突如、身体が急上昇した。
「うわっ!?」
「なんだぁ!?」
それは見る見るうちに高くなりサウザンドサニー号の高度を凌駕する。開けた俯瞰風景は即座に島の大部分を知らしめるが、遥か彼方に見える螺旋を描くように削られた不思議な山が印象的過ぎて、そこに見えた違和感を忘れさせてしまった。
「よ、っと」
モンキー・D・ルフィはようやっと着地し、しかしトランポリンのように再び飛び上がる。船の上で見守っていた残りのメンバーはそんな彼を見て口を開けていた。
空中で一回転し、ルフィは甲板に戻る。着地した彼が顔を上げると、そこには輝いた目と大口が存在していた。
「何コレ、地面が跳ねてる?」
ナミが大地を見下ろして呟く。ゾロ、チョッパー、ウソップが続々と飛び降りては弾んで中空に消えていく。ロビンはそれを見て、やはり同様の結論に至ったようだ。
「地面の中に空気が入っていて、それで跳んでしまうのね。これは慣れるのに時間がかかりそう」
「また変な島、と言いたいけど。感覚的には空島みたいね」
空島スカイピア、彼らが経験した空に浮かぶ島と似たような印象を受ける。あの時は一面が雲の海で、異なるのはそこでは下に突き抜けてしまうことがあることくらいか。
「ナミさん、ロビンちゃん。どうする? あいつらはもうどうしようもねぇが」
サンジが眺める中、ルフィを加えた四人は跳ね回り続けている。フランキーは自分の重量が心配なのか、まだ様子見のようだ。
「偵察はあいつらに任せましょう、そのほうがいいわ。楽しそうだけど、それ以上に不気味だし」
「私は行くわ」
ロビンはリュック片手に飛び降りて合流、ここに偵察班と見張り班に分かたれた。
ぶよんぶよんと跳ねては体勢を入れ替え進んでいく。茶色の地面は固そうでいて、実質とても柔らかい。まるで生物の腹の上のようだ。
「さて、どうする?」
「とりあえず町だろ、誰か住んでいるんじゃねぇか?」
胡坐をかいて跳ねるゾロが尋ね、逆さになったウソップが答える。
「俺はとりあえずあのでっけぇ木を目指すぞ!」
「おれもー」
ルフィとチョッパーは弾みながら見える大樹を目指すようだ。ロビンは興奮しているチョッパーを微笑ましく見守ると共に思いを馳せる。
「気候が安定しているのが幸いね、こんな状態で悪天候ならどんな影響を受けるかわからないもの」
雨や雷が起こった時、この地面がどうなるのかはわからない。そういった意味では最初に晴天で、弾む地面を体験できたことはよかったはずである。
それぞれが様々なことを考えながら進むとやがて大きな林が見えた。枝に頭を打ち付けないように器用に(ウソップは数度打っていた)進んでいくと木々の世界が消え、今度は夢のような花畑へと到達する。
「あら」
「ほう」
「すっげぇええええ!」
色鮮やかな花畑、春の心地よい空気と相まって別世界のようだ。段々と下がっていく花畑、その向こうには人工物と思われる建物群が見える。間違いなく人は住んでいる。彼らが景色に息を呑む中、
「詩……?」
左方に見えるやや丈の長い植物の向こうから詩が聞こえてきた。少女のものと思しき高い声質の綺麗な歌。メロディーは美しく、しかし詩のほうはどこか物悲しい。誘われるままに弾んで進むと、やがて、背に羽をつけた少女がくるくると踊っていた。
「んー?」
少女の瞳がルフィらを捉える。刹那――
「――ッ!?」
「おいルフィ!?」
振り上げた拳と刀にかかった手が同時にその動きを止めた。強引に行為をやめ、顔を歪ませる。着地すると数度弾み、やがて静止した。
「何やってるんだよ二人とも!」
「あ、ああ、悪い」
「…………」
