かたなリバース   作:白山羊クーエン

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自分を騙せる嘘

 

 

 

 トガトガの実が脅威足りえる理由の最大の一こそが、イリカの言うところの“詩”である。いや、ただそれだけが脅威であったと言っていい。もとよりトガトガの実によって齎される力はそれだけだったのだから。

 広範囲の能力拡散、それは精神汚染のそれであり、イリカの持つ精神構造を他人にも押し付けるという理不尽なものである。人間の汚い部分を丸ごと飲み込み、最早それ自身となったイリカにこそ耐えられるそれは常人には毒でしかない。

 最終的に自我が崩壊し精神死するわけだが、それまでの間に今までの心持ちではありえない行為をし続ける。それは肉体が強ければ強いほど脅威となり、イリカにしてみれば他人を武器にするような行為である。

 

 さて、そんなトガトガの能力者。過去駆除されなかったわけではない。この詩に耐え切れるものは存在するのだ。それは現世で言えば海軍に指令を出されたジュラキュール・ミホークであり、そして、今イリカの眼前にいる二人でもある。

 条件は偏に、ただ持っているかどうかである。

 

 

 

「トガトガの最高の能力――いや最低の能力か――覇悪は、云わば覇王色の覇気と同系統だ。つまり覇王色の覇気を扱える人間になら覇悪は相殺でき、正常な精神で相対することができる。そして当然、その拡散にも対応できる。ま、覇王色なんて完全に資質だし、彼のように制御できなかったりするから考え物だけれど」

 そして、カタ・ナユタは妹を見た。

 イリカ・レベッカ、咎人と呼ばれ忌避される殲滅対象。そんな彼女に対し、カタが思う心は一つだけだ。

「イリカ、今までごめんなんさい。お姉ちゃんはもういなくならないから、寂しい思いなんてさせないから…………だから一緒に帰ろう?」

 手を伸ばす。それを潤んだ瞳で見つめるイリカは、しかし三日月のように、蝕まれた笑みを浮かべた。

「お姉ちゃん、イリカを殺したいんだね? わかるよ、わかるわかる。お姉ちゃんは優しいことを言っているけど、でもイリカを殺したいんだ。覇王色の覇気っていうのが何なのかわからないけれど、でもイリカは歌えないってことよね? ならイリカはお姉ちゃんとソレを砕いて歌うわ。だってヒゼンが歌っていいって言ったんだもの」

「お前……」

 今まで呼んでいた人間を“ソレ”に降ろし、イリカは哂う。

 ルフィは姉妹の会話に口を挟まない、挟めない。彼は頭が足りないが、大事なことはわかっている。

 

「違う、違うのよ。イリカ」

 ふるふると首を振った。カタは――リーティアはまだ、戦うつもりはない。

「イリカはわかっているんでしょう? 私たちの村が、あの穏やかなナガシ村が消滅したのはあなたのせいではない。でもそれをやったのは、あなただっていうことを」

 イリカが悪魔に取り付かれたことは不幸以外の何物でもない、だからこそ村の破滅は運命だったとしか言えないだろう。しかしどうであれ、その実行者はイリカなのだ。未来に村のことが書かれたのなら大罪人は彼女なのだ。リーティアの妹のイリカなのだ。

 イリカは笑みを消し、天を仰いだ。それは涙を堪えているかのようでちぐはぐだった。

「村、か……確かにイリカとお姉ちゃんとヒゼンの大切な村だったね」

「そうよ。大切な、思い出の場所。あなたが悪いわけじゃない、でもあなたが村を復興させられるならそれが一番なのよ。一緒に村に帰ろう? 一緒に、今までの時間を取り返そう? だから――」

 

 

「うん。それでお姉ちゃん、その村ってなんて名前だったっけ?」

 

 

「………………え」

 

 

「村、むら、ムラ……前は大切だった気がするんだけど今は違うから忘れちゃったっ。えーと、お色気?」

「…………」

 ルフィが口をぱくぱくさせていた。普段の彼ならば、おそらくは突っ込みを入れていただろう。しかしそれはなんでもないボケに対して、という前提が付く。今回の発言は、ボケにしてはいけない言葉だった。

