計画を諦めてはいない。フォースインパクトを起こす気満々だろう。シンジもまた利用されるかもしれない。それを阻止する糸口を探そうとしていたが、アスカは煮詰まってしまった。
「ダメね……全然思いつかない」
アスカは体を投げ出し、プカプカ浮かぶ。……それからふと思い立ち、アスカはWILLE所属のパイロットに会いに行くことにした。
「会いに行ってみるか……。……エコヒイキ」
一方艦橋では、クルーが作業を進める中でミサトとリツコは難しい顔で話し込んでいた。
「艦長、本当によろしいのですか?式波・アスカ・ラングレーに居座られたままで」
「……他に選択肢はなかったはずよ、赤木副長。あれが、せめてもの温情よ」
「しかし……」
「……リツコ、これ以上この話を蒸し返さないで。彼女の協力があれば、このヴンダーの力を引き出せるかもしれない。いいわね」
「……了解」
これで終わりとばかりにミサトはリツコから離れ、現場指揮に戻る。リツコは一つ溜息を吐くと、携帯のような電子機器を立ち上げた。その液晶画面には、こう書かれていた。
―"9th Angel Detected"
「彼女が私たちの福音となるか災いとなるか……どうなるかは彼女次第よ」
綾波レイは、自身の乗機であるエヴァンゲリオン零号機改・ヴィレカスタムのエントリープラグの中で防水対策をされた本を読みながら同僚の真希波・マリ・イラストリアスと話し込んでいた。彼女の乗機は左手を第11の使徒戦で2号機を庇った時に切断され、義手パーツとなっていた。それに加えて、NERVエヴァとの区別をつけるためにカラーリングを山吹色から海のような青に変更されていた。
彼女は、NERVを裏切って後悔はしていない。躊躇いがあったにせよ、大切なものを教わったのだ。―碇シンジと、式波・アスカ・ラングレーから。
「……私は、籠の中の鳥じゃない。自分の翼で、自由に飛べる。あの二人は、そう教えてくれた」
『そいつは良かった。ワンコ君とは一度しか会ってないし、式波・アスカ……折角だから姫って呼ぼうかな。ワンコ君と姫が今のレイさんを作った……あれ、でもレイさんってワンコ君のこと……』
「ええ……好き『だった』。私の生まれを知った今でもその気持ちは変わらない……でも、2号機パイロット……式波さんのことを知って私は……身を引くことを決めた」
式波・アスカ・ラングレーの出自は、自分のものと比べると目も当てられないほど悲惨だった。クローンと自覚した状態で生まれ落ち、同一シリーズの別個体たちと生存を賭けた競争を強いられ、アイデンティティーと呼べるものを獲得するために必死に這いずるように生きてきた。……エレベーターで問答したあの時、自分の言葉がどれだけ彼女の心を抉ったのか、アスカの出生を知った時死ぬほど後悔したのだ。
「私は大丈夫……ありがとう真希波さん」
『……マリって呼んでよ、レイさん。気にしなくてもいいよん』
『アタシのこと、気にしすぎじゃない?』
二人のみの秘匿回線に、何者かが割り込んできた。真打登場、である。二人は目を見開いた。
「その声……式波さん?」
『久しぶりね、エコヒイキ……いえ、レイって呼ばせてもらうわ。8号機の人は初めまして。式波・アスカ・ラングレーよ』
『これはこれはどうもご丁寧に……私はエヴァンゲリオン8号機専属パイロット、真希波・マリ・イラストリアスよ。よろしく、姫』
『姫?』
『そ。ワンコ君……碇シンジ君が王子様で、あなたが姫』
アスカはその言い回しにかつての自分に通ずるものを感じ、笑いをひそかにこぼした。
『そ。なら私は、コネメガネって呼ぼうかしら』
『ご自由に♪』
「あの……どうしてあなたが居るの?」
このままだと二人だけで会話に没入する予感がしたので、レイは割り込んだ。
『ん~……アタシもよく分かってないのよね。多分使徒と混ざったせいだと思うけど』
『!』
「それは……」
『別に気にはしてない、シンジに助けてもらったから。……それよりも、レイ。アタシは貴方に、謝らないといけない』
「何を?」
『貴方からシンジを奪ってしまったこと。身を引かせてしまったことを』
「……聞いてたの?」
『まあ……割と最初から』
「式波さん……アスカが気にすることじゃない。私の選択だから」
『でも……』
「……一つ、約束して」
『うん?』
「碇君を、お願い。今の私は、彼に寄り添えないから」
『……!』
アスカが息を呑む音が、聞こえた。
『……分かった。バカシンジは、アタシが守る』
「お願い」
それを最後に、アスカが遠ざかっていくのを気配で感じた。
「……お願い、アスカ」
『レイさん……優しすぎるよ』
マリの『レイさん』呼びは、ユイさんと呼んでいた繋がりです。マリならそう呼ぶんじゃないかな、ということでこの呼び方に決定しました。
後、空白の14年間、特にゼルエル戦やレイの離反などはいずれ掘り下げます。