チョッパーに諭されルフィは謝り、ゾロも無言でいた。そんな二人に訝しげな表情を向けるロビン。そして、にこにこと笑う少女。
「あら、見ない人。ここの島の人?」
栗色のウェーブのかかった髪を肩口まで伸ばした15歳くらいの少女。ロビンが抱く第一印象は、無。
「いや、違うよ。俺達はさっき来たばっかなんだ」
「トナカイがしゃべってる……不思議なこともあるのね」
目を瞬かせる少女とその言葉に感激しているチョッパー。彼を人目でトナカイと察した人間は少なかった。
「島の人、と聞くということは、あなたは島の人間じゃないのね」
「そうよ、二日くらい前かなぁ」
そう言って回る少女。時折弾んでいる少女だが、しかし驚くほどに高度は低く通常の跳躍と同じだ。どういった仕掛けなのだろうか。
「なぁ、ここはなんて島なんだ?」
ルフィが尋ねると少女は、んー、と考え、思い出したように手を叩いた。
「妖精の国フェアリーウォーク、だったかな? 地面が不思議でまるで妖精のように歩くから、だったっけ」
「フェアリーウォーク……」
ロビンは心当たりがあるのか、頤に手を添えて考え込む。彼女を置き去りにして会話は進んだ。
「俺はルフィだ、よろしくな」
「おれチョッパー」
「ルビーに、ちょ……チョウダー?」
「違う、ルフィだ」
「チョッパーだっ」
「人の名前ってなんだか覚えづらくて……えっと、わろしく」
わろしく、という言葉に首を傾げる二人。ゾロがようやっと口を開いた。
「それで、お前はいったい誰なんだ」
ん? と自身を指で指す少女に頷く。少女が答えようと口を開く。
「戻った」
寸前で、少女の横にスーツを着た青年が現れた。一瞬の出現に五人が驚く。少女はぱぁ、と満面の笑みを浮かべて青年に向き直った。
「おっそいよぉヒゼン! イリカがどんだけ待ったと思ってるのっ!」
「すまない……それで――――――――え」
青年は少女の近くにいた五人を認め、驚きに目を見開いた。そこには信じがたいものを見たという感情があふれ出ていた。
「ん、なんだ、どうした?」
ウソップが何かを求めるように順番に顔を眺める。少女を除いた六人は一様に笑みが消えていて、ルフィも背筋を伸ばして青年を見つめている。
「モンキー・D・ルフィ、なんで……」
「俺を知ってるのか」
「…………ああ、そこそこにはな。イリカ、この人たちは?」
「んー、さっき会ったのよ。ねぇヒゼン、イリカは名乗ってもいいの?」
一人称が名前である時点で気づく者はいる、仕方がないと首を振り、いいよと告げた。
「イリカはイリカだよ」
「そっか、よろしくなイリカ。それで」
「ヒゼン・ソーマ」
青年は彼らから視線を外さず、厳しい目で見つめている。イリカと名乗った少女は嬉しそうにからからと笑い、チョッパーも楽しそうに笑っていた。ゾロとルフィは青年を視界から外さない。
「ヒゼン?」
イリカが見上げ、ヒゼンは目を閉じた。暫しの後、開く。
「麦わらの一味、今すぐここから消えろ」
「嫌だ」
「即答かよ!?」
ウソップは突っ込んだ。
「この島に長居してもいいことはない、すぐに次の島に行くといい。幸いログが溜まるのは半日と破格だ」
「なんで俺がお前に指図されなきゃいけねぇんだ?」
「血を見ることになる。いや、見ることはできないかもしれない」
「俺はこの不思議島を探検するんだ。出ていかねぇ」
「……なら仕方ない。俺が――」
臨戦態勢を如実に感じ取り、ルフィとゾロ、そしてロビンは警戒心を一気に高める。感覚は青年を強者と認めるとともに、今まで分散していた意識を彼一人に注ぐことに繋がった。が……
――――ヒ ゼ ン?