 故郷の村、おそらくは言葉通り大切だったはずの場所。それすらも彼女にはもう残滓しかない。

「…………っ」

 顔を歪め、リーティアは頭を振った。依然考え込むイリカの姿は苦痛に余る。もう見ることすらしたくなかった。

 それでも、見ないわけにはいかなかった。

「…………ナガシ村よ、イリカ」

「あ、そっか。覚えたわ、もう忘れない!」

「ええ、いい子よ、イリカ」

 イリカは破顔する。それは褒められた無垢な子どもで、だからこそもう、後戻りなんてできないのだ。

 精神年齢はおそらくは事故後とそう変わらない。しかし悪魔の実に蓄積した負の意志は彼女の行動原理を変えてしまった。優先順位を歪めてしまった。

 

「――わかっていたことなのにね」

「ん? どうしたのお姉ちゃん?」

 なんでもない、とリーティアは微笑んだ。哀しそうな笑みだった。

「麦わらのルフィ、お願いがあるんだけれどいいかな」

「なんだ?」

「イリカが終わったら、私を殺して?」

「…………」

「お願い」

「嫌だ。ちゃんとお前、そいつに殺されろよ」

 ルフィはどっかと腰を下ろした。彼の空気は完全に観客のそれである。詮無い返事にリーティアは苦笑した。自分らしくないな、と思った。

 

「――イリカ、お姉ちゃんはイリカが大好きなの。あなたの幸せを何より祈っているわ」

 ――だから、安心して眠って。

「――――あははは、お姉ちゃん! お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんッ!」

 

 

 そして、ありえなかった姉妹喧嘩が始まった。

 

 

 

 

 リーティアは六式使いだ、故に彼女の戦法は徒手空拳である。妹を殴る蹴るというのは姉として心が痛む行為だが、既に痛みすぎて無痛状態である。できる限り早く妹を救いたい彼女としては、最早取れる手段なら全て活用する腹積もりであった。

 剃で移動、懐に入り、指銃を放つ。それをイリカは哂ったまま受け止めた。

「あああああっ!」

「――っ」

 絶叫、妹の苦痛。唇を噛み千切ってそれに耐えた。

 肉親を傷つけた証明が耳を犯してくる。指に触れる肉の温度が気持ち悪い。引き抜いたそれには血が付いていて、それが吐き気を催した。

「うぇ、ああああ――っ!」

 後方に飛び退き、膝を着いて吐いた。久しぶりの感覚だった。涙で視界が滲む中、イリカが笑っていた。

「痛い、痛いよぉお姉ちゃん……っ、こんなに痛いなんて、すごいよぅ……」

 哂いながら泣いて、両手を掲げた。手術前の意志のように十指を立て、そして一気に開いた。吐き気を催す覇気が指先から離れ、形作られる。

 

「十牙-トガ-」

「っ!」

 無垢故の対価だろうか、イリカは詩以外の力も持っていた。十体の黒き狼は心身を殺すべく襲い掛かる。口元を拭ったリーティアは立ち上がり獣の突進を受け止めた。

「武装硬化!」

 黒くなった両腕で狼を打ち据える。実体のない彼らを丁寧に叩き伏せ、見聞色で避けきる。しかし相手は獣、傷も相応に負った。

「すごい、すごいわお姉ちゃん! 前から強かったけど、でも今はもっと強いんだね! イリカ嬉しいわ!」

「ありがと。でも違うわ、私は変わっていない。イリカが変わったのよ」

 

 とても弱くなった。私も、たぶん弱くなった。大切な人を守れなかったのだから。

 

「行くよ」

 嵐脚、脚力による鎌鼬が迫る。イリカも流石に痛いのを嫌がったのか、横っ飛びで避ける。蝶のように綺麗だった。

「冥府の風-プルートガスト-」

 十指が球体を包むように動いた。覇気が激流の竜巻となり顕現する。上空に放り投げられたそれは一気に拡大し大気の奔流となってリーティアに襲い掛かる。

リーティアは左腕を引き絞り、血に塗れた腕を振るった。

「覇気千穿!」

 大技の衝突はイリカの勝ち、リーティアは吹き飛び地に叩きつけられた。しかし軌道を逸らすことには成功しており、冥府の風はスパイラルガーディアンの残った木々を死滅させて彼方に消えていった。

