かたなリバース   作:白山羊クーエン

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それはそれは残酷な言葉

 

 

 グランドライン最大最高の監獄“インペルダウン”は、歴代数々の重罪人が収容されている地獄である。

 その罪の重さによって収容されるレベルが決まっており、一般的にはレベル1からレベル5までが知られているのだが。

 実際には世界に公表できないレベルの犯罪者を閉じ込めるレベル6が存在する。とはいえ基本的にレベル5までで十分なのは、レベル6に該当する存在が早々あっては世界の危機に他ならないからだろう。

 そのインペルダウンには罪人を逃さないための様々な仕掛けや存在があり、監獄署長マゼランを筆頭とした能力者も存在している。そんな中、受刑者の中で一際恐れられているのが獄卒獣と呼ばれる大型の獣である。獄卒獣は二足歩行の武器を持つ獣で、正確な種族はわからないが、馬であったりサイであったりするようだ。

 しかし実際のところ、彼らは悪魔の実の能力者である。悪魔の実動物系の何らかの実を食した彼らはやがて覚醒者と呼ばれるレベルにまで到達し、結果、今の姿になったと言われている。

 悪魔の実には悪魔がいる、故に覚醒者とは、実の中にいるとされる悪魔に身も心も支配された姿であると言えよう。そしてその実に宿る動物を反映した姿になったのだ。

 

 では覚醒者となるにはどうすればいいのか。その事実を知る者はほんの一握りしか存在しない。そしてその全てが、その事実を他者に伝えようとはしなかった。これは悪魔の実の真実に到達しうる情報だからである。

 しかし今、海軍上層部の中で一つの実験が行われていた。それは一石三鳥の計画である。覚醒者を作り出す方法を確定させること、巨大な戦力を作り出すこと。そして――

 

 ――たった一人で世界を滅ぼしうる“咎人”を消滅させることである。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 ハキハキの実が動物系、そんなことはありえない。動物系とはそれを冠する種族の名前を実に持ち、かつモデルとして細かく分類される悪魔の実だ。中佐が変身したところも見たことがない。いや、見たことがないだけでできるのかもしれないが、一番の可能性はやはりミスだろう。

「ミスじゃねぇよ」

 心を読んだようにラマラ曹長が言う。

「じゃあ何ですか? 中佐も変身するんですか? そも、ハキハキの実って何の動物ですよ」

「逆に聞くが、じゃあ“覇気”って何だよ、キサヤ」

 何って。覇気とは人間全てが宿す生命力だ。気合だとか威圧なんかと似たようなものだけど、それを意識するのも使いこなすのも容易ではない。およそ人間の持つ原初にして最終的な武器であると言える。

「そうだ。全ての人間が持っているもんだ。だが、限られた人間しか持っていない覇気もあるよな?」

「……覇王色」

「なら、わかるだろ」

 人の上に立つ資質を持った人間だけが持つ特別な覇気。威圧の最終形態とも言えるそれは、弱者では耐え切れずに気絶してしまうほどだ。これは確かに万人が持っているわけではない。

「ヒトヒトの実……?」

「はずれだ。ハキハキの実はハキハキの実でしかない。だがこれは人だけが持つ力だ、超人系の全ての実の中でも人間だけの力を宿す実はないからな。だからこれは動物系なんだ。言ってることわかるか?」

「人間だけのものだから自然系でもない。人間だけが持つ力故に超人系でもない。人間の力だからこその、動物系……」

 そうだ、と曹長は頷いた。顎に手を当てて考える。しかしそれでも超人系のほうがしっくりくる。何か、この実を動物系足らしめる絶対的な要素があるのだろうか。

 俺の表情を見て曹長は静かに背を向けた。部屋の中、図鑑が入っていた本棚から一冊の本を取り出す。

「何ですか、それ」

「研究資料だよ、悪魔の実に関して――特に、動物系に関しての」

 放り投げられたそれをキャッチして、中を見る。今までに発見された動物系の実と、そして覚醒という項目。

「覚醒……?」

「動物系にしかない要素、それが覚醒だ。全ての能力を引き出す代わりに、悪魔の実にいるという悪魔と動物の遺伝子に人格が喰われ個としての自我が消滅する、待っているのは戦闘狂の化けもんだ」

「それは……っ、まさか――!」

 動物系たる理由がそれなら、つまり中佐は――

「ハキハキの実の能力者は覚醒する。それがお偉いさんが認めた、動物系である理由なんだよ。そして今、着々とそれは進んでいる」

 

