「何これ」
「さぁ、道、じゃないかしら」
「でも何で道が空中を飛んでこっちに来るんだ?」
「この島特有の何かじゃないか。俺乗りましょうかナミさん?」
「スーパーな俺が乗ろう!」
結局全員で乗りました。
* * *
艦に戻ってきた。相変わらず中佐は人ごみの中でゲロを出しまくり、しかしなんとかエチケット袋は頑張ってくれたようだ。俺としても街中で雑巾を振るいたくはない。
犬を連れてきても他の物まで飲み込んでしまうから正直言って使いどころが中佐の部屋しかない。機械だからペットにもならない。
「あれ、本部からの通知だ」
海軍御用達の郵便から便りを受け取る中佐、とりあえず俺は待機と言ったところだ。そもそも戻ってきたのは本部からの通知がありますよ、っていう連絡があったからなので中佐の言葉は蛇足である。
ぺりぺりと机に腰掛け捲る。いや、三つ折だからそんな難しくないはずなんだけどどうして少し破るのか。
「中佐って器用ですね」
「え、そう? 初めて言われたよ」
えへへ、と照れる中佐。うんそうだろうね。悪い意味で器用だ、なんて言葉使わないからね。お歴々の方々は皆不器用ですねと優しく言っていたのだろう。
前任の彼は今頃どこで何をしているのだろうか。
「それで中佐、何と?」
「ん? ナント?」
首を傾げておられる。手に持っているものの内容ですよ。
「あー、うん。えーっと……?」
首を竦め目を凝らす。なんだろう、少しだけ普段と様子が違うような。言うならば、そう。
「いつもより幼い、ような……?」
「――カタ・ナユタは本日1200を以って大佐に昇進、及び戦闘可能上限条件を解除する」
戯言が聞こえてきた。俺は疲れているのだろう。
「中佐、もう一回」
「カタ・ナユタは本日1200を以って大佐に昇進、及び戦闘可能上限条件を解除する」
「なん、だと……」
中佐が大佐になってしまった。はは悪い冗談だ深呼吸をしよう。
「…………またまたご冗談を」
「いやいや冗談じゃないってば」
苦笑いの中佐も脂汗が流れている。当然だ、だって昇進理由が思い当たらないのだから。彼女が中佐になってからの功績といえばスコール海賊団の殲滅と日々の巡航だけである。
麦わらの一味? 知らないな。
「こ、こっ、これってなんかあるのかな。ど、どっかに左遷とか変な生物が来るとか、もしかして人体実験の生贄とかっ!?」
がたがた震える中佐、もとい大佐。びびり過ぎである。しかしながら思い当たらないことがないでもない。それを思えば――中佐の過去を知っていればむしろ遅いほうなのだ。
“刃斬り”の由来、それは剣士を悉く殺傷した証明。
最近は巡航が多くて一所にいないのでさっぱりだが、その昔海賊の半分が立ち寄る島に常駐していた頃はそれはもう凄まじかったらしい。とりあえず相手をした九割を処刑し、相手が死んでもそれが剣士ならばその命とも言える剣を粉々にするまでやめなかったという。
ちなみに残った一割は上官命令で衝動を抑えたとか。
「今の中佐を見たら別人と思うようなキラーマシンっぷりだったんですからようやっと階級が追いついたんじゃないですか?」
「いやいやでも私が殺ったのは制限以下の雑魚ばかりだし。そうだっ、制限解除ってどういうことなのっ!? もしかして上限オーバーの賞金首でも近くにいるの!?」
今度はわたわたと椅子を回して不思議な踊りを行う。MPがない俺にはついに狂ったのかという感想しか湧かない。
「落ち着いてくださいバカ。回ったって吐くだけなんだからそれは自虐パフォーマンスと判断しますよ? その場合俺はあんたを殺します。部下だから」
「おっかしいだろ殺すなよっ!」
「部下だから、俺、中佐殺します」
悲しいけど、これ以上狂っていく中佐を見ていたくないから、だから……とか、悲劇の主人公のように喜んで殺します。
「狂ってないから! それと落ち着くのは君もだよハリー! さっきから中佐中佐って、階級上がったんだよっ!」
「何をおかしなことを。ちゅーさ、という少し馬鹿っぽい音がいいのにそれが大佐なんて、コイキングにギャラドスって名前付けるのと一緒ですよ。はねるしか覚えてないコイキングがギャラドスなんてどんだけ痛いんですか。あの阿呆な見た目にギャラドスってどんだけ見栄張りたいんですか」
待てよ、それじゃあ中佐はいずれギャラドスになるのか? 考えて見ればあの大口っぷりは中佐にぴったりである。海がダメなのも淡水魚だからなのか?