 

「あはははははは、すごいよお姉ちゃん! あれを見て生きてるの、お姉ちゃんとヒゼンくらいだよ! ……あれ、そういえばヒゼンはどこに行ったんだろ? お姉ちゃん知ってる?」

 それまでの攻防をないがしろにし、血を流したままイリカは問う。リーティアもまた、それまでを忘れ姉として答えた。

「ヒゼン君は、向こうで先にお休み中よ」

「そっかぁ。ヒゼンってばイリカを放っといてどんなご身分なのかしら………………あれ?」

「…………」

 そうしてまた、イリカは首を傾げる。自身の記憶と今の会話ではナニカが違っている気がした。だが、思い出せない。

「その約束は覚えていてほしかったな……」

 あの時、イリカも一緒にいて、一緒に笑い合ったのだから。

 諦めきれない気持ちが口から零れていく中、リーティアは駆けた。中遠距離では一撃の威力が違いすぎる。リーティアには近距離でしか勝つ手段はないのだ。

 一気に飛び込みつつ、嵐脚を放つ。加速する斬撃を避けきれずイリカは左腕を裂かれ、鳴いた。

「イリカ……っ」

 辛い。しかしもう止まらない。五指で放つ指銃はハリーの見よう見まねだ。心臓を狙い、しかし逸れ、右肩に突き刺さる。イリカの目が見開いた。

 声は洩れず、しかし口が動いた。手が動いた。リーティアは気づくが遅かった。

「きゃあああああああ!?」

 今度はリーティアが絶叫する。貫いた五指が離れ、吹き飛ぶ。彼女の腹に突き刺さるのは四足動物の頭部だ。

「偽善狼-ライトガルム-」

 漂白された狼は先の十体よりも大きく、速い。リーティアを吹き飛ばした後、大顎を開けて飛び掛ってくる。体勢を立て直したリーティアが月歩で中空に逃げる。が、ガルムのほうが速く、高かった。

「く……紙絵――――じゃない鉄塊!」

「――――――!」

 声鳴き咆哮、回避を選択した後考えを改める。

 そしてそれは正解、結果としてガルムの牙に軽傷で済んだ彼女は鉄塊を解き蹴りつける。ガルムはしかし大事無く着地した。

 

 間違ってはいけないのは、ガルムもまた覇悪であるということである。

 トガトガの能力者の覇気は全て精神を狂わせる力を持つ。紙絵は回避技、物理攻撃を回避できてもその覇気からは逃れられない。一歩遅ければ覇王色での相殺が間に合わないレベルの汚染を受けてしまうだろう。

「武装硬化」

 全身を武装色で覆う。ガルムは着地後すぐに狙ってくるだろう、そこをカウンターで仕留める。

 果たしてリーティアが着地する瞬間、ガルムは動いた。神速の歩行、突進だけで骨が砕けるそれをもう一度喰らったならば命はない。

「もう死んでるけど、ねっ!」

 着地と同時にガルムの両爪が襲い掛かった。槍のようなそれに貫かれれば如何に武装色でも致死だろう。

 だからこそ――

「砕破九竜!」

 それを模した一撃で打ち倒せる。頬を裂いたその一撃の威力に何の感傷もなく、消えていくガルムの先にいるイリカを見る。両腕で自身を掻き抱くイリカを見て、リーティアは自分の予測が真実だと確信した。

 

 このままでいい――!

 

 トガトガの実の能力者を殺すには悪意無き攻撃が必要だが、それでも攻撃という行為自体は緩和されるのである。しかしその緩和の原因は間違いなく覇悪にある。

 つまり、覇気。イリカの覇気を削れば削るほど、リーティアの攻撃は致死になる。

 本来ならばいくら覇気を削ろうとも殺すことは不可能だ。しかしたった一人の肉親であり、真実イリカを思って攻撃できるリーティアにならば、それだけで確率は高くなる。

 事実、たった二発しか入っていない攻撃で、イリカは驚くほどに消耗していた。あるいは姉との戦闘に昂揚が大きすぎて制御が効かなくなっているのかも知れない。

 