咄嗟に、ヒゼンは言いかけた言葉を飲み込んだ。自分にまとわりつく異常な気配に全身から汗が噴き出る。原因はわかっている、隣に居る、唯一無二の存在。無垢な、少女。
「イリ、カ……」
「ヒゼンったら良い子なんだからぁ。いいじゃない、勝手にさせれば」
イリカはにこにこと笑いながらヒゼンを見上げる。その身体からは血のような粘度を誇るナニカが吹き出ていた。
「……お前、何だ?」
ルフィは麦わら帽子を押さえ、簡潔に言う。臨戦態勢は崩さず、ルフィは刃のような視線を向けていた。その問いに果たしてイリカは首を傾げる。柳に風、少女は何も感じない。
「またね、ルヒー。イリカのお姉ちゃんを見つけたら教えてね」
「……残念だけど、ここまでだ。麦わらのルフィ、もう二度と会わないことを祈るよ――――あぁ本当に、俺は君たちと関わりたくはなかったのに」
踵を返す。二人は地面の影響をものともせず、ゆっくりと歩いて消えていく。繋いだ手は離れず、しかしどこか、その絵には不自然さを感じずにはいられなかった。
「……何だったんだ?」
ウソップは呆然と呟き、そして手を見やる。吹き出た汗にようやっと気づいた。動悸も酷い。まるで急激な運動をした直後のようだ。
「おいルフィ、どうするんだ? あいつらは早くこの島を出て行けって言うけどよ」
「やめとけウソップ、ルフィが人の言うことを聞くわけがねぇ。とはいえ、あいつらのことは気になる」
ゾロは三本の刀の内の一つ『三代鬼徹』を手に取った。刀の呼吸が感じられる。その刀は歓喜に震えるかのように確かな息吹を感じさせた。
「……ルフィ」
「チョッパー、気にすんな。とにかく行くぞ」
心配そうなチョッパーの視線を断ち切りルフィは行動を開始した。相変わらず跳ね続ける身体、まるで地面に嫌われているかのようだ。
「どうして、イリカたちは普通に歩けたんだろう」
チョッパーの疑問を解ける者はここにはいなかった。
「…………」
「ロビン? どうしたんだ?」
「……いえ、ただあの二人の名前、どこかで聞いたことがあるような……」
「手配書じゃないのか?」
ゾロが言う。ロビンは先を促した。
「あいつらは強い、そう肌で感じ取れた。腕が鳴る」
壮絶な笑みを浮かべるゾロは獣を体現している。ロビンはそれに溜息を漏らし、ウソップは若干引いていた。
「ま、まぁとりあえずは大丈夫じゃねぇかな? 男はともかく女の子のほうは襲ってこないだろ」
「違うぞウソップ」
「ん?」
スーパーボールのように曲線を描く五人、その先頭に立つルフィは帽子が飛ばされないように抑えながら、鋭くなった目つきを隠さずにいた。
「やばいのはあのちっこいほうだ」
* * *
「ところで、イリカ、その背中の羽はどうした」
思い出したかのようにヒゼンは口を開き、ようやっとそこに触れたかと言った風に顔を綻ばせたイリカは背中を見せ付けた。
「んー、えへへ、似合う?」
「似合うよ。それで、どうしたんだ?」
「お花畑を飛んでた小さい動物が持ってたの。欲しかったから殺しちゃった」
それは小さいと形容してはならない動物だったが、彼女にとってはその程度の認識でしかなかった。既に記憶の中にはそんな漠然としたイメージしか残っていない。ヒゼンは嘆息した。
「そうか。今度からは俺に言ってくれ。服が汚れるのはよくない」
「あ、それもそっか。わかったよ、ヒゼン」
とりあえず、とハンカチで羽の根元を拭う。真っ赤な血はもう乾いていて取りづらい。若干の妥協をして元に戻し、そしてヒゼンは本題を口にした。
「イリカ、あの人たちには近づくな」
「えー、ヒゼンってばイリカに我慢ばっかりさせすぎだよっ。この間だって……この間って何だっけ?」
ん、と自分の発言の源を探ろうと思考するイリカ。その小さな頭を優しく撫でた。
「この間っていうのは、海軍のことだね。俺達は狙われているから、イリカを危険に晒すわけにはいかないんだ」
「ヒゼンも頑固よね、海軍なんてどうでもいいものを気にしてイリカを拘束するんだもの。人間はみんな平等、平等に無価値で有害で無益で災厄で無関係で無駄なのに」
困っちゃうわ、とイリカは頬を膨らませてそっぽを向いた。そんな少女に苦笑しつつヒゼンは思いを巡らせる。
彼にとって先の邂逅は間違いなく予定外で、それ故に今まで以上に慎重にならなければならなかった。麦わら海賊団、東の海出身の船長“麦わら”のルフィを頂点にする異質なグループである。