「中佐って風呂入れますっけ」
「入れることは入れるよ。悪魔の実の能力者は基本溜まり水がダメだから力は抜けるけどね。まぁ私の場合は全身浸かったらそれでおしまいだからシャワーだけど」
はは、こうなったら全身浸かってみようかなどと遠い目をしてのたまう彼女。いい具合に自暴自棄である。
俺としては賛成でもあり反対でもあるのが正直な気持ちだ。上が抜けることは歓迎だしゲロ掃除をしなくていいというのは魅力だが、何も今すぐ死ねとまで思うほど嫌っているわけじゃないのである。なんか微妙。
「っと、もう二枚あるね。何だろ」
残る二枚のほうには何が書いてあるのか、という話に戻る。先のインパクトが強かったためにもう驚くことはないのだろうが、一応心の準備だけはしておこう。
人生何が起こるかわからない、仮に死んでももしかしたら生き返るかもしれないのが恐ろしい。ヨミヨミの実とか。
「え…………」
思考に耽っていた俺はその声で思い出したかのように意識を引き戻した。目の前の中佐は紙に釘付けで瞬きすらしない。開かれた瞳と震える指先、そして言うことを聞かないように開いた口。
「中佐?」
違反ものだとは知っている、だがそれでも覗き込まずにはいられなかった。視界に入る写真と文字を読み、認識する。それは手配書だった。
「“導き”ヒゼン・ソーマ、こいつは……」
先ほど街であった青年。額の傷という間違えようのない特徴があった。
なるほど、こいつを中佐に任せるというわけだな。懸賞金は2億、今までの中佐では手を出せない相手だ。でも、中佐の目はそこには向いていない。名前と、そしてもう一枚のほうを交互に見続けている。
もう一枚も手配書、無邪気に笑う栗色の髪の少女。それはどことなく中佐に似ている。
「“咎人”イリカ・レベッカ、懸賞金――――4億!?」
4億1600万、今まで見た中でも上位の賞金額である。見た感じそこまで年はいっていないはずなのに、どうしたらここまでの金額に至れるのだろうか。
「イリ、カ……イリカ・レベッカ…………ソーマ・ヒゼン……」
中佐はずっと、その名前を言い続けている。病的なまでにその行為をし続けている。冷や汗が出ていた。震えは全身を覆い、顔色が真っ白になっていく。
「中佐、しっかり。どうしたんですか?」
「ソウマ君、イリカ……」
膝を着いた彼女は、瞳から水を零していた。俺はただ、彼女を見続けることしかできなかった。
* * *
麦わらのルフィ相手に時間を稼ぐという危険な行為、それがようやっと実を結んだことを実感した。既に彼の攻撃に何度晒されたかわからない。自分の戦闘能力を考えれば上出来以上の何物でもないが、彼らの編成もこちらに味方していたようだ。
ロロノア・ゾロはたとえ一本道でも迷うほどの方向音痴だ。そのタイムロスと、船番をしていた残りの彼らがこちらに向かうのとはほぼ同時だった。こちらが用意した近道を何とか使ってくれたらしい。
つまり、ようやっと俺は本当の全力でこの身を捧げられる。
「これで全員、というわけだな。麦わら海賊団は」
「というより先に出発したはずのあなたがどうして私達と同時なのかしら」
ニコ・ロビンがゾロを見ながら呟き、しかしゾロは意に介さない。というよりは言葉もないという感じなのだろうか。
獣になったトニー・トニー・チョッパーも合流し、結果的に八人が集結した形になる。土で汚れだらけの俺と無傷の麦わらという状況は、後からやってきた彼らにも明瞭に真実を告げるだろう。
「ルフィ、こいつが?」
ナミが聞く。ルフィは何も言わずに俺を注視している。彼女は答えを求め周囲を見回し、ゾロやチョッパー、ウソップの緊迫感を察してこちらを見た。
「ちゃんとこちらのタクシーに乗ってくれたようで何よりだよ。改めて初めまして、ヒゼン・ソーマだ」
「タクシー? どういうことだ?」
「サニー号のところに変な板みたいなのが来たのよ。ためしに乗ってみたら動いちゃって、そしたらここに……」
ウソップの問いに応えるナミ、それに頷き、とりあえずは歓迎することにする。なんといってもこれで心配の種が減るのだから。
「君たちは俺の願いを聞き届けてくれなかった。だから、ここからは俺も全力でいくことにするよ。とは言っても麦わら、俺はさっきまで手を抜いていたわけじゃないから安心するといい」
「…………」
麦わらは沈黙している。こちらの動きを待ってくれるのならありがたいことだ。おかしな力のあるこの世界では先手こそ必勝で、俺にとっては先手以外の選択肢なんてありえない。