「イリカ……」

「う……あは、あははは、あはハハハはははハハハっ! 嗚呼、すごい! すごいすごいすごい! 痛いことなんて何度もあったけど、こんなに痛いのは初めて! これってもしかして、イリカも平等!? あはは、あはははははははははは!」

 全てに平等に訪れる死の感覚にイリカが哂う。そんな妹を哀しげに見つめながらリーティアが覇気を纏った。

 両手が鈍く哀しく染まる。赤い液体が優しく零れ落ちる。

「武装硬化――晶」

「あはっ――――お姉ちゃんかっこいいわ。ならイリカも――」

 黒い歪みが形を作る。イリカの何倍もの大きさに膨れ上がったそれは二腕二脚の巨人。スパイラルガーディアンを模した守護者。

「堕つ神-レンブラントガーディアン-」

 巨人が鉄槌を振り絞り、放つ。壁が迫るかのような圧力に対し、リーティアはまた、両手を球のように合わせた。

「覇気万穿!」

 拳と拳がぶつかり合い、リーティアの身体が地面にめり込む。支えきれない力に膝が折れた。それでも、彼女の一撃は巨人に風穴を空ける。

 彼女を包むように巨人の拳が通過して大地に大穴を開ける。余波が髪を揺らし、赤い液体が跳ね上がって髪を染めた。

「んー、お姉ちゃん、いる?」

「……いるよ」

 巨人が消え、光に溶ける中でリーティアは呟いた。覇気を纏ってもダメージは受ける。スケールの差は埋められない。

 ぼろぼろの彼女に対し、イリカもまた吐血した。流れる血を気にしないのは、自身に関心がないからだ。その考えを改めさせることがリーティアの姉としての仕事である。

 

「血だらけよ、お姉ちゃん。汚いわ」

「あら、イリカだって血塗れじゃない」

「そうだっけ? イリカ忘れちゃったわ。血に塗れるなんて空気の中にいるのと一緒でしょ?」

「……なら私も一緒よ。だから汚くなんてない」

「そうなの? ヒゼンも前に似たようなこと言ってたわ。俺の手は血塗れだーとかかっこ悪いこと言ってた」

「それは、かっこ悪いね」

 笑う。二人して笑った。

「でもね、その後こう言ったの。『何があってもイリカを許す』って。『それが俺の咎だ』って」

「それは――」

 

 それもかっこ悪いわ、と少女は同じように言った。

 それはかっこ悪いよ、と彼女は困ったように言った。

 

「――なら、イリカ。あなたはヒゼン君が嫌い?」

「うん、だいっ嫌い!」

「お姉ちゃんのことは?」

「だいっ嫌い!」

「そう、私は大好きなんだけどな」

「前にヒゼンもそう言ってたわ。ああ、ヒゼンってば早く来ないかなぁ」

 もう、この子の言動はめちゃくちゃだ。言っていることならまだしも、行動ですら統一性はない。気まぐれと言ってしまえばそれまで、じゃれているだけと言えばそれまで。

 

 問題は――ただ一つの問題は、その規模が大きすぎたということだけ。それをリーティアは、呪わずにはいられない。

 

「――――ねぇイリカ。お姉ちゃんもう死んじゃったんだ」

「え?」

「お姉ちゃんはイリカに殺されちゃった。何年前の話だか覚えてる?」

「……馬鹿ねお姉ちゃん。お姉ちゃんが死んだっていうんなら、今イリカの前にいるお姉ちゃんは何なのよ」

「そうね。周りから見たら人間、黒幕から言ったら兵器。自分で言うなら、死んだ姉かな」

 リーティアは両手を広げ、攻撃の意志がないように問いかける。状況を見るに、もう彼女には時間がない。血の出ない彼女から流れた血は時間に等しい。

「ねぇイリカ。お姉ちゃんをどうやって殺したか、覚えてる?」

「……………………忘れたわ」

「あら、珍しく嘘を吐いたわね。そんなイリカ、お姉ちゃん嫌いだな」

「っ!?」

 

「思い出して御覧なさい。あなたの最初の記憶を、最初の虐殺を。その中にはきっと、あなたの家族の姿があるわ」

 

 

 

 

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