 

 

 ***

 

 

 

 気がついたらご丁寧にベッドの上だった。いやはや、海賊にここまで接待される海軍人なんて私くらいだね。自慢にならない。

「いやー死んだ死んだ」

 ほんと、毎回意識がなくなるから死んでいる気分です。なら今の私は死人なのかと聞かれれば違うと答えよう。何せ私は、生命力に満ち満ちた存在だからだ。

「あ……」

 扉が開き、濡れタオルを持ったみかんさんが入ってきた。顔色が悪い。船酔いだろうか。

「みかんさん、体調悪いの?」

「は? あ、あなたこそ大丈夫なのっ?」

「いやー私は海楼石付けたらいつもだし?」

「い、いつも死んでいるっていうの!?」

 おう、私の感性に追いついているな。さすが常識人、冗談が通じるぜ。

「顔色が悪いよ、酔った?」

「あのねぇ…………まぁいいわ」

 呆れたように溜息を吐き、傍にある丸椅子に座る。備えつきの台には水の入った桶があり、いわゆる病人看護のあれこれが置いてあった。

「いやぁ、参っちゃうね。海賊に看病されるなんて」

「だったら倒れないでよ。いや、海軍を看病って私もどうかと思うけど、でも目の前で倒れられたらそうせざるを得ないでしょう?」

 頭を掻く。うーん、海賊は悪なんだけど、どうにも人が良すぎてみかんさんを海賊認定しづらいなぁ。もっと外道外道してたら良かったのに。

「私が倒れるのは海楼石と吐き気だけだよ。生命力に溢れているからねっ!」

 ウインクすると、何故かみかんさんはまじまじと見つめてきた。真剣な眼差しで見つめられると照れてしまうよ。

 

 そして空気を読まない我が体質である。

 

「むるしえらご――っ!?」

「ぎゃあああああああっ!? やめんかっ!」

 異次元から取り出されたハリセンが頭をすっぱ抜く。やっぱり私はリバースからは解放されないのだ。

 

 一息つく。倒れたばかりの私は自分で自分の処理をした。ここで病人扱いをしないところで海賊認定をしようじゃないか。

「覚悟しなみかんさん、君はこれで私のロックオンだ」

「何を言っているのかわからないわ……少し聞きたいことがあるんだけど」

 目を逸らし、言いづらそうに尋ねてくるいじらしさ。流石は花も恥らう乙女だね、私なんか吐いても何にも思わないくらいに図太くなっ………………え。

「……私、乙女じゃない……?」

「何を落ち込んでいるのかわからないけど、ロビンとチョッパーを呼んでくるわ。待ってて」

「む、悪魔の子か」

 彼女は私の中での危険人物第三位だ。一位は言わずもがな、二位は秘密である。

 やがて薬を持ってきたトナカイ君と彼女がやってきて、次いで人数分の飲み物を持ってきたみかんさんが来る。何故か異常なまでに冷えた体にホットドリンクが沁みて安心した。

「ホットだけにね」

「何がだ?」

「知らなくていいことよ」

 トナカイ君はさておき悪魔の子は気づいているみたいだ、少し悔しい。しかし悪魔の子とは呼びづらい、ここらで新たな名前を開拓しよう。ニコ・ロビン、ニコ・ロビン、ニコニコ・ロビン……

「このスマイルめっ」

「…………」

 無視された。ノースマイルだった。

 

「うん、体温が少し低いけど問題なさそうだ」

 肌蹴た胸元を戻し、トナカイ君が安堵した。当たり前だ、私健康ですもの。

「それで、聞きたいことって何かな?」

「あなたの能力についてよ」

 簡潔に告げるみかんさん。頭を掻く。これは、間違ったかな?

「――あのさぁ。気を抜きすぎじゃないかな」

 覇王色の覇気が零れる。部屋の中を蹂躙し、三人を軒並み威圧する。

「海賊の敵の海軍が、自分の力を話すと思うの?」

「少なくとも海賊船で倒れたあなたの言うせりふじゃないわね」

 スマイルの言葉に覇気が消える。自分で言っていて間違ってるんじゃね、と思っていたから仕方ない。息苦しかったのか、スマイルはふうと深く息を吐き、

「倒れたあなたの看病代、でどうかしら」

「…………ちょっとだけ、ならね」

 実際、言ってもあまり意味はない。対応策なんてないんだから。なら、知られたらまずい情報よりも何倍もいいのだろう。そう思い、自分を納得させた。

 

