かたなリバース   作:白山羊クーエン

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麦わらわら

 

 

「げろあああああああ!」

「のっけから戻すな、くそ中佐」

 一日の始まり、最初の挨拶である『おはようございます』のおの字も言えやしない。もはや条件反射か、腰に手を伸ばして仕事道具を召喚する。ほらったく、早速艦長室が汚れ――いや、汚れていない!

「うぃ……く、ふはは、私も学習するんだよっ」

 勝ち誇る中佐の手の中には茶色い袋。中にはもう一枚袋が入っている、まぁエチケット袋である。

 そもそもの話、万年吐いてばかりの中佐がその考えに行き着かないわけはない。当然のことながら今までもそれはあったのだ。しかし俺の仕事は減らなかった。答えはすなわち、今まではその袋のキャパシティを凌駕する量を出していたというだけである。

「しかしこの袋は違うよっ。長年の研究というか妄想というか、とにかくそんなものを結集して作られたその名も『私専用』――」

「私専用……」

「…………」

 なんか自慢顔の中佐。以上。

「いや私専用、何ですか?」

「うん? だから私専用」

 もしかしてそれが名前か? 普通専用って言ったら次に何かしらあるだろう、ザクとか。ザクって何だ?

「ふう、何でこんなに馬鹿なのに中佐なんだ」

「な!? それは侮辱だぞ軍曹!」

 ゲロ袋を振り乱して詰め寄る中佐、汚いんでやめてください。というかなんでそんな髪がぼさぼさなんだ。寝起きか? 寝起きゲロなのか? 上向きで吐いてそのまま窒息すればよかったのに。

「窒息すればよかったのに」

「お前、顔で語るのみならず実際に口にするとは……! げ、ゲロまみれにするぞっ!?」

 それは困るので仕方なく謝罪する。しかし考えは改めない。どうしてこんな馬鹿で、かつ海軍として致命的な欠点を持つこの人は俺の上司なのだろうか。

 

「げろろろろろろっ」

「……中佐、夜食食ったでしょ」

 今までの液体大半のそれとは音が違う。嫌だなぁ、音だけで出たものがわかるこの特技。

「ぎく、そ、そんなことないこともない、みたいな?」

 嘘が吐けないところは実に便利だ。彼女、否定していると見せかけて実は正直に犯行を供述しているのである。

「あれ中佐、ほっぺにトマトソース付いてますよ?」

「しまった、食べ残し!?」

「食ってんじゃねーかっ!」

 雑巾を振りぬくと中佐の頭から小気味よい音が鳴った。見事に空っぽである。

「は、ハリー貴様っ、上官の頭を雑巾で叩くなんて……っ」

「違います俺が叩いたのは上官ではなくこそ泥です」

 ただでさえ中佐は大食漢で食糧事情が厳しいのに、内緒でこっそり食っているとは指揮官の風上にも置けない女である。まぁ中佐の場合食ったらすぐ吐き出すために量が増えてしまうだけで、実はそんなに食べないのは細身の体格通りだったりする。

 

「あ、おはよう軍曹」

「何さらっと何事もなかったかのように挨拶を?」

 しゅびっ、と効果音が響きそうな機敏さで手を上げる中佐。いつの間にか寝癖が直っている。どんな手品だ。

「ちなみにそれは君が雑巾で叩いたからだよ軍曹」

 俺は副官の鑑なんじゃないだろうか。

 

 

 

 さて、中佐の副官になって一ヶ月が過ぎた。その間戦闘と呼べるものはそこまで多くはない。五月雨が一番の獲物であり、それ以外だと本当にどうしようもない弱さだった。むしろどこぞの村を襲っていた変な動物のほうが強かったくらいである。

「ああ、あれは強かったね、イルカ」

 中佐が背もたれに寄りかかりながら感慨深げにつぶやく。いや、イルカが強敵だったのはあなただけです中佐。そしてあなたの敵は飛び上がったイルカではなく、海に帰ったイルカが作った波だったでしょう。確かにあのイルカは異次元の大きさでしたが。

「暇だなぁ」

 さながら揺り篭のように椅子を揺らす中佐、片側を浮かせてバランスを取る行為は誰もがやったことがあるのではないだろうか。事実、立ったまま控える俺は少し羨ましい。

 一見すると本当に子どもにしか見えない中佐、体質だけなら嫌われて当然なのにそれでもクルーがいなくならないのは実はこれが理由だったりする。クルーの実に七割が故郷に弟妹子どもを残していると知った時は愕然としたものだ。つまりは子守感覚なのである。

 しばし揺れていたそんな中佐だが、不意に音を立てて硬直してしまった。トイレか?