「ここからは交渉かな。麦わらのルフィ、海賊狩りロロノア・ゾロ。二人は先に行ってもいい、でも残りは行かせない。それでどうかな」
「え!?」
「どうしてその二人はいいのかしら?」
「簡単なことだよ。俺にはこの二人を抑えきる自信はない。でも残りの奴らならなんとかなる、それだけだ」
そして、眉間に皺を寄せて一気に不機嫌になる金髪の男。
「おいてめぇ、それぁどういう意味だ」
「言葉通りだよ。あぁそれと、行くなら早くしたほうがいい」
彼らに選択権はない。仮に一斉にかかられれば俺に勝ち目はないのだ。できるだけ早くこの二人を分断させたい。
「どういう意味だこらぁ!」
サイボーグフランキー、でかいな。俺としてはこいつには空気でいてもらいたいところだ。
技術者というのは総じて状況を打破しやすい傾向にある、おそらくは思考回路が他とは異なるのだろう。できるかぎり大仰に、余裕を持って、言葉に重みをかけていく。
「――この島の全ての人間が死ぬ。そうなるように仕向けたから」
「な!?」
「何言ってるんだお前! す、全ての人間が死ぬって、そんなことは……!」
「できるさ、俺の村もそうだった。助けようとしても無駄だぞトニー・トニー・チョッパー、これは医学でどうにかなる事態じゃない。止めるにはただ一つ、詩を止めるしかない」
尤も、そうならなくてもいずれは滅んだのかもしれない。でもやっぱり、あの幸せな日々を壊したのは間違いなくイリカだったんだ。イリカの無垢な、穢れの詩だったんだ。
「詩、ですって……あなたは一体何を仕掛けたというの? 医学でどうにもならない、というのは単純な外傷ではないのでしょうけど」
さすがニコ・ロビン、お前も足止めしなければならない存在だ。肯定し、タネを話す。話しても何の問題もない、どちらにしてもたどり着けない。
「精神が死ぬんだ。狂い、イカれ、原初に立ち返り、破滅する。そうなる詩が聞こえてくる――――ほら、もう時間はないぞ」
「ッ!? ルフィ、ゾロ! 先に行って!」
ナミが叫んだ。しかしルフィとゾロは不思議な顔をしている。そうだろうな、好戦的なお前達ならそうだ。だからこそわざわざ全員呼んだんだよ。
「何言ってんだナミ、こいつを全員でぶっとばして先に行けばいい」
「こいつはタイムリミットを言ってない、仮に全員で倒しても時間が来たら終わりなの! それなら二人が先行するほうがいいわ!」
「行かせてくれるってんならさっさと行っちまえ! どの道早く行けるのはお前らくらいだ!」
「そうだそうだ、早く行け! お、俺はここで指示を出しながら待機する……!」
フランキー、ウソップと賛同し、押される形になってルフィとゾロが俺の横を通り過ぎた。ゾロなんかはすれ違い様に斬りかかってきそうだったが、それぐらいなら俺も受けられる。時間と労力の無駄と悟ったのだろう。
ということで、本当に計画通りの状況になった…………いや、本当なら、ここで会いたくはなかった相手だ。まるでこの先を暗示させられるような、そんな相手だ。
「そう殺気だってもいいことはないよ、黒足のサンジ。それに俺は君を侮ったから残らせたわけじゃない、むしろ逆だ」
「あん?」
タバコを銜えながら腑に落ちない様子のサンジ。ま、説明前に準備をしないといけないな。両足で踏みしめる大地を感じ取り、世界を身体の一部のように錯覚する。両手で球を作り、それをこねるように握り締めた。
「迷宮・ロシアンルート」
背後の構造が作り変わる。一本道だったスパイラルガーディアンまでの道を迷路へと変更させる。
そしてこれは迷路であって迷路ではない、マップ作りは意味を成さない。行き止まりにたどり着いた時点で運が良ければ抜けられる。運が悪ければ永遠に抜け出せない。
「てめぇ何しやがった!」
それは当然視界に入っている六人にもわかってる。フランキーが叫び、しかしサンジは冷静に俺の隙を狙っていた。
……だからだよ、黒足のサンジ。お前は絶対に俺が直接相手取らなければいけない相手なんだ。
「頂上までのルートを変更しただけだよ。さて、じゃあ鈍足な君たちには退場願おうか」
右手を突き出し、左手を捻転する。呼応するように大地が鳴動し、異変を覚えた彼らは急速に遠ざかっていく。
「何だこりゃあ!?」
「一条逆行。運動の時間だ、もう戻ってくるな」
一気に小さくなっていく六人を見つめる。これで終わり、なんて話なら何の苦労もない。だからこそ見続ける。おそらくは二人ほどこちらに戻ってくる。
そら、戻ってきた。
「……ち、やってくれるぜ」
