「──この書類を受理したの、正気かい?」
雄英高校の屋台骨、リカバリーガールは、書類の束を校長室の机にばさりと置いた。
最も長く勤務する女性看護教諭は、アポなしで校長室にやってきた。それを校長の根津は咎めだてる様子もない。
書類は右上にマル秘とスタンプが押されている。雄英中等部一期生として入ってくる生徒たちのデータだが、大部分が黒く塗りつぶされていた。
顔写真、氏名、性別。最低限必要な情報はかろうじて確認できるものの、確認できない個人情報のほうが圧倒的に多い。
「やっぱり、納得はできないかい?」
「当たり前だろう。個性すら非開示になってて、モノ申さない学校関係者がいるのかい」
雄英高校内は、突然の中等部設置に大きく揺れている。生徒たちの動揺もそうだが、教職員にとっても晴天の霹靂だった。
「百歩譲って中等部設置まではいいとして。……こんな書類を寄越すような団体と、共同のプロジェクトなんてできるのか、疑問だねえ」
人々の個性は個人情報の一つだ。
けれど、学校現場には、各々の個性を把握するために届出をすることが常である。
それはテストのカンニングや生徒間でのいじめ防止のためであったり、不慮の事故で個性が暴発してしまったときの対処法の構築であったり、怪我をしてしまった生徒に適切な処置をするためであったりする。予防的措置として真っ当な理屈であるため、基本的に個性の届け出を渋る保護者はいない。
まれに、ネガティブな個性を持つ生徒及びその保護者が、『色眼鏡で見られたくない』という理由から空欄で提出するケースがあるが、その場合は役所に提出された個性届の情報を照会することが可能だ。
「……情報照会ができなかった」
リカバリーガールにむけて、校長は重々しく返答した。
「元々雄英高校には中等部の設置構想はなかった。ただ、断れなかった」
それは、共同プロジェクトと銘打っておきながら、力関係は第三新東京グループが上であることを意味する。
頭の切れる根津校長が押し切られてしまった事実に、リカバリーガールは言葉を失った。
組織規模が大きいとはいえ、トップは雄英の卒業生でもない、一民間企業との合同プロジェクト。
政府、あるいはヒーロー公安委員会あたりからの圧力がかかったか。
視線で会話し、互いになにも口に出さないことを決める。
根津は息を吸いこんだ。
「一期生はもう受け入れるしかない。けれど、二期生を受け入れるかはまだ白紙だ。仮に要望があったとしても、交渉はしていくつもりだよ。……ただ、一旦受け入れた以上、一期生は責任もって面倒を見る必要がある。少しやりにくい部分はあるだろうけれど、中等部の生徒の健康を、どうか守ってほしい」
リカバリーガールの個性、『癒し』は、医療関係者からは喉から手がでるほど求められる個性だ。
医療行為は、個性が世界に出現する前と比べ、圧倒的に難度が上がっている。
トラブル防止のため、治療行為の前にまず対象者の個性確認をすることが原則となっているほどに。
「……まあ、やってやれないことはないだろうけれど、仮にも雄英の名前がついた学校なんだったら、個性くらいは教えてほしいね」
「情報共有の仕組みは構築する。ただ、生徒本人からの申告を、丁寧に拾い集めていくしかないだろうね。ヒーロー科の生徒たちがメンターに手を挙げてもらえれば助かるんだけど、先生方も今回の件に懐疑的だ。積極的にメンターになれとは言えないだろう」
校長室の日が陰る。
リカバリーガールはため息をついた。