「うぇろああああああ!」

「……何でこんなに馬鹿なのに中佐なんだ」

 この人を妹のようにだなんて俺には精神疾患にしか思えない。

 

「失礼します。中佐、前方に海賊船です」

 そして同僚その2はいつものように俺を助けてくれる。曹長より頼りになるこの人が俺は大好きだ。

「うぷ、どこ?」

「麦わら帽子のドクロマーク、麦わらの一味かと」

「あれま」

「中佐、それは――」

 それは、ガープ中将のお孫さんです。

 

 

 

 

 甲板に出ると中佐は遠くを見るように手を額にくっつける。いつものように絶対的正義を背に掲げる軍服が風に揺れていた。

 なんとなく中佐を見ていると彼女が軍人であることを忘れてしまう。そんなときは決まって、この風に揺れる文字でそれを思い出すのだ。

「砲撃しますか?」

「いいよ、別に。無駄だろうし」

 何せ砲弾を拳で射出する男の孫である。どんな化け物であるか想像に難くない。麦わらのルフィ、悪魔の実超人系『ゴムゴムの実』を食したゴム人間である。

「懸賞金3億ベリーですからね」

「そ、それに私出撃制限出されてるからあっちから攻撃してこなきゃ相手できないもの」

 なんでもないことのようにのたまう中佐。まーた初耳ですよ、このやろう。すると中佐もこっちの視線に気づいたのか間抜けな顔を返し、しかし目を細めて睨んできた。少し意外である。

「というかそれって私が言うこと? 副官として調べておくべきことじゃないの?」

「調べました。でも中佐のデータって異常なほどに少ないんですよね、わかったのは外見的特徴と経歴と――」

 その異様なまでの出世の遅さくらいで。

 

「ま、いいか。私には相手をしていい賞金額が決められていてね。それで言うならあの一味だと海賊狩りのゾロくらいまでしか狙っちゃいけないの」

「そんな決まりがあるんですか?」

「知らない。でも私にはあるんだってさ」

 ぷいっと拗ねたようにそっぽを向く。しかし視線は元通りに海賊船を見ているだけだった。どうやら彼らも様子見のようで砲撃等してこない。このまま素通りというのは海軍としてあるまじき行為だが、中佐にそんな制限がある以上それもやむなしである。

 ふう、と静かに息を吐き、踵を返そうとして――

「おいっちに、さんしっ」

 なぜか準備体操をしている馬鹿を見た。

 

「……中佐」

「うん、何かな?」

「何をしているので?」

「見てわかんない? 上に行けないぞ?」

 ぐるぐると腕を回す中佐に思わず頭を抱えてしまう。ああもう、今日に限って馬鹿度がやばい。

「戦わないけど気になるし、ちょっくらお邪魔してくるよっ」

「じゃあそのまま海賊にでもなればいいんじゃないですか?」

 半ば投げやりに言った言葉、普段の中佐なら即座に反応してくるのだが、今回ばかりはそうではなかった。

「冗談でも言っちゃダメだよ、ハリー。海賊ってのは悪なんだよ。そして悪とは滅びなきゃいけないものだ、塵一つ残っていてはダメなんだ」

 まじめな顔で返される。中佐の過去を知った身でありながら、確かに度を越えた冗談だったようだ。それは素直に反省するべきである。

 

