「君に雄英中等部生のボランティアを頼みたい」
校長室に通された相澤は、息をつく暇もないまま、校長から告げられた。
相澤の隣に立つ山田は、校長と相澤の顔を交互に見ながら、開こうとした口を慌てておさえている。
担任教師が山田に鋭い視線を向けたからだ。
黙っていろ、ということらしい。
「……理由を伺っても?」
「そうだね、相澤くん。君には伝えないといけない」
「あの~、俺は……」
「山田くん、思うところあるかもしれないけれど、同席はしておくれ。質問は後から受け付けるから」
校長は深々とため息をついた。
「君たちも察しているかもしれないが、雄英中等部生をサポートするボランティアの立候補者はゼロ名だ。正直なところ、教職員だけではフォローの手がまわらない。ヒーロー科からのボランティア人員は欲しい」
「んなこと言っても、後の祭り過ぎるぜ! 担任の言い方からして募集に消極的だった……」
「君の感想ももっともだ、山田くん」
根津は担任を手で制した。
「学校現場での個性衝突事故、聞いたことないかな?」
相澤たちは座学の授業を思い返した。
報道はされていない。が、幼稚園や小学校低学年クラスを中心に、個性をうまく制御できない子供が意図せず他者を傷つけてしまったり、物を壊してしまったりするケースがある。通称『個性衝突事故』。大人でさえも、深く理解していない自己の個性が思わぬタイミングで発動することもある。笑い話で済むレベルのものはよくある話である。ただ、悲劇的な結末になることも、あわやという事態になることも、現実にはある。
ヒーロー科の生徒は、学校現場で起きた『個性衝突事故』後の子供のメンタルケア・個性コントロール指導のため、召集がかかることがある。
事案の収拾にあたるヒーローに求められるのは、事故の加害者となった子供と同系統の個性を持っていることだ。個性が細分化されつつある現代で、個性コントロールは基本的・一般常識的なことしか教えられない。細かい調整などは同じ性質の個性の持ち主から教わるほうが身になり、教えを受ける側も素直に受け取る。
ただし、一年生は仮免許を持っていないため、召集の対象外だ。
もっとも、仮免持ちの上級生も、全員が漏れなく召集されるわけではない。水や炎、電気系統の個性の持ち主が比較的まとまって存在しており、一定数の発生事案があること。カッとなった場合に大惨事になりやすいパワー系の個性の持ち主が需要が高いこと。これらの理由から、招集回数にはムラがある。
が、実際にそのミッションにあたった先輩たちは、大なり小なり大変そうだったという噂話は聞いている。
実地で『個性衝突事故』を対処した先輩達やその周囲が、「ボランティア」でそんな大変な思いはしたくないというのはわからないでもない。
加えて、教職員側が、『個性衝突事故』に関しての懸念点を持っているのだろう。
「ヒーロー科が行うボランティアには、『個性衝突事故』を未然に防ぐ役割も求められている。が、このボランティアは雄英が設定した正規課題ではない。それで雄英ヒーロー科の生徒が怪我をした場合、責任の所在がどうなるか、揉めるのは想像に固くない。ヒーローを目指す以上、多少の怪我はみな織り込み済みだよね。そんな類の誓約書は入学手続きの際にいくつか提出してもらっているし。……でも今回は完全に、僕たち大人の事情にヒーロー科が巻き込まれた形になっている。だからあのホームルームは、担任の先生たちからの優しさだよ。それらについて、校長の立場としては思うところあるけれど、僕個人としては、責める気にはなれないね」
山田が吐きそうになった毒はみるみるうちに消えていった。
「……それはそれとして、相澤くんの個性は、今回のボランティア活動を行う上で、喉から手が出るほど欲しい」
相澤は静かに息を吐いた。
ヒーローを目指してはいるものの、教員免許の取得は雄英入学直後から勧められてきた。
個性「抹消」は、暴走する個性を鎮圧する絶対的優位性がある。
幼稚園や小学校などの教育現場として、教職員が持っておきたい最強の個性。そんな賛辞は、数え切れないほど浴びてきた。
「──ありがとうございます。……ただ、発明科主導のプロジェクトはどうなったんですか?」
相澤は入学直後、発明科が立案した『個性封印サポートアイテム』の開発研究に協力している。『抹消』の個性はその際詳細に調べられた。
たとえ効果が数秒でも、スポット対応で個性を封じられるというアイテムは、今後の教育現場で絶対に必要になってくる、と並々ならぬ思いを伝えられた記憶がある。
「……あのプロジェクトは凍結された」
相澤以上に、山田の顔が歪む。
「『個性を封じられない権利』を侵害すると、ストップがかかった。企業やサポートアイテム企業でも開発・研究制限がなされている分野を、雄英だからといって認められない、と」
彼がなにか言葉にする前に、根津校長が悔しそうに言葉を絞った。
わからないでもない。
『抹消』を活かしたサポートアイテムが開発されたとして、ヴィランの手に渡れば悪用されることは必至。
「現状、学生のなかで雄英中等部生の個性を安全に制圧できる最適解は、相澤くんだ」
力のある個性の持ち主は他にいる。ただ、個性の暴力・体術・その他荒事を手段にしないとなれば、相澤に行きつくことは避けられない。
「ボランティアの打診は、すでに何人かには行っている。が、中等部生たちの個性がなんなのか、学校側は完全に把握できていない。それがネックになって、ボランティアを受けるという返答がもらえていない。けれど、相澤くんがいれば、ボランティアを受けてもいいと言っている」
根津は息を吸いこんだ。
「教師としての力不足は重々承知している。だが、中等部生の受け入れはもう決定事項だ。相澤君。力を貸してほしい。雄英中等部生のボランティアを、ぜひとも引き受けてほしい」
校長直々の単刀直入なお願いは、事態が切迫していることを示していた。
「──もちろん、タダでとは言わない」
担任が口を挟んだ。
「相澤は恐らくかなりの時間、拘束されることになる。相澤に関しては、このボランティア活動は単位認定し、成績に含もう。万が一ネガティブな事案が発生しても、公平に調査し、相澤の不利にならないように図る。……なにより、今回の中等部生受け入れは、プロヒーローたちも注目している。そこで今回のボランティアに力を入れているとなれば、インターンやら体験活動に関して、プロヒーローへの口添えにもつながるだろう」
自分が求められていることは分かっている。
緊急時の安全装置。
「……わかりました」
相澤が了承すると、室内の空気が一瞬で柔らかくなる。
「ただし」
相澤は隣に立つ友人の肩に手を乗せた。
「山田も補佐につけてください。コミュニケーション能力は、こいつのほうが高いので。二人セットで過ごすことで、俺はより黒子に徹することができると思います」
「わかった。シフト組みに反映しよう」
「頼むぞ、山田」
「うえぇ? まあ、相澤がそういうなら付き合うけどよお……」
山田の声には誰も反応しないまま、ボランティア活動の詳細を告げる紙が渡された。
きな臭さは、ぬぐえないままだった。