何が異常であるか、それをヒゼンは他者に話すつもりはない。そして彼自身、それを明確に言葉にすることはできなかった。ただ一つ、確定していることとすれば。
「彼らは希望、消えることのない光」
「ヒゼン?」
「なんでもないよ、イリカ。君は君のままでいい、俺がそれを許すよ。だから君も、俺が許すことを許して欲しい」
「い・や・よっ」
イリカは笑った。ヒゼンは笑えなかった。
「それよりもヒゼン、あの人たちは不思議だったね。イリカのことを変に言わなかったよ」
スキップしながらイリカは言う。後姿しか見えないためにヒゼンには表情がわからないが、どこか楽しそうでおかしそうだ。
「それはねイリカ、イリカのことをよく知らないからだよ。あと少し、あと一分でも同じところで顔を合わせていたらきっと狂っていただろう」
それだけイリカ・レベッカの力は強大だ。彼女の無意識の力ですら、一般人を発狂させるには十分すぎる。おそらくは、一般人よりも修羅場を経験した海賊でも、その時間がリミットであるだろう。
「じゃあヒゼンは? ヒゼンはずっとイリカと一緒だけど、イリカのことを悪く言わないよね」
「……イリカ、俺が君を憎んだり恨んだりすることは正常なんだ。だからそれを成せない俺は、既に狂っているんだよ。自覚のある狂気なんて、そんなでたらめなことありえないって言うのにね」
「――へぇ」
刹那、イリカの身体が大きくなった気がしてヒゼンは目を細めた。それは間違いで、間違いではない。イリカ自身の身長は変わらない、しかし少女の放つ異質な気配はその何倍にも強くなっていた。
周囲の花が一瞬で枯れつくし、その色が悲しみに満ちていく。ぞっとするそれに、しかしヒゼンは表情一つ変えなかった。
「じゃあイリカがヒゼンに向かって使ったら、ヒゼンはどうなるのかな? 死ぬのかな、生きるのかな、消えるのかな」
ゆっくりと手を伸ばすイリカ、それに合わせるように膝を着いたヒゼン。少女の手が青年の首に噛み付いた。猛禽類のような瞳が青年の首を注視し、流れる血液を見つめて舌なめずりした。それでも、ヒゼンは何も変わらなかった。
「……失敗しちゃった。ヒゼンは殺されたがっていたのに、こんなことしたらダメだよね」
「残念、また死にぞこなったな」
口を尖らせるイリカに立ち上がるヒゼン。青年はそして、決意するように言い放った。
「イリカの力は俺には効かないよ。いや、効いてはいても意味を成さないのかな。だからこそ俺は、君の傍に居られるんだ」
「あーあ、ヒゼンの変なところ見たかったのになぁ。でもいっかぁ、これからお姉ちゃんに会うんだし」
軽やかに進むイリカ、ヒゼンはそれを見届ける。たとえどんなことになっても、ヒゼンがイリカから離れることはない。
「お姉ちゃん、か…………もう会うことはないんだよ、イリカ。リタ姉はもう、この世にはいないんだから」
ヒゼンの声は風にかき消されイリカには届かない。しかし仮に届いたとしても結果は同じだろう。その真意は伝わらないのだから。
「あ、ヒゼン」
思い出したかのようにイリカは振り返り、問うた。ヒゼンは何がしかを言った後に頷く。イリカは笑った。
「楽しみだなぁ、お姉ちゃんいるかなぁ。イリカのこと覚えてるかなぁ?」
「…………」
「きっと覚えているよね? 無事に会うこトガ、お姉ちゃんとの約束なんだから」
* * *
二時間後。
「ほい、妖精ブタの串焼きだよ」
屋台で売られていた食欲をそそるそれを買ったルフィは嬉しそうに頬張りつつ、その他の人員が話を聞いていた。
フェアリーウォーク唯一の街『ピスタリオン』、周囲を木々に囲まれた小規模の町であるが、島に住むほぼ全ての生物が集結しているために活気は凄まじい。聞いた限りでは、残る名所は螺旋の大山『スパイラルガーディアン』だけであるという。そしてその大山も、特にコレといって見るものはないようだった。螺旋の大山に繋がる一本道、その果てにあるのがピスタリオンであるために、両者の間にある広大な自然こそが生物の憩の場になっているようだ。
「ちなみに妖精ブタって普通のブタとどう違うんだ?」