 準備体操を終えた中佐は両手を合わせ、うん、と一つ頷いた。引け目を感じるのでもう止められない。

 ええ、ええ、行ってらっしゃいまし……

「よし、じゃあ行こうか軍曹!」

「は?」

「は、じゃないよ。私に海を渡れって? 冗談じゃない」

 中佐はちょいちょい、と手招きし、俺に屈めというジェスチャーを始めた。いや、それはおかしい。ボートでいけばいいし、そもこの艦で近づいてもいいじゃないか。

「ガープ中将の孫で3億だよ? それなりに敬意を払ってだね」

「その接近方法は断じて敬意など払っていないわ!」

 こっちが少し反省したかと思えばこれである。一般常識の欠片も感じられない我が上官、今更ながらに中将を恨みたくなる心境である。

 中佐は難しい顔で腕を組んで唸っている。あの顔だ、どうせろくでもない案しか浮かんでこないので勝手に準備させてもらう。

「上官命令に逆らうか……なら選ばせてやろう。私を負ぶって海を泳ぐか、私が飛べる距離ぎりぎりで浮かび私の足場になるか!」

「砲撃準備っ!」

「へ?」

「中佐を詰めろっ!」

 途端に甲板に集まってくる筋骨隆々のクルーたち。あれよあれよの間に中佐は担ぎ上げられ、ゲロを吐き、そして砲身に詰め込まれた。

「発射!」

 放たれる人間砲弾。その軌跡は半透明の液体で彩られている。

 バイオ兵器だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「ひぎゃ!?」

 放たれる直前に武装色の覇気を纏ったことで致命傷は避けられた。が、痛いものは痛い。そして気持ち悪い。

「うぇろああああああああっ!」

「は、吐いたぁー! 医者ぁあああああ!?」

「いやお前だろ!」

 口元を拭い顔を上げる。すると小さなタヌキがいる。目が飛び出んばかりに動揺して混乱していた。それを殴って落ち着けるのは緑色の髪の男。腰には三振の刀を差している。三刀流というのも嘘ではないようだ。

「あ、海賊狩り。死ね」

「ああ!?」

「間違えた、気にしないで」

 心を落ち着ける。私は争いに来たわけではないのだ。あくまで興味本位、中将の弱みを握りたいとかそんな思惑は決してない。

 服についた誇りを払い、起き上がる。目の前には、えーと、何人かな?

「海賊狩り、悪魔の子、女の子、タヌキ、変な奴、金髪に……麦わらっと」

 あと鼻、海賊狩りの後ろに隠れていて一瞬わからなかった。というかあの鼻の長さは人間とは思えない、もしかしたら魚人族かも。まぁ全部で八人、これが麦わらの一味の全クルーかな、少人数だって聞いているし。

「たった一人で乗り込んでくるたぁ随分余裕じゃねぇか」

 海賊狩りが抜いてきた。ざわりと揺らいできて思わず覇王色を滲ませてしまう。鼻とトナカイがくらっときていた。

「あ、ごめん。悪気はなかったんだ」

「わわ悪気ってお前、今何したんだよぅ……!?」

 ガタガタ震える長鼻と青っ鼻のタヌキ、なんかめんどくさい。さっさと用事を済ませてしまおう。

 

「麦わらのルフィだね」

「おう。何だお前?」

 左ほほに刀傷、水色のベストとデニム生地の半ズボンに草履というよくわからない服装に麦わら帽子が特徴の精悍な男。

「初めまして。海軍本部中佐カタ・ナユタ、ガープ中将のお孫さんだと言うんでね、挨拶に来たんだよ」

 中将の名前が出たからか、彼らに一様の反応が現れる。ああ、あの人か、みたいな感じ。もう会ったことあったのか。

「なんだ、じいちゃんの知り合いか?」

「苦労させられている身だよ。なんとなく君は中将と同じにおいがする。苦労しているんだね、みなさん」

 同情を禁じえないよ、みたいに哀れんだ顔を向けると不思議と敵意が緩和された。本当に大変そうだ。

「おっ嬢さん! 入れたての紅茶を用意いたしましたっ!」

 気づいたら金髪が回転しながら紅茶を差し出してきた。右目しか出ていない変な髪形、眉毛はカールを巻いていておかしすぎる。真っ黒な服装は細身の体をより細く見せていた。

 端的に言えば好みじゃないので軽く無視をすると、案の定女の子に叩きつけられていた。オレンジ色のショートカットが似合うメリハリのついたけしからん体を持つ子だ。うらやましい。

 そんな中、今まで沈黙を保っていた悪魔の子が口を開いた。悪魔の子ニコ・ロビン。『ハナハナの実』の能力者、揃えられた黒髪が似合う彫りの深い女性である。

 

「刃斬りのカタね、あなた。対剣士に特化した人物で、敵対した剣士を皆殺しにするという悪鬼だって聞いているわ」

「…………」

 海賊狩りが反応した気がするが、流石にいちいち対応しているときりがない。とりあえず回答をば。

「悪鬼なんて心外だ。君ほどは殺していないよ」

「それは、肯定と見ていいのかしら」

「まぁ嘘じゃないね」

「ききき危険人物と判断しましたっ、速やかに投降しなさーい……っ」

 相変わらず鼻がスピーカー持って何かしているが、まぁ触れないでおこう。時間の無駄だ。

 

「麦わら、君は何を目指す」

「海賊王!」

 胸を張って麦わら帽子に手をやりながらそう言い放つ。うん、覇王色の素質を感じるよ。流石は中将の、いや、もうこれはいいか。つまりはあれだな、いずれは戦うことになるということかな。