「みんな大丈夫かな。俺が乗せられたら良かったんだけど」
「やめたほうがいいよ、そうしたらもう一度俺がやるだけだ」
サンジとチョッパー、この二人だけは戻ってこれる身体能力を持っている。残りの四人にはずっと走っていてもらおう。こちらを睨みつける二人に涼しい顔を見せる。俺が優位だってことを空気に出し続けなければいけない。そうしなければ負けてしまう。
「さっきの続きだ。どうして俺が君を残したのか、それは君が一番やっかいだからだ」
「…………」
「確かに先に行かせた二人の戦闘力は目を見張るものがある。でもそれだけだ、あの二人は相手にたどり着いてからの行動しかできない。相手にどうたどり着くかを考える力が足りないが…………君は違う。あの二人に劣らぬ戦闘力を持ち、同時に状況を打破する頭脳も持ち合わせている」
ルフィとゾロはガチンコなら強い。対応策が見当たらないほどに強い。ならばそうさせなければいい。だから先に行かせて迷路に迷わせる。
他の彼らは能力の差こそあるが俺の力でどうにでもなる、身体能力の、走力の欠如を突けばいい。気がかりなのはウソップの狙撃だが、山という環境が俺を隠してくれる。気にしなくてもいい。
「本当に止めるべきは戦闘馬鹿や参謀じゃない。その両者をバランスよく持つ君、そしてその次点である君なんだ。麦わらの一味で本当に無力化するべきは君たちだよ」
「…………」
「………………」
照れていた。
にやけた顔はだらしなく、また奇妙な踊りはまぁ和むものがある。待つこと数秒、戻ってきた二人は落ち着いて話し出した。
「お前、能力者だな。まぁどんな力かは想像がつくが……」
「俺はどっかの自信家や自慢屋、馬鹿とは違って自分の力をバラす気はないよ」
「ご尤も」
「――それと、君と俺は同じだと思ったんだ」
サンジがタバコを落とし、新しいものに火をつけた。待っているようだ。
「俺は女の子のために生きている。女の子のためにこうして相対して、戦っている。君も一緒だろう、黒足」
「……なるほどな、“詩”を歌うのはそのレディか」
「ああ、俺の大好きな、大切な子だよ」
「そ、それでも他の人を死なせていい理由にはならないじゃないかっ」
「なるさ。なるんだよトニー・トニー・チョッパー。あの子が生きるためには人を殺し続けなければならない。俺にはそれを止められない。そして俺にとってイリカの命は他の全てのものより重い大事なものだ。ほら、十分な理由じゃないか」
「……っ」
チョッパーはきっと理解できない。でもそこまでは望んでいない。ただ俺がそれを信じていればいいんだ。
「――イリカの邪魔は絶対にさせない、そう思っている俺が、お前らになんか負けるわけない」
才能とか、環境とか、定めとか。そんなものに恵まれる必要はない、そんなものは乗り越える。イリカのために戦う俺が、この二人に負けるはずはない。
「ふー」
煙を吐かれた。ゆっくりと指で挟んだそれが向けられる。
「――わかってねぇな、てめぇ」
「わかってるさ、でもそれでもいいって思ったんだ」
「じゃあそれでいいさ。だが俺はてめぇとは違うんでね、折らせてもらう」
「俺も、お前のやることは認められない。医者として、命を粗末にするお前には負けない!」
構えなんて俺にも、彼らにもない。だからこそ始まりは何の前触れもなく起こり、そして爆ぜた。
* * *
「ふんふんふーん」
螺旋の大山の頂上で少女が舞う。山頂とは思えないほどの平らな地面、草木はほどよく生えて剥き出しの土との調和を見せている。彼方に見える社は管理者の住まう場所か、それも既に無人であり意味を成さない。この大山も既に死滅していた。
「どーんな詩にしようかなぁ」
彼女の詩は決まらない。その時々に感じたことを独自の感性で編み上げる。故に早いときや遅いときなどばらつきがあり、本人にも、追従するヒゼンにもそれはわからなかった。今回は進みが良く、しかしその代償として曲自体が長くなりそうだった。
「お姉ちゃんがいたらすぐ決まるんだけどなぁ」
彼女の姉がいた時に、彼女は詩を作ったことはない。しかし彼女の頭の中の姉はそれを褒めてくれていた。血まみれの姿で褒めてくれていた。
けたけたと嗤う。ペンキをかぶったような姉の姿に嗤う。でもおかしい、彼女の姉には顔がない。どんな顔だっけという疑問は生まれたが、表出することはなかった。それでよかった。
「ありったけーのー、ゆーうーめーえーをー……」
ありったけの有命を、散らせるために。
少女は一人、まっていた。