「羽が生えてるんだ、妖精みたいな蝶のようなね。この島で生まれたものは皆羽を持っていてね、それ故にフェアリーと名づけられた、なんて説もあるよ。ちなみに、ブタとは言っても本物のブタじゃあない。ブタの形をした植物の種なんだ」
ちなみに屋台の親父には羽はない。たまたま流れ着き、永住が決定したとのことだ。
「この島は全ての生物を受け入れる、それがたとえ凶悪犯であってもね。人間は誰もが美しい心を持っている。真心を持って接すれば、どんな人間も優しくなれるものなんだよ」
「随分甘いんだな」
カツを咀嚼しながらゾロが言う。その物騒な言葉にも親父は笑って対応した。
「それがここの流儀だ。まぁ仮に君たちのように腕っ節の強い奴らが暴れてもここでは勝てないし、本当に危険な存在は私達のように跳ねることはないんだ」
「それ、どういう意味だ?」
「トナカイ君、君は移動するときに高く高く弾んでいただろう? あれはこの島が、ひいてはスパイラルガーディアンが君を危機なしと判断したからなんだ。万が一、この島に害をなすものがやってきた場合、その人物は島に嫌われて弾むことはない。つまりは、この島でも平然としていられる奴は危ないってことなのさ」
「え、それって……」
チョッパーが何かを言いかけたとき、街に歓声が沸き起こった。驚いて振り向くと、そこには羽を背負った三人の屈強な男たちがいた。揃いの服装はまるで教会の神父のように真っ黒なものである。
「あれはこの島で騒動が起きた時に解決してくれるスパイラルガーディアンの管理者様だ」
親父が言う。大山の世話をしている人物こそが調停者であり、武力行使を唯一許された人物であるという。尤も、その力はよほどのことがない限り発揮することはないそうだ。
「でもおかしいな。今は賑やかではあるけど争いはないし、何をしに来られたのだろうか」
首を傾げる親父の前でカツを頬張る麦わらの一味。そして周囲の注視を受けて賑わいの中心にやってきた三人の管理者は――
「今すぐここから逃げなさい」
「早く、ハヤクシナイト……」
「――っ!?」
「お、おいチョッパー!?」
ウソップの声を聞かずにチョッパーは飛び出し三人に駆け寄った。そのままの勢いで飛び掛り押し倒す。突然の暴挙に悲鳴が上がるが、それよりも大きい声が彼から放たれた。
「動くなぁっ!」
絶叫に停止する人波、それを確認したチョッパーは立ち上がり、静かに言い放った。
「致命傷を負ってる、もう助からない」
歯軋りが聞こえ、全員がチョッパーを見た。救えない命に直面し、医師としての力不足を呪っているのだろう。そんな彼の元には、いつしか仲間が集っていた。
「ここは争いなんてそうそう起こらないんじゃなかったか?」
「言ってやるな。だが問題は誰がこれをやったかってことだろ?」
「胸に刺された痕が残っているわね、死因はそれ?」
「うん、三人ともそうだ。斜めから入った槍みたいなもので心臓を一突き。時間はそこまで経ってないけど、どうしてここまで生きられたのか不思議だ」
「……チョッパー、ここは任せた」
ルフィが指を鳴らし、前方を睨む。人の壁を越えた先にはスパイラルガーディアンに続く長い長い道があった。上り坂になっているために先は見えない、だがルフィはそこに確かな存在を視認していた。
「チョッパー、ここはお前が指示を出せ。いいな」
ゾロも船長に追従するように前に出る。チョッパーは頷き、ウソップは慌てていた。
「私は船に戻って事情を説明してくるわ。あとはお願い」
「ちょ、待てよ! 俺を置いていくなよ!」
「ウソップ手伝ってくれ、俺一人じゃ運べない」
極端な話、今回の騒動に麦わらの一味が関わらなければならない要素はなかった。訪れた街でたまたま目の前で人が死んだ。ただそれだけである。
まだ島に愛着を持つほどに時間も経過していない。海賊である彼らが行動を起こす理由は全くない。
しかし、モンキー・D・ルフィは駆け出した。それがどんな理由からなのかは彼にしかわからない。だが間違いないのは、彼の進んだ先には、残しておけば後々厄介になるだろう存在がいるということだけである。
王になる資質の持ち主ゆえの危機察知能力の恩恵か、『麦わら』と『咎人』は、これより一時間もかからずに再会することになる。
――――そして。
妖精の国の演劇が始まる。
「懐かしい空気の匂いがするよ、ハリー。この島は初めてだって言うのにね」
「寝ぼけてるんですね、中佐」
「…………」