「で? やるのか?」

 海賊狩りが挑発してくる。ああもうほんと、剣士って人種は耐え難い。

「やめておくよ。私一人で相手できるのはせいぜい麦わら以外の七人だけだ」

「何?」

 そうなれば麦わらという最高戦力が野放しになる。いくらハリーでも止められない。まぁハリーが麦わら以外を押さえられるって言うのなら私は麦わらと相打つ自信はあるけども、ここで戦うと被害が大きすぎる。できることなら味方に犠牲者が出る可能性がある戦いはしたくはない。

「あわよくば一人か二人消しておこうと思ったけど、まだ時期尚早かな」

「っ!? てめぇ……」

「かわい子ちゃんでもそれはいただけねぇな」

 タバコに火をつけた金髪が呟く。そこでようやく思い出した。一つだけ手配書に似顔絵があった。

「ああ、君黒足か。写真じゃないからわからなかった」

「そっくりなのにな」

 麦わらにとってはそっくりのようだ。いやあれ似てないよ。

 

「絶対的正義、それが海軍が掲げるものだけれど、実際のところ海軍が必ずしも正義とは限らない」

 麦わらは首を傾げた。話の流れが理解できないのだろう。それもいい、きっと本能で理解するだろう。

 

「――でもね、海賊は全てが悪だよ」

 

 渾身の覇王色の覇気、鼻とトナカイ、女の子が膝を付いた。

「ナミ、ウソップ、チョッパー!?」

「てめぇ、何しやがった!」

 海賊狩りが切りかかってくる。見聞色で見極め鳩尾を武装硬化した足で抉った。

「が――ッ!?」

「戦う気はないって言ったじゃないか。話をするだけだよ」

「手ぇ出すな、お前ら!」

 麦わらの言葉に皆が沈黙する。これで話しやすくなった。

 

「君たちが略奪行為を行った、というのはあまり聞かないけど、でも海賊を名乗る以上海軍に狙われるのは避けようがない。一般の海賊のイメージは最悪だ。海賊=悪だというのは我々が決めたことじゃない、民衆が決めたことなんだよ」

 ひとつなぎの大秘宝、大いに結構だ。しかしそのために海賊を名乗る必要はない。

「海賊というレッテルを自ら貼った以上、それは悪を名乗ったも同義。行いなんて関係ない、実態を知らない人たちにとって君たちは悪でしかないんだ。そしてそんな脅威を刈り取るのが海軍、私の役目だ」

 小型艇がやってくる。特徴的な青い髪が見えた。

「迎えが来たから帰るよ。戦力が整ったら君たちを狩りにくる。それまで平和に生きるといい」

 背を向ける。もう吐きそうだし、海賊狩りから素晴らしい殺気が放たれている。このままでは正気を失ってしまう。最後に麦わらに意見を尋ねた。彼の言葉はしかし、私の言葉に対する感想ではなく、私自身に対するものだった。

 

「お前、いいやつだな」

 

「………………」

 くそ、流石ガープ中将の……流石、麦わらのルフィだよ。まったくさ。

「それはどうも。海賊からの言葉だと思うと虫唾が走るよ」

「それでもいいさ。俺はお前が仲間思いのいいやつだと思ったんだ」

「そう。最後の最後にいいかな」

 言葉を促す麦わら。そんな彼に対し私は顔を向ける。きっとハリーがいたならいつもの顔だと呟いただろう。

 

「ガープ中将の弱点って知ってる?」

 

 

 

 * * *

 

 

 

「ガープ中将、お届け物です」

 ガープは咥えかけた煎餅を戻し、それを受け取った。四角い箱、普通の小包である。送り主はカタ・ナユタと書いてあった。

「む、あやつか……」

 もう一度煎餅を持ち、噛む。バリバリと小気味よい音が室内に響いた。中身が何であるか見当もつかない。是非もないと乱雑に開け放った。そこにはただ、一枚の紙があるだけである。

「なんじゃ、手紙か?」

 綺麗に折りたたまれた便箋を訝みながらも太い指で摘み、目を通した。進むにつれ手紙を持つ手が震えてくる。

「ぶわっはっはっは!」

 ついに堪えきれずガープは高らかに笑い出した。届けた青年は何事かと面を食らっている。ひとしきり笑った後、ガープは静かに笑みを深めた。

「やってみろ、馬鹿娘が……」

 ガープは静かに手紙を置き、空いた手で煎餅を掴んだ。その一連の流れは小さな風を生み手紙を飛ばす。偶然にも青年の足元に流れ着いた手紙、彼はそれを無言で読み取った。

 

 

 お孫さんに会いました。

 中将の苦手なものを聞きましたが、じいちゃんに苦手なもんなんてねぇと言われてしまいました。

 中将にそっくりでしたから、彼を中将と思っていじめることにします。悔しかったら代わりの弱点を教えなさい。

 

 

 

 

 

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