「なら、改めて聞かせてもらうわ。あなたの能力」

 みかんさんの問い、一つ息を吐き、口を開いた。

「私はハキハキの実の能力者。つまり覇気人間ってことだね」

「ハキハキ? え、吐くだけ?」

「最悪の実だ」

 トナカイ君が引いていた。なるほど、覇気を知らないのか。これはこれで結構有益な情報を渡すことにもなるのかな。

 まいっか。麦わらの一味は悪をそこまで働く印象はないし、どっかの悪人ぶったたく分にはいいだろう。

 

 右手に武装色の覇気を集中、硬化させる。一瞬で黒く染まった腕に三人が絶句した。

「覇気は生命力。攻撃・防御の手段として、また気配を読むことで索敵・回避にも使える。今のこれは武装色の覇気、鎧を纏っていると思えばいいよ」

「気配を読む。まさか空島の?」

「心網、もしかしたらそうかもしれないわ」

 まんとら。知らないけど、心を読むというのならそれは見聞色の覇気だろう。私はあまり得意じゃない。それでも覇王色よりはできるけど。

「覇気の最大の利点は、実体のない自然系にも通るということ。たとえば白ひげ海賊団二番隊隊長“火拳”のエース。彼もメラメラの実の自然系だけど、覇気を纏った一撃なら当たるし、麦わらにも打撃が効くようになる」

「そんなっ、じゃあルフィのおじいさんの拳骨を痛がったのも覇気!?」

「そ、そうだっ。ルフィは痛がってたから変だと思ったんだ!」

 騒ぐ二人に考え込む一人。見ていておもしろい。そしてやはりと言うべきか、ガープ中将は孫にも鉄拳を喰らわせているらしい。ざまぁないな麦わら、お前も私と同じ苦しみを味わうがいいさ!

「じゃ、じゃあもう一つ。なんであなたは海楼石をつけたら死んだの? 海楼石は能力者の力を封じるだけで殺しはしないでしょう?」

 はてな。何を愚問な。

「当たり前だよ、能力者は海に嫌われるけどそれはカナヅチになるだけで即死なんてないよ。こんなの常識でしょう?」

「ならなんであなたは死んだのよっ!

「だから死んでないって。死んだならこうして話してないでしょ」

 頭腐ってるんじゃないのかなぁ。腐ったりんごよろしく、みたいな?

「だからっ、じゃあなんであなたは――」

「刃斬りのカタ、少しいいかしら?」

 声を荒げるみかんさんを制してスマイル――もうめんどくさいからニコでいいや――が口を挟む。絶妙のタイミングでみかんさんが口ごもり、トナカイ君の動揺も収まった。

 私としてもよくわからない質問よりはいい。頷くと、ニコは何てことない真顔で言った。

 

「あなた、海楼石の手錠をつけたら心臓が止まったけど――どうして?」

 

「へ?」

「海楼石が心臓を止めないのならどうしてあなたは付けた瞬間に死んで、外したら息を吹き返したの?」

「…………え。私、死んだの?」

 

 はっつみみぃ(初耳)。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 グランドライン、とある春島にて。二人の大人物が対峙していた。

 一人は王下七武海の一人にして現在世界最強の大剣豪“鷹の目”ジュラキュール・ミホーク。

 一人は新世界にて四皇の一角として恐れられる赤髪海賊団船長“赤髪”のシャンクス。

 その二人は今膝を突き合わせていた。言わずもがな、宴である。

 この二人は、過去好敵手として互いを認め合っていた。しかし東の海に赤髪が立ち寄った際、彼は左腕をなくしてしまう。好敵手との決着を着ける前にそうした事実が二人の未来を決めてしまった。

 もう決着は着けられない。鷹の目はそう判断し、そうして好敵手はいなくなった。現在はその存在を認めつつも、剣士として対峙することはほぼない。

 

「かつて、取り逃した者がいた」

 ミホークは酒を含み楽しんだ後、思い出したように呟いた。その言葉は彼の口から零れていいものではなく、シャンクスは目を丸くして彼の顔を見る。その表情に不快を表したミホークは、今度は楽しそうに笑い出した相手に殺気を向けた。割と本気だった。

「悪い悪い、お前があんまりにもおもしろい冗談を言うからな。しかし鷹の目、冗談を言って笑うなとはどういう了見だ、ええ?」

「事実だ」

 酒を含む。うまいはずのそれが、何故か味が変わった気がした。

「世界最強の大剣豪が取り逃がす。そんなやつがこの世界に何人いるんだ? 仮にその何人かに当たったとしてもだ、そんな事実を俺が知らないのか?」

「無理はないだろう。これは辺境の、実に小さな村での出来事だ。政府もこの事件を秘密裏に処理し、歴史から抹消した。これを知る人間などそうはいまい」

 杯を置き、体勢を変えたシャンクスは少しだけ前のめりになった。無言で先を促す。

 

「西の海の小さな漁村だった。村人は百人もいない、互いに助け合って細々と暮らしていたと聞く」

 ミホークがそこに向かったのは王下七武海としての要請である。世界の趨勢になんの影響ももたないであろう小さな村、そこに彼が向かわざるを得なかったのは、何の偶然か、ある時魚の代わりに一つの果実が採れたのが原因だった。

「たった一つの悪魔の実。それが、ナガシ村を歴史から消した原因だ」

「能力者が生まれたのか。いや、不思議なことじゃない。希少だとされる悪魔の実は、それでも世界に数多く存在する。まるで能力者同士を鉢合わせたいかのように――――それで、何の実だったんだ?」

 シャンクスの問いに応える前に、ミホークは己を清めるように残っていた酒を飲み干した。視線でシャンクスにも空けさせ、新たに注ぎ合う。そして言った。

 

「トガトガの実」

「トガトガ? いったいどんな能力なんだ?」

 聞き覚えのない不可思議な名前。ミホークは酒を飲んだ。杯の中の自分は、いつになく真剣な目をしていた。

「咎人となり、それまでの善意が反転する。人は罪を犯すものだという固定観念の固まりとなり、その力は、他者の悪意を増幅させる」

 シャンクスの口が真一文字に結ばれた。体中から覇気が洩れ、そして静まる。

「それは……海軍が黙っちゃいない力だな」

 そして、おそらくは海賊も。

「実を食したのは幼子だった。無垢で、おそらくはまだ穢れも知らなかっただろう。先ほど、善意を反転させると言ったな。そんな善良な存在の全てが反転した。想像は容易だろう」

 何も知らない、およそ全てが自分のことを好きでいてくれて、悪い人間なんて一人もいないと信じていた頃が誰にでもあったはずだ。その時分に食べてしまったのは間違いなく悪魔の実、故にその子の世界は反転し、世界には悪しかいなくなった。

「あれの力に耐えられる覇気を持つ人間でしか討伐し得ない。故に俺がその任を受けたわけだ。しかし、殺すつもりでかかった俺は、結果として奴を取り逃がした」

「それがおかしいんだ。能力の詳細を知っていて、そして成功できる人間を送って、そして失敗した。いくらなんでも変だろう」

 シャンクスは一気に酒を喰らい、不機嫌そうに杯を置く。ライバルであったミホークの失敗談が予想外に楽しくなかった。そんなシャンクスに微笑したミホークは思い出す、あの時の惨劇を。

 

「俺が着いた時、無事だったのは二人だけだった。その一人ももう一人を庇って死に、糸が切れたようにもう一人も倒れた。そして、ソレは笑っていた」

 村人は皆、誰かと重なるように倒れて事切れていた。おそらくはトガトガの力、一対一で憎しみあったのだろう。結果、助け合って生きてきた村は、殺しあって壊滅した。

「すぐに斬った」

「当たり前だ、悲しい話だがな」

「だが、死ななかった。あれは俺では殺せなかった。トガトガの実の能力者は、悪意があっては殺せない」

 それこそがトガトガの実の真の力。最凶と云われる所以。

 

「悪意、だと……?」

「弱点を突くこと以外で能力者を打倒しうるのが覇気だ。しかしトガトガの実は違う。どんな攻撃も通るが、それでも死にはしない。悪意を持った攻撃は全てアレ自身だからだ」

「馬鹿な、それでは誰も殺せない。悪意なく殺す、なんてできるのか? それは慈悲か?」

「慈悲、確かにそれで殺せるだろう。だが少なくとも俺には無理だ。確かに哀れではある、だがそれ以上の感情もある。だからこそ政府は、アレ専用の兵器を作ることにした」

 不快だがな、とミホークは立ち上がる。もう去るようだった。

「鷹の目、兵器とは何だ?」

 シャンクスの問い、ミホークは振り返らずに告げた。

 

 

「身内に殺させるそうだ。トガトガの実の能力者――哀れな少女の姉を使ってな」

 

